【大連からの風 16 1997.10.21】


◎「去」と「吃」 「失望」と「希望」

 中国語養成ギブス第2段階が始まって、いよいよ発音の細かいことを注意されるようになってきている。

我去商店(ウオ チー シャンディエン 私はお店に行く)。
我吃晩飯(ウオ チー ワンファン 私は晩御飯を食べる)。

 上記の動詞をカタカナで書けばどちらも「チー」なのだが、その発音ははっきりと違う。
 「去」は唇を丸く尖らせ、「チュー」という音が幾分入るような発声になる。「吃」は日本語の「チー」と同じである。

我去吃飯(ウオ チー チー ファン 私はご飯を食べに行く)。

 これを言うのが難しい。
 もう一つおもしろい言葉がある。

希望 シーワン
失望 シーワン

 これもカタカナで書くと同じ表記になるが、その発音は微妙に違う。
 カタカナの通りに発声すると「希望」になる。歯を食いしばり、舌先を上顎につけ気味して「シー」という音を出すと「失望」になる。
 これはっきりいって難しい。しかし、酔っぱらった中国人でもちゃんと言い分けられるのだろうか? きっとできないと思うのだけれど。


◎衛星放送その後

 NHK第一、NHK第二、WOW WOWが映らなくなって2ヶ月以上過ぎた。今見られるのは日本の放送は「NHK国際」ただ一つである。
 NHKが映らない理由として「日本が人工衛星を切り替え、電波を受信できなくなったため」、WOW WOWについては「中央のお達しにより」ということを言われていた。映画に出てくるヌードがネックになったらしい。
 しかし10月中旬。
 大連中心部にあるM大廈でNHKの放送が復活した。こういう情報は日本人社会を瞬く間に駆けめぐる。そこで私もさっそくS酒店に「早急にテレビを見られるようにして欲しい」と申し入れた。S酒店ではまずM大廈に電話で確認した。するとなぜかM大廈は「日本のテレビは映っていない」と答えのである。日本のテレビが映っていることが外部に漏れるとまずいことでもあるかのようである。 10月の連休に行った上海、南京、そして同僚が行った武漢、桂林でもWOW WOW以外はちゃんと映っているのである。何も大連だけそんなに神経質になる必要はない。
 しかしどうやらS酒店でもNHKが復活しそうな見通しになってきた。ただしWOW WOWはだめらしい。さすがは「国営」S酒店。中央のお達しはちゃんと守るのである。しかしその代りにパーフェクTVが入りそうだ。


◎7つの不

 南京でも上海でも「人人遵守七不」というスローガンをあちこちで見た。店先、電柱、歩道橋の垂れ幕などなど、どこにでも書いてある。「人人遵守七不」とは「みんな『7つのべからず』を守ろう!」という意味である。この「七不」は以下の通りである。

 ・痰を地面に吐くべからず
 ・ゴミを捨てるべからず
 ・芝生に入るべからず
 ・公共物を壊すべからず
 ・横断歩道でないところを渡るべからず
 ・公共の場所で煙草を吸うべからず
 ・汚い言葉づかいをするべからず

 こういうスローガンがあちこちに貼られているということは、これらが守られていないということの表れでもある。実際上記の7つのうち守られているのは「芝生に入るべからず」だけで、その他の6つは全く守られていないといっても過言ではない。
 痰を吐きながら食べかけのお菓子の袋を捨て、どこでも道路を横断するというのが日常的に見られる姿である。
 意外なのは喫煙。喫煙天国の中国でも公共の場所での喫煙は厳しい。たとえば国内線の飛行機の中、空港ロビー、列車内は全部禁煙である。国内線の飛行機といっても日本とはわけが違う。日本の場合、一番長い便でも千歳ー沖縄直行の3時間である。しかし、5・6時間乗りっぱなしという国内線もあるのが中国である。喫煙者の私は飛行機の中で少しつらい。


◎虎と犬

 大連動物園に虎と犬が一緒にいて驚いたという話を前に書いた。その理由がわかったのでご紹介する。



『生命交響曲ー虎、犬 同じ檻の6兄弟 1996年5月2日午後、大連森林動物園の8歳のベンガル虎「宝宝」が2匹の子どもを産んだ。一匹は1.4キログラム、もう一匹は1.2キログラム。当時動物園は虎山が未完成で、2匹の虎は簡単な施設の中で生まれたことと雨が降っていたことが影響して「宝宝」はその2匹を育てなかった。 そこで飼育係が2匹のお母さん代わりを捜したところ、同じ日に4匹の子犬を産んだ犬を見つけた。そこでその母犬が乳母になり、2匹の虎と4匹の犬を一緒に育てることになった。この6匹は皆仲よく育ち、動物園のお客さんの人気者となった。 大連森林動物園は97年5月2日午前10時にこの6兄弟の誕生会を行い、「森森」「林林」「動動」「園園」「遼遼」「連連」という名前を付けた』 

 あの犬は、なんと虎のお母さんだったのだ! この解説は、虎をガラス越しに見ることができるところに書かれていた。
 NHKも今年この6兄弟の取材に来、6月に放送したそうである。ご覧になった方はいらっしゃいますか?


◎岡田奈々の日本語講座

 ある日、中央電視台を何げなく見ていて驚いた。「日本語講座」をやっていたのである。
 別に「日本語講座」を放送していたことに驚いたのではない。その「日本語講座」になんとあの岡田奈々がでていたことに驚いたのである。
 「日本語講座」の中で岡田奈々は、日本から観光に来た若いお母さんの役回りである。万里の長城を訪れ「とても大きいですね。どのくらいの長さがあるのですか?」などとせりふを言う。すると画面がストップし、その日本語のせりふと該当する中国語が順番に表れ、練習するという構成になっている。
 最近日本で見かけないと思ったら、中国まで来て「日本語講座」にでていたなんて……。岡田奈々はこの一回だけの出演ではなく、その後も続けて出演しているので、今彼女の主な仕事は中国なのかもしれない。


◎蟹

 何を隠そう、私は蟹が大好きだ。道産子なので毎日蟹を食べて大きくなったせいかもしれない。3時のおやつにタラバガニ。小腹が空いたら毛蟹。もう蟹なんて食べ飽きたというぐらい食べたのだ(大嘘 ……北海道でも蟹は高級品。頻繁に食べられるものではない)。
 蟹好きの私は、海産物の宝庫の大連でも蟹を食べに歩いた。「新東方美食城」というちょっとおしゃれな中華料理屋へ蟹を食べに行き、思いっきり高くてびっくりしたこともあるし、上海に行ったときにはもちろん上海蟹を食べた。こちらも高かった……。
 ある日、学校から帰ってくると、台所に蟹が4匹(ハイ)動いていた。中国の蟹は毛蟹やタラバとは違い、かなり小さめの蟹である。しかし「新東方美食城」や上海での記憶がある私はびっくりした。なんといっても4匹である。いったいいくらしたのだろう?
 私は思い切り安く見積もっても100元だと思った。しかし「100元ということはないよなー。4匹だものなー」とも考えていた。そして値段を聞いて驚いた。なんと33元(=495円)だそうだ! 4匹で33元である。
 食べてみて……さすがに北海道の蟹とまではいかない。しかし十二分においしい。ミソもたくさんあって、私は満足した。33元だし、おいしいしこれなら毎日食べてもいい。
 かつてメロンの産地・穂別にいたときに、毎日メロンを食べて嫌になったことがあるが、蟹なら大丈夫だろう。蟹を食べ飽きてみたい。


◎中国人に似ている

 最近おもしろいことが続いている。
 たとえばタクシー。
 運転手がなにやら私に話しかけてくる。ほとんどわからないなりにも、いくつか理解できる単語や言い回しを頼りになんとか返事をする。すると運転手は私の言うことがわからずに後部座席の妻に聞く。「彼はなんと言った?」
 買い物に行って。
 買い物に行って値段の交渉をする。私はこの交渉が大好きで、思いっきり怪しい中国語をここぞとばかりに話す。すると店のおじさんやおばさんも思いっきり話してくる。そんなに思いっきり話されるともうお手上げである。「わからない」というと店の人は、妻に言う。「これこれだと言ってくれ」
 つまり彼らは私たちを日本人男性と中国人女性の夫婦だと思っているのである。もちろん妻は全く中国語を話していないのにである。つまり彼女は見た目中国人に見えるのだ。この原因は、彼女のくっきり書いたあの眉毛にあるらしいと私はにらんでいる。


◎売店でのこと

 いつものようにS酒店の売店にビールを買いに行った。売店のおばさんは片言の日本語を話す。この日何を思ったのか、急に「ビールが好きですねー」と話しかけてきた。以下、日本語でのやり取り。
「ええ、好きです」
「一日何本?」
「うーん、2本かな?」
「おお。頭が痛くなりますねー」
「大丈夫だよ」
 別の日。
「ビールが好きですねー。あなたはビールを愛しています」
「是的。我愛[ロ卑]酒」
 このおばさん、たぶん30代後半だと思うのだが、私はちょっと彼女のファンである。たとえば34元の買い物をして40元お金を渡す。このおばさん、いつも細かいお金を出し渋り、必ず「没有零銭? =細かいお金はないの?」と聞く。「没有 =ないよ」というと、大げさにため息をつきながらゆっくりとお釣りの札を探し出す。ある時お釣りが1元の時があった。じっと待っていたら、何を思ったか急にアイスキャンディーをくれた。これがお釣りの代わりだったのであった。


◎パーマとおしゃれ

 中国の未婚女性は普通パーマをかけないのだそうだ。パーマをかけるのは既婚の女性という雰囲気があるという。未婚女性はパーマ禁止という決まりがあるわけではないのだが、何となくそうなのだそうだ。しかし最近、おしゃれに目ざとい未婚女性も徐々にパーマをかけ始めている。街を歩いているときに気にして見ていると、入れ墨眉毛の人とともにパーマのお姉さんも結構いることに気づく。
 話は変わって、私はついこの間、中国に来て初めてパーマをかけた。
 S酒店の美容室に日中辞書を持っていき、「パーマをかけて欲しい」と言ってみた。すると美容室のお姉ちゃんは「パーマをかける? パーマってこれだよ?」とカーラーを出してきて私に見せる。男がパーマをかけるというのがそんなに不思議だったのだ。
 なんとか納得してもらいパーマをかけ始めた。通常のカットだけなら10分20元(300円)なのだが、さすがはパーマ、すごく時間がかかる。時間がかかる……はず……。なんと1時間もしないで終わってしまった。パーマ液をつけるのは一度だけである。これで50元(750円)。ホテルの美容室なので市内の美容室よりはかなり高いはずなのだが、それでもこの料金である。日本はどうしてあんなに高いのだろう?
 私の知り合いの中国人がつい先日結婚記念写真を撮ってきた。
 写真屋で何十ポーズも撮影したらしい。アルバム一冊分の分量があるのだそうだ。できあがった写真を見せてもらった。「これは失敗の写真です」というその写真、びっくりするほど美人である。あんまり美人なのでスキャナで取り込み、学校のパソコンの壁紙にした。そして本人に「ホームページに写真を載せてもいい?」と聞くと「いいですよ。でも日本の雑誌の表紙になったらどうしよう?」。
 ところで、いわゆる普段着というものの基準が中国と日本では大きく違う。前に書いたパジャマ人もそうであるが、その正反対に位置するブレザー人も頻繁に見かける。
 道路工事もブレザー、八百屋のおじさんもブレザー、なんと漁師までブレザーである。もちろんそんなにおしゃれなものではない。結構よれよれの色も褪せたものだが、新品の時は紺ブレだったはずである。

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