【大連からの風 ナンバー26 1998.3.18】

◎日本人学校の子どもの流行

 とうとう1997年度の終了式が終わった。
 不思議なもので、私が初めて大連の地を踏んだ1997年4月8日が遠い昔に感じる。正確にはまだ1年経っていないのにである。そこからの時の流れはあっという間であった。
 この一見矛盾した二つの感覚。
 しかし私の中では矛盾していない。これは素直なそのままの感覚である。私の派遣期間の残りがあと700日余り。この700日はあっという間に過ぎていくのだろう。明日、3年間の任期を終えた教員2名が日本に帰る。彼らのその背中に垣間見えるものは、充実感と寂寥感である。
 一年間一緒に過ごした日本人学校の子どもたち。
 日本人学校の子どもに流行るものは、やはり日本の流行に即している。
 ウルトラシリーズ、ポケモン。昨年日本がワールドカップ出場を決めたときには、休み時間ともなれば小3から中3まで一緒にひたすらサッカーをやっていた。そして現在はハイパーヨーヨーである。もちろん中国では売っていない。
 日本で流行っているものがタイムラグなく、大連日本人学校でも流行る。これは日本を離れた中国に住んでいるものの、やはり日本文化圏に身を置いていることの証明でもある。
 私を含めて、多くの日本人の住宅は中国人とは違う外国人専用地区にある。そこでは回覧板がまわり、電話の連絡網が完備され、まさにミニ日本人社会を形成している。長期休みには日本に帰国し、生活物資・各種情報とともに流行グッズも入手してくる。これが帰国していない我々にもすぐに伝わるのである。
 外文書店という日本の書籍を扱っている書店にはコロコロコミックを始め、各種子ども向け漫画雑誌が置かれている。子ども達が日本の流行をたやすく理解できるようになっている。
 おもしろいのは日本人学校の子ども達が誰一人見たことがないであろう、新しいアニメ番組の主題歌をほぼすべての子どもが知っていることである。私は大連に来た当初、これが不思議でならなかった。この謎はやがて解けた。それぞれの家庭のおじいちゃん、おばあちゃんがビデオを送ってくれるのである。それが2週間に一度というぐらいの頻度であり、そのビデオがその居住区の各日本人家庭をぐるぐる回るため、皆情報を享受できるというわけである。
 そういう私も先日終わった長野オリンピック総集編ビデオを北海道穂別町のK先生に送っていただいた。韓国語での冷静な実況とは違う「立て、立て、立ってくれーーー、立ったー」を聞いて、とてもうれしかった。子ども達もこれと同じ気持ちなのだ!


◎周恩来と毛沢東

 前号で生誕100年を迎えた周恩来の人気の高さと、「毛沢東は別格である」との毛沢東評価の話を書いた。しかし、それがそうでもないらしいということが見えてきた。
 確かに毛沢東信者はたくさんいる。それよりももっとクレバーに物事を見ている中国人の絶対数の方が多いようだ。
 ある中国人は「毛沢東にはいくつかの間違いがあった。10のうち7は大変良かった。しかし3の間違いがあった。反対に周恩来は全く間違えなかった。だから中国人はみんな周恩来が好きだ」と私に教えてくれた。
 「3の間違い」とは、もちろん「大躍進」「文化大革命」を指す。文春文庫『毛沢東の私生活』の解説によれば、大躍進での餓死者が2215万人、文化大革命では13万5000人が処刑され、172万8000人が異常な死を遂げたという。
 文化大革命は1966年から毛沢東が死去する1976年まで続いた。毛沢東の指示により労働者・農民が職場などの指導者・知識人を糾弾・迫害した出来事である。毛沢東自身この文化大革命を「天下の大乱」という言葉を使って表現しているので「内乱」といってしまってもいいのかもしれない。
 私の友人が最近、ユン・チアンの「ワイルドスワン」を初めて読んで、次のような感想を述べていた。
 「この時代の中国が異常な方向に突き進んでいて、誰にもどうすることも出来なかったのだろうけど、昨日までの隣人が友達がここまで残酷に冷徹になれるなんて。文化大革命なんて自分が生まれていたときの話じゃないですか。毛沢東も周恩来も文化大革命も自分と同時代に起こったことなのにどうしてもっと知ろうとしなかったんだろう。お隣の、ご近所の国なのに何も知らなかった。文化大革命て何だったの?今の中国ってどうなってるの?その時他の国は何をしていたの?」
 札幌オリンピック、ミュンヘンオリンピックがあったのが1972年である。その時ここ中国では、本来オリンピックどころの騒ぎではなかったのである。しかしオリンピックは社会主義国の国威高揚・国威宣伝の大舞台である。この時も中国選手団はオリンピックに出場している。
 ではこの時、周恩来は何をしていたのか。毛沢東の下にあり、毛沢東の指示にしたがっていたのである。中央電視台、大連電視台で放送された周恩来連続特集番組を見ていても、文化大革命当時のエピソードはほぼ出てこない。西安事件、長征、抗日戦争、数々の外交場面のエピソード満載である。
 さて、繰り返すが周恩来は文句無しに人気ナンバー1である。
 清廉潔白、正直、慈悲深さ、どれをとっても問題がない、とまわりの中国人はいう。別の中国人は「周恩来は一生一人の奥さんしかいなかった。毛沢東はたくさんいた」と話した。これも周恩来の清廉潔白さを評価の第一基準としている。
 正直に言って、この周恩来の人気の高さは日本在住の方になんと説明して良いのかわからない。こちらでは、若い女性が周恩来の写真を財布に入れて歩いているというのもそれほど珍しいことではない。もちろん男も同じである。かといって、日本の若者が彼氏や彼女、俳優やアイドルの写真を入れて歩いているのとは決して同列ではない。もっと精神の深いところの支えなのだと思う。これは日本にはほぼないナショナリズムの発露なのだろう。私が説明を苦しいと思ったのは、ナショナリズムがオリンピックの時ぐらいしか表面化しない日本の現状を理解しているからかもしれない。
 しかし中国人に軟派な意見もあったので少し安心してもいる。
 どういう基準なのかわからないのだが、周恩来と毛沢東は、「世界十大美男子」に入っているのだという。周恩来はまあ許せる。そういわれれば結構いい顔をしている。しかし毛沢東は美男子だろうか? あんまりコメントしたくないので、あとはみなさんの判断にお任せしたい。


◎中山広場でのエアロビクス

 中国とエアロビ。きっと日本のみなさんにはミスマッチに感じるだろう。
 ところがところがそうではない。中国人は日本人よりも体型がエアロビに適している。日本人は中国人のスタイルにかなわないと思う。
 大連のあるスポーツクラブが3月14日午後、大連のど真ん中、中山広場でエアロビのデモンストレーションをした。日本人学校の教員も一名これに出るというので、家族で応援に行った。
 この日、天気はいいものの大変に風が強く寒い日であった。最高気温は5度だったが寒風吹きすさび、体感気温はマイナスであっただろう。そんな中、半袖Tシャツで異常に陽気なオーストラリア人コーチのかけ声のもと踊り続ける集団。寒い中、「いつ終わるのだろう?」と待っているのだが、音楽がいっこうにストップしない。15分ほど見たあと、寒さに耐えきれなくなって中山広場をあとにした。あとで話を聞くと、30分踊り続けたという。
 このデモンストレーションの間、きれいなお姉さんが見物人にスポーツクラブ入会のパンフレットを配っていた。さて、何人入ることになるのだろう?


◎路面電車初体験

 大連には以下の公共交通機関がある。

・2階建てバス 香港のバスのお下がり
・トロリーバス 完全無公害電気バス。ただしとってものろい。
・日本と同じバス
・連結バス   2台が蛇腹で連結されているバス。
・路面電車

 私は今まで路面電車に乗ったことがなかった。というのは、私の住んでいる付家庄には路面電車が走っていないからである。しかし「大連に住んでまもなく1年になろうとしているのに、大連名物の路面電車に乗っていないのは恥ずかしいことではないだろうか!」と考えた私は、先日路面電車初体験をした。
 日曜日に路面電車のあるところまでタクシーで行き、そこから乗ったのである。私の計画は大連の郊外から路面電車に乗り、中心部に向かうというものだった。
 さあ、初体験の路面電車。
 いったいいくら払うのか、どこから乗るのか何もわかっていない。まわりの中国人の動きを見ながら、おそるおそる来た路面電車に乗り込んだ。どうやら乗り込むときに一人1元払うようだ。私は2元札を料金箱に入れた。大人二人、子ども一人なので2元で足りるのかどうか自信はなかった。車掌のおばさんは別に何もいわずに乗せてくれたので、子どもは無料なのだろう。
 初めて乗った路面電車が動きだした。いったいどこまで行くのかもわかっていない。1分後、次の停留所に着いた。乗客が皆降りていく。私達はそのまま座っていた。
 車掌のおばさんが怒った感じでなにやら言っている。「本気でしゃべらないでよ。ゆっくり言ってくれたらわかるのに」などと呑気なことを考えていたら、どうやらここは終点らしい。そのため皆降りたのだ。
 私の路面電車初体験は、こうして一分で終わってしまったのである。しかしこのままで終わるの悔しい。近日中に再度チャレンジするつもりである。


◎OMEGAの腕時計

 昨年7月、大連商場2階の時計売場で「香港回帰祈念」腕時計を89元(1420円弱)で買った。香港の旗がデザインされた結構おしゃれな時計で、私はこれをとても気に入っていた。ところが時計のバンドがボロボロになってきた。見るからにみすぼらしい。そこで新しい時計を買うことにした。
 友好広場近くでガラス越しに、腕時計やらライターやらを売っている店がある。そこの腕時計を物色していると「OMEGA」と書かれた腕時計があった。「Ω」のマークも入っている。色が「ど金色」なのが中国らしくていい。値段は……98元(1560円弱)! もちろん偽物に決まっている。しかし私はそれを買ったのである。しかも、しっかり値切って80元(1280円弱)で買ったのである。
 意気揚揚と家に帰り、「ジャーン、OMEGAゲットだぜー」と買ってきたばかりの腕時計を見せると「うわー、いやらしいー。もっとマシなのがあったでしょ?」
 次の日学校で。
 「先生、時計替えたんだね。かっこいいー」 3年生って可愛いのである。


◎信賞少し、必罰たくさん

 現在中国では国営企業の取りつぶし、合併、リストラが大きな社会課題になっている。現在開催されている全人代でもこのことが大きな議題の一つになっている。
 最近見たニュースでは、私営企業が国営企業を合併しようとしたところ、国営企業従業員からの猛反対に合い合併を断念したらしい。この国営企業、毎年赤字で累積赤字が5000万円もあるという。日本の感覚に当てはめれば数億円の赤字というところである。しかしこの国営企業、こんな赤字経営にもかかわらず、従業員住宅を新築した。しかも家賃は月20元(320円弱)! テレビ、電話備え付けというのだから従業員にとってみれば天国のようなものである。私営企業ではこうはいかない。働かないものは首を切られ、住宅も一般的な家賃を払わなければならないようになるだろう。それで猛反対があったのである。
 実は私の身近でも私営企業の厳しさを垣間見た出来事があった。30歳ぐらいの中間管理職の話である。
 この人は日頃、同僚、お客に高飛車な態度をとるのが常であった。様々なことが重なったのだろう、とうとう平に降格になってしまった。今まであごでこき使ってきた部下と同列になったのである。しかも同じ部署に据え置かれ、昨日まで自分がいたポストに来た新しい上司の下で雑務をこなす毎日である。これは厳しい。日本以上の厳しさであろう。今のところ辞めていないので、このままこの仕事を続けていくのだと思う。

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