セーラーのための体力つくり

横浜市立大学 玉木伸和(日本セーリング連盟科学委員会委員長)

       目  次
      1 体力とは
      2 セーリングに必要な体力
      3 トレーニングの基本条件と進め方
      4 トレーニングの年間計画
      5 トレーニングの週間計画とその内容
      6 筋系体力トレーニングの実際
      7 けがの予防と疲労の回復
      8 レースに向けてのコンディショニング(食事などの留意点)


 ディンギーの場合,セーラーの体力の優劣がその勝敗に大きく影響することは少なく,風速や風向を主とする自然環境の把握能力と,それに対応する艇の操作能力が競技能力を決定する。そのため,練習時間の大部分が,セーリング技術の獲得に費やされているのが現状であろう。しかし,競技力とは技術,体力そして精神力という,人間の能力の総和として表れたパフォーマンスである。したがって,競技力を向上させて行くには,これらの要素が有機的連関を保って向上していく必要がある。  本稿では,セーラーに必要な体力をいかにトレーニングすべきかについて紹介するが,体力はセーリングのみでは向上しないと考えるべきである(ただし,10m以上の強風下で毎日,しかも1日中セーリングすれば,向上するかもしれない)。したがって,体力を向上させ余裕を持ったセーリングを可能とするためには,選手が自覚を持って日頃から体力トレーニングを実行するしかないのである。しかし,毎日トレーニングばかり行っていたのでは疲労が蓄積し,望ましい体力の向上は期待できない。適度に休養することも重要となる。そして,トレーニング効果を十分に得るためには,身体を作る源である栄養についても留意しなければならない。

1 体力とは
 競技力の要素でも示したように,体力とは精神力に対する言葉で,「人間の身体活動の基礎となる身体的能力」と定義できる。体力の内容,すなわち要素はいろいろに分けられるが,人間と環境との関係から分類すると行動力(運動能力)と抵抗力(防衛能力)とに大きく分けることができる。行動力は,人間が環境に対して積極的に働きかけ,いろいろな行動をとる能力である。一方,抵抗力とは,環境の変化などに耐えて人間が健康を保つ能力である。しかし,現在のところでは抵抗力を測定する方法も,高める手段もわかっていない。したがって,ここで扱う体力トレーニングとは,行動力を高める運動ということになる。
 体力の分類法にはその他にもいくつかあるが,トレーニングの際には筋系の体力とエネルギー系の体力とに大きく分けると便利である。筋系の体力には筋力,瞬発力,スピード,調整力,柔軟性などが含まれる。一方,エネルギー系体力とはエネルギーの供給能力に関係したものである。われわれの筋は,筋に含まれるATPという化学物質がADPに分解するときに発生するエネルギーを利用して収縮する。しかし,筋中のATPの量はほんのわずかである。そのため,運動を続けるにはATPを体内で合成する必要がある。このATP を合成する化学経路は,酸素がない状態で進むもの(無酸素系),そして酸素を利用して行われるもの(有酸素系)に大きく分けられる。そして,無酸素系には,ATP-CP系と乳酸系というATP 合成経路がある。したがって,トレーニングではこれらの機能を単独に,あるいは複合的に鍛えていくことになる。

2 セーリングに必要な体力
1)セーリング動作時に働く筋

 筋が働く(収縮する)と,微少な電気が発生する。これを記録したものを筋電図と呼ぶ。筋電図を利用すると,どういう動きの時に,どの筋が,どのくらい力を出したかを知ることができる。微風・中風・強風時のセーリング動作時(主にクローズホールド)に働く筋は,どのようなものであろうか。470級をモデルに日本ヨット協会ブリテン「YACHT」216号(10-14頁)に報告したものに,その後の研究結果も加えて示す。

A スキッパー
 微風時には,メインシートを操作する筋群(前腕の筋群と上腕二頭筋)が,主に活動する。中風では,シート操作の力は大きくなり大胸筋も参加する。そして,ハイクアウトで上体を保持するために大腿四頭筋と腹筋が活動してくる。そして,強風時にはこれらの筋群の活動がさらに増してくるが,ハイクアウトの程度も大きくなるため腹筋が強く働き,外腹斜筋もこれを助けるように参加してくる。さらに,シートに加わる力も大きくなるため,上腕二頭筋に加えて広背筋の活動が盛んになってくる。

B クルー
 微風時のクルーは,デッキ上に腰掛けていることが多く,筋の活動はほとんど見られない。中風では,トラピーズに乗った時,風の強弱にあわせて脚や足の屈伸を行うため,大腿四頭筋,大殿筋,腓腹筋などが活動する。また,ジブシートやトラピーズハンドルを操作するため,前腕の筋群,上腕二頭筋,大胸筋,広背筋が活動する。そして,強風でのフルトラピーズでは,上体の保持のために腹筋の活動が著しくなってくる。しかし,艇外に直立姿勢をとっているようなものなので,脚部の筋群には活動が見られなくなる。

2)セーリング時の筋収縮の特徴
 セーリング中のヨットマンは,タックやジャイブ時には,敏捷で柔軟な艇内での体移動を行う。この時の筋は,縮んだり伸びたりと行った動的な収縮を行っている。しかし,筋活動の主体は,ハイクアウトやトラピーズ時のような持続的な筋収縮である。ただし,風速などの変化にあわせて姿勢を連続的に変化させるために,純粋の等尺性収縮とは言えないようである。

3)シートに加わる力
 シートを操作するためには,どの程度の力が必要であろうか。図1は,陸上に470 級を置いて,種々の風速下でメインシートに加わる力を測定した結果である。測定できた最高風速は,毎秒8メートルであった。風速が強くなるに従い,メインシートに加わる力が指数関数的に大きくなる。秒速6メートルでは約8kg,8メートルでは11〜13kgの力が加わっているのである。実際のセーリングでは,静 力学的に得られた力よりも2〜3割低下するといわれる。そこで,大学ヨット部の練習中に,バネばかりをメインシートに着け,実際のセーリング時の力を測定してみた。その結果,風速6〜7メートルで平均9.5kgとなり,陸上の結果と近いものであった。さらに,シートの引き込みには時として25kg以上の力も必要としたが,平均的には15〜20kgの力が発揮されていた。

4)セーリングの運動強度
 セーリングの身体に与える負荷はどの程度であるか。これは,エネルギー系の体力と深い関係がある。セーリング中の運動強度を調べるには,実験室で徐々に激しくなるような運動負荷を与えて,最大酸素摂取量を測定する手順が必要である。次に,その時の心拍数と酸素摂取量の関係式を求める。そして,選手に心拍 数記録装置を装着し,実際のセーリング中の心拍数から,酸素摂取量を推定する。この酸素摂取量が,最大酸素摂取量の何%に相当するかを求めると,運動強度が明らかとなる。図2は,関東470級選手権,オリンピックウィーク,全日本470級選手権などに参加した日本トップレベルの選手で測定した,セーリング中の運動強度である。

 スキッパーの場合,風速が強くなるに従って運動強度が増加していくことがわかる。一方,クルーの場合には,中風域での運動強度が高い山型の傾向を示す。この結果は,種々の風速下でのスキッパーとクルーの乗艇姿勢を考えた場合,容易に理解できるであろう。すなわち,微風下では両者ともコックピット内に位置し,ヒールを保つ特別の動作を行うことがない。ところが,中風域になると,クルーはトラピーズに乗り,脚の屈伸などによってヒールを保つ動作が多くなることから,運動量が増加してくる。スキッパーもクルーを助けてハイクアウトするため,運動量が増すことになる。ところが,強風になると,クルーはフルトラピーズとなり,むしろ運動量は減少する。一方,スキッパーはフルハイクアウト姿勢をとり続けるため,運動量が非常に増加してくる。
 中風から強風域でのレースの運動強度は,平均で最大酸素摂取量の60〜70%に相当する。ヨット競技には,マラソンほどではないが,かなり高い水準の有酸素的なエネルギー系体力(いわゆるスタミナ)を必要とするのである。

3 トレーニングの基本条件と進め方
1)トレーニングの基本条件
 われわれの身体の組織や器官は,使わなければやせ衰え,適当に使えば発達して大きくなり,使いすぎると障害を起こすという性質を持っている(ルーの三原則)。トレーニングは,一般に身体にとって好ましい変化をもたらす。しかし,その方法を誤ると,かえって健康を損ねることになる。筋系体力であれエネルギー系体力であれ,好ましい成果を得るためには,日常生活レベル以上の運動刺激を身体に負荷しなければならない(過負荷の原則)。この過負荷の原則には,トレーニングの強度,持続時間そして頻度という3つの基本条件がある。これらの積がトレーニングの量となるが,すべての条件が満足されて初めて効果が期待できることを理解しておこう。

2)トレーニングの進め方
 体力トレーニングは,後で述べる年間計画(トレーニングの期分け)に従って,以下のような目的を持って進めていく。

A 筋系体力のトレーニング
 導入期として,正しいトレーニングフォームを習得し,筋肥大期で筋自身にトレーニング刺激を加え,土台としての身体を作る。その後,主に神経系にトレーニング刺激を加えて,筋力の増大を目指す筋力向上期に入る。そして,太く強い筋を実際のセーリングに使えるようにする,筋パワー向上期を経てセーリングシーズンを迎える。シーズン中は,今までに獲得した筋系体力を維持するために,筋系体力維持期としてトレーニングを継続する。

B エネルギー系体力のトレーニング
 ヨット競技は,1レースが1〜2時間を要するため,ある水準以上の有酸素的持久力を備えることが重要である。また,タッキングマッチを行うような場合も多く,無酸素系の体力も重要となってくる。シーズンの疲労を回復させたら,まず基本である有酸素的体力の基礎つくりにより,本格的なトレーニングの準備をする。その後,有酸素的体力の向上期から,無酸素的体力の向上期へと進み,レースで必要な能力を改善していく。シーズン中は,筋系体力と同様に体力の維持期として,有酸素的体力と無酸素的体力の維持を目指すことになる。

4 トレーニングの年間計画
 年間を準備期,試合期そして移行期に分類し,1年間を期分けする。

1)準備期
 準備期として,一般的には5〜6カ月間を当てる。この時期の前半は,基礎体力の増強が主目的となる。そして,試合期が近づくにつれ,実際の動きに必要な体力,すなわち専門的体力の向上が大きな目的となってくる。

A 筋系体力トレーニング
a 筋肥大期:約2カ月間
 用いる重量は,個人によって異なる。一般には,10〜12回しか持ち上げることができない重量を用いてトレーニングする。1日のトレーニングでは,10〜12回を1セットとし,最低3セット実施する。トレーニング頻度は,週2回以上で効果がみられ,頻度を多くすれば効果も大きくなるといわれている。しかし,頻度が多くなると,疲労を回復させることができなくなり,逆効果となる。週3回の頻度が,安全で効果的なものである。重量を挙上するとき(筋は短縮性収縮をする)には,反動をつけないですばやく行う。そして,筋に意識を集中しながら3〜4秒間かけて下ろす。トレーニングを継続していくと,1セットで挙上できる回数が増加してくる。その際には,新たに重量を漸増しなければならない。

b 筋力向上期:約2カ月間
 筋力を増強する場合,4〜6回しか持ち上げることができない重量を用いる。セット数は1日に3セットとし,これを週3回実施する。筋肥大期と同様に,反動は使わないようにし,できるだけ素早く挙げる。トレーニングで用いる重量はかなり重たいので,傷害の予防のためにも2秒程度かけ,重量物をコントロールしながら下ろす。トレーニング効果が見られたら,重量を漸増することは筋肥大期と同様である。

c パワー向上期:1〜2カ月間
 30秒間で15回しか持ち上げられない重量を用いる。ひとつの種目を30秒間最大速度で実施したら30秒間休み,次の種目へ移る。1日に3セットとし,週3回実施する。このトレーニング方法を,スーパーサーキット法と呼ぶ。
 筋系トレーニングの効果を最大限に上げるには,夕食に良質の蛋白質を十分量食べる必要がある。朝・昼に摂取してもあまり効果ない。また,トレーニング時間も夕方から夜の方がよい。

B エネルギー系体力トレーニング
15分間および30分間のランニング,そしてインターバル走によって実施する。運動の強度,すなわち走る速さは脈拍数によって調節する。15分間用の脈拍数は,疲労物質である乳酸が血液中に急激に出現するであろう強度にほぼ相当する。したがって,強風下の最後の頑張りに必要な無酸素的な能力を向上させることが主な目的である。同時に,一般的なスタミナも改善することができる。30分間用の脈拍数に相当する運動強度では,血液中に乳酸が出現しないので,理論的には無制限に運動できる強度に相当する。そのため,軽風から中風に必要なスタミナの向上が主目的となる。体脂肪の多めの選手に対しては,30分間用のランニングは身体組成の改善策としても有効である。インターバル走は有酸素的持久力と無酸素的持久力の両方を向上させる。

 運動中の脈拍数を測定するには計器(例としてキャノン・トレーディングが扱うPOLAR心拍計を示す)が必要なため,一般的にはランニング開始5〜10分後に立ち止まり,15秒間脈を測定する。その値を4倍して10をたすと,運動中の脈拍数にほぼ一致する。15分間用と30分間用の脈拍数の求め方は,以下のようにする。

   15分用:((220−安静時脈拍数)×0.7)+安静時脈拍数
   30分用:((220−安静時脈拍数)×0.5)+安静時脈拍数

a 導入期:約1カ月
 15分間走を週1回,30分間走を週2回実施し,有酸素的体力の基礎つくりを行う。

b 有酸素的体力向上期:約2カ月
 インターバル走A(30秒間全力の8〜9割くらいの速度で走り,90秒間ジョギング。これを10回繰り返す)を週1回,15分間走を週1回,30分間走を週1回実施する。

c 無酸素的体力向上期:2カ月
 インターバル走Aを週1回,インターバル走B(15秒間全力ダッシュの後,45秒間ジョギング。これを20〜30回繰り返す)を週1回,15分間走を週1回実施する。

2)試合期
 レースで最高の競技成績をあげるためには,コンディショニングが最も重要なことである。しかし,レースを経験するたびに,今まで蓄積してきた体力が消耗され,良好なコンディションでレースに望むことができなくなることもある。したがって,試合期でのトレーニングは,体力の低下を最小限に押さえることが大きな目的となる。長いシーズンの間には,目的とするレースがいくつか存在するだろう。疲労を蓄積しないよう,また体力の低下を極力防ぐため,その1つ1つのレースに対して,短期の準備期,試合期そして移行期を設定するとよいだろう。

A 筋系のトレーニング
a 準備期
 種目数を減らし,週1回筋力向上期の重量で2セットトレーニングを実施する。そして,試合の1週間前に最大重量付近を1回,1セット行い筋の活動水準を高めておく。

b 試合期
 1週間前から調整期とし,特別のトレーニングは実施しない。

c 移行期
 試合後の1週間とし,休養をとる。

B エネルギー系のトレーニング
a 準備期
 試合2週間前まで,30分用あるいは15分用のランニングを週2回実施する。

b 試合期
 2週間前から調整期とし,試合5日前までは各自の調整方法によって,散歩あるいは軽いジョギングを10〜15分間程度,毎日実施してもよい。4日前から試合終了までは,筋に貯蔵したグリコーゲンを消耗させないよう,散歩程度とする。

c 移行期
 試合後の1週間とし,散歩程度とする。

3)移行期:約1カ月間
 試合期が終わってからの2週間は完全休養とし,特別の身体活動(海上練習も陸上トレーニング)は実施しない。この時期に試合期で蓄積した疲労を回復させる。その後の2週間は積極的な休養期間とし,リクリェーション的運動(球技など)を主に実施する。筋系のトレーニングを実施する場合には,軽めの重量を用いて身体慣らし程度とする。

5 トレーニングの週間計画とその内容
 準備期では,基本的には以下のような日程例でトレーニングを実施する。1日おきに実施する方が効果はあるが,海上練習の都合などでの変更は可能である。また,筋系体力トレーニングとエネルギー系体力トレーニングを同一日に実施しても良い。要は,各自のスケジュールに合わせて臨機応変に対応すればよい。

    火・木・土曜日:ランニングを主体としたエネルギー系体力トレーニング
    水・金・日曜日:ウェイトトレーニングによる筋系体力トレーニング

1)1日のトレーニング例
A 筋系体力トレーニング
     15分間:ストレッチング
      5分間:ジョギング
    約60分間:ウェイトトレーニング:セット間の休息は1〜2分間
    約10分間:自転車・ジョギングなどで筋肉をほぐす
     15分間:ストレッチング

B エネルギー系体力トレーニング
      15分間:ストレッチング
       5分間:ジョギング(毎分100〜120m程度の速度で走る)
   15(30)分間:ランニング(指定された脈拍数よりも少なくならない
                  速度で走るかインターバル走)
       腹 筋=10回を3セット。セット間3〜5分間休む。
       5分間=ジョギング(毎分100〜120m程度の速度で走る)
      15分間=ストレッチング

2)筋系体力トレーニングの方法
 筋系体力トレーニングの筋肥大期で,水・金・日曜日の週3回実施することを例に,どのように進めていけばよいかを以下に示す。ただし,各自のトレーニング状況や体力水準に応じて,第2週目から実施してもよい。

a 第1週目のトレーニング(主に身体慣らし)
(水曜日)
 ・最大挙上力テスト:1回持ち上げることができる最大重量を調べる。これを1RM重量と呼ぶ。疲労しないように休息を適度にはさむ。
(金曜日と日曜日)
 ・動作の学習:最大重量の50%に相当する重量で,8〜10回ずつ実施し(1セットと呼ぶ),2セット行う。

b 第2週目のトレーニング
(水曜日と金曜日)
 ・最大重量の約60%に相当する重量で10回ずつ実施し,2セット繰り返す。
(日曜日)
 ・これまでの経験から12回正確に持ち上げられそうな重量を選び,10回ずつ実施し,3セット繰り返す。

c 第3週目のトレーニング
 ・先週の日曜日の重量を用い,12回繰り返し,3セット実施する。

d 第4週目以降のトレーニング
 ・12回正確に持ち上げられそうな重量を選びなおし,12回ずつ実施し,3セット繰り返す。13回持ち上がるようになったら,重量を増加する(筋力向上期で6RMの重量を選んだ場合には,7回持ち上がるようになったら重量を増加する)。

 トレーニング種目は10種類以上あるが,トレーニング法には大きく分けて2つある。そのひとつが,セット法と呼ばれるものである。すなわち,1種目1セットを実施し,休息をおいて同じ種目を数セット繰り返す方法である。これに対して,サーキットセット法と呼ばれるものは,1種目1セットを実施したら次の種目に移り,全種目実施した後に2セット目に移る方法である。セット法では,セット間に休息が含まれるため,トレーニングに要する時間が長くなってしまう。トレーニング時間の節約を考えるならば,サーキットセット法の方が良いだろう。またパワー向上期のトレーニングでは,使用した筋を回復させる必要があるため,サーキットセット法で実施すべきである。

6 筋系体力トレーニングの実際
1)トレーニングを実施する上での注意事項
 ・運動中,呼吸を止めない。息を止めて力を発揮すると,バルサルバ現象が生じて血圧が急上昇するが,その後に血圧が急降下し貧血などでめまい・失神が生じて危険である。
 ・正しい姿勢で反動をつけない。特に,背中を丸めると腰を痛める恐れがある。
 ・使用している筋に意識を集中する。意識するほど,筋に脳からの命令が伝わりやすいと言われている。
 ・バーベルを用いる場合には,危険防止のために必ず補助者をつける。

2)トレーニング種目
(図は,鈴木正之著:スポーツ筋力トレーニングの実際,ぎょうせい,1992年より引用した)

 次に示す種目をaから順番に実施する。好みによって,これ以外に数種目を付け加えてもよいが,オーバーワークにならないように注意する。ここでは,バーベルとダンベルを用いた運動例を中心に示す。図中のは構えの姿勢(スタート姿勢),そしてはフィニッシュの姿勢を示している。

a:アップライト・ロー(三角筋・僧帽筋)

手幅を狭くし,親指以外の指をバーベルのシャフトにかけて構える。バーベルを胸よりも高く引き上げる。このとき肘はできるだけ高く上げるようにする。

b:ベンチ・プレス(大胸筋・上腕三頭筋)

ベンチに仰臥し,胸の真上にバーベルを構える。バーベルをまっすぐに胸まで下ろす。この時,胸を上に張り出すようにする。また,肘の角度は直角程度とする。

c:アーム・カール(上腕二頭筋)

逆手でバーベルを持ち,大腿部の前に構 える。肘を曲げ,バーを顎の下まで上げる。バーベルの上げ下げのとき,肘が開いたり,後ろにずれたりしないようにする。

d:フレンチ・プレス(上腕三頭筋)

両手でダンベルを持ち,肘を開かないようにして,頭の後ろに構える。ダンベルをまっすぐ上に押し上げる。肘が開いたり,前に出たりしないようにする。

e:リスト・ローラー運動(前腕筋群)
    
順手でバーを持ち,紐をたらして構える。屈筋群の場合は手のひら側に,伸筋群の場合は背側に紐を巻き込む。紐をいっぱいに巻き込んだら,逆方向に手首を動かせて重りを下ろす。

f:スクワット(大腿四頭筋と大殿筋)

トラピース使用のクルーが実施する。バーベルを肩に担ぎ,肩幅に足を開き,まっすぐ立って構える。膝を前に出すのではなく,殿部を後方に降ろす感じで腰を下ろす。この時膝が左右にぶれないように固定する。背中は常に反らして実施する。

f:レッグ・エクステンション(大腿四頭筋)
    
ハイクアウトを行う者が実施する。パットに下腿をかけて構える。膝を伸ばし,ゆっくりと曲げる。

g:レッグ・カール(大腿後面の筋群) 

パットにアキレス腱部をかけて構える。パットが殿部に着くまで膝を曲げる。この時腰を浮かさないようにする。

h:カーフ・レイズ(下腿三頭筋)
     
ベンチに腰掛け,10cm程度の踏み台につま先を乗せ,バーベルを大腿部に乗せて構える。踵を上げて下ろす。大腿部が痛い場合には,座布団などを置いて対処する。

i:ロー・プーリー・ロー(広背筋)

腰を下ろして足を固定し,腕を伸ばしてバーを持って構える。肘を後方に引く感じで,胸を突き出すようにバーを引き込む。上体のあおりはつけないようにする。

i:バーベル・ローイング(広背筋)
      
額を机などの上に乗せて,上体を前傾し,バーベルを持って構える。肘を後方に引き上げるような感じでバーを上げ,腹部につける。背中は伸ばすようにする。

j:シット・アップ(腹直筋) 

パットに足をかけて膝を曲げ,手を頭の後ろで組んで,頭を起こして構える。背中を丸めながら起きあがり,ゆっくりと(2〜3秒かけて)元に戻る。肩はボードにつけないようにする。

k:バック・エクステンション(固有背筋)
    
ローマンベンチで,手を頭の後方に組み,上体を前屈して構える。上体が水平になるまで起き上がる。筋力がついてくれば,後頭部に重りを持って実施する。

l:サイド・ベンド(外腹斜筋)

片手にダンベルを持ち,逆手を頭の上にのせ,ダンベルを持っている側に側屈して構える。ダンベルを引き上げて,反対側に側屈する。動作中,上体が前屈しないようにする。

7 けがの予防と疲労の回復
 体力トレーニング時においてはもちろんだが,セーリング練習時においてもけがは布施がなければならない。けがの予防策としては,正しいフォームで運動することと,ウォーミングアップの実施が効果的である。また,練習による疲労を回復させるには,積極的休養法であるクーリングダウンの実施や,良好な栄養補給が有効である。ウォーミングアップとクーリングダウンには,一般的にストレッチング,体操,ジョギングなどの軽いランニングが含まれる。特にストレッチングは,筋や腱の柔軟性を増すことで関節可動域を増大させる。したがって,ウォーミングアップでのストレッチングの実施は,運動中のけがや事故の予防に役立つのである。また,血液の循環を促進し,筋中の疲労物質を取り除くマッサージ効果がある。そのため,クーリングダウンで実施することにより,疲労を早期に回復させることが可能となる。

1)ストレッチング
ストレッチングとは,反動を使わない柔軟体操である。反動を使って筋を伸ばすと,筋の中にあるセンサー(筋紡錘)が働き,筋が縮むという伸張反射が起こってしまう。この状態でむりやり筋を伸ばすと,筋に損傷を起こすことがある。ストレッチングでは,この伸張反射を起こさないように実施するため,筋や腱はその柔軟性を増大することになる。ストレッチングは,以下のような注意点をふまえて実施しなければならない。

・対象となる筋や腱に,心地よい痛み(ストレッチ感という)が感じられるところまでゆっくりと伸展させる。
・ストレッチ感は10〜15秒で消失する程度のものでなければならない。
・自分の柔軟性に合わせて行い,他人と柔軟性を競ってはいけない。
・ストレッチング中は呼吸を止めてはならない。
・伸展時間の長さは,筋の大きさや張り具合によって調節する。小さな筋では
 10〜15秒間程度,大きな筋では30秒間前後を目安とすればよいだろう。
・姿勢に気をつける。誤った姿勢では,目的の筋や腱を伸ばすことができなくなる。
・気持ちよくリラックスし,笑顔で行うようにする。このためには,しゃべりながら
 実施するとよい。

 以下に示したものはストレッチングの一例である。のばされている部分を斜線で示している。実施する順番は各自の好みでよい。ストレッチングは,練習やトレーニングの前後に実施するが,海上での待機中とか,起床時あるいは入浴後に行っても有効なものである。

2)疲労と休養,栄養
「疲れた」という感覚は,誰もが経験するごく自然の生理現象であり,生体の働きを生理的範囲内に保とうとする警告信号である。トレーニングでは疲労がつきものである。そして,疲れを感じないような程度のトレーニングでは,体力を充実強化の方向に持っていくことはできない。ところが,その疲労も回復が十分でなく,蓄積してしまうと,身体諸機能の働きが乱れて病的状態に陥ることがある。したがって,生じた疲労はできるだけ早期に回復させなければならない。
 疲労を回復させるためには,休養が必要である。休養の取り方には,消極的なものと積極的なものとがある。安静(トレーニング後に何もしないで静かにしている),マッサージ,入浴,栄養,睡眠などはいずれも前者の休養法に含まれる。これに対して,クーリングダウンは後者の代表である。

A 積極的休養法としてのクーリングダウン
 全身運動を急に中止してそのままでいると,下肢筋の収縮による筋ポンプ作用がなくなるため,下肢に血液が貯留して心臓への環流血液量が減少する。そして,心拍出量が減少して,心臓や能への血流が一時的に不足する。その結果,失神,めまい,吐き気を起こすことがある。また,特に激しい運動を急に中止した場合には,過剰換気がおこって体内の二酸化炭素が多量に体外に排泄される。その結果,アルカリ血症となり,筋けいれんを起こすことがある。ところが主運動の後に軽い運動(ジョギングやストレッチング)を実施すると,筋ポンプ作用が働いて血液循環がよくなるため,血圧の下降を予防することができる。そして,過剰換気を防止することができる。さらに,疲労物質である乳酸の除去も速やかとなる。

B 消極的休養法としての栄養と睡眠
 消極的休養法としてのマッサージや入浴には,血行を促進する作用があるため,疲労物質の除去という点で有効である。しかし,疲労物質はできるだけ早期に除去した方が疲労からの回復が早くなる。したがって,マッサージや入浴は,クーリングダウンを実施した後に,補助的な手段として用いるべきである。
 食事は,身体活動によって消耗・減少した筋グリコーゲンの補充に重要である。そのための栄養素としては,糖質が有効である。例えば,激しい長時間の運動で筋グリコーゲンが消耗した後,食事として糖質をまったく摂取しなければ,5日たっても筋グリコーゲンは回復しない。ところが,高糖質食を取れば,完全に回復させることが可能となる。しかし,それでも約2日を必要とする。
 このように,クーリングダウン,そして入浴や食事などの方法をとって,以下に疲労を回復させようとしても,睡眠が不十分ではそれらの効果は生かされない。すべての点で,睡眠は最良の疲労回復法なのである。十分な睡眠をとったにも関わらず,翌日の疲労感が強いようならば,それはオーバートレーニングの信号なのかもしれない。

8 レースに向けてのコンディショニング(食事などの留意点)
 ヨットレースのための主な燃料源は炭水化物(主にグリコーゲン)と脂質である。しかし,中風から強風の状態では炭水化物が主に使われる。そのため,レースに向かって体内に炭水化物を蓄えるような食事を考えていくことが必要である。これを炭水化物ローディングと呼ぶ。以下に,レースに向かっての炭水化物ローディングの方法と,レース後の疲労の回復方法のための食事について示す。

a 体脂肪が多い者は,日常の食事では極力動物性の脂肪分を食べないようにする。
  ステーキの場合では,脂肪分を取り除く。パンにはバターを使わずにジャムや蜂
  蜜などを用いる,といった注意が必要である。
b 体脂肪の量が多くない者でも,余分の脂肪を日頃から食べないように注意するこ
  とは当然である。
c レースの5日前までは通常の食事内容とする。ただし,トレーニングを実施して
  いるので,蛋白質は十分に食べるようにする。蛋白質の量は,おおよそ
    レースの2週間前まで:体重1kgあたり2g(体重×8-10倍gの肉・魚・豆類)
    レースの1週間前まで: 〃   1.5g(体重×6-8倍 の 〃      )
    レース終了まで  : 〃  1-1.5g(体重×4-6倍 の 〃    )
d レースの5日前までに徐々に脂肪分の量を減らしていく。
e レースの4日前からは,必要な蛋白質以外は食事の量のほとんどを炭水化物とす
  る。この食事をレース終了まで継続する。ただし,野菜,果物,小魚類そしてレ
  バーはビタミンやミネラルの補給に必要なのでたくさん食べるようにする。
f レース前の食事は少なくとも2時間前までには済ますようにする。食欲のない場
  合には,無理をして食べなくても良い。このような場合には蜂蜜にレモン汁でも
  入れて薄めて飲むとか,クッキーなどを食べて水でも飲んでおく。
g レースの1時間前に,炭水化物の補給源としてバナナを1本食べる。また,レー
  スの15〜30分前にぶどう糖錠を3〜5粒(飴玉でもよい)食べておく。これによっ
  てレース中に低血糖状態(いらいらして集中力が低下する)になるのを防ぎ,体
  内に蓄えた炭水化物の消耗も防ぐことになる。
h レース後には直ちにバナナやクッキー等の甘いものを食べ,疲労の回復を速めるよ
  うにする。
i 最後に,環境が変化すると風邪などに対する抵抗力が低下しやすいので,ビタミンC
  を遠征出発の日から毎日400〜500mg(3回程度に分けて)摂取すると良い。