システム管理とは職業ではない、その人の生き様である。
何事も、つまりスポーツも勉強も恋愛もであるが、習い始めは技術に傾倒するモノである。
縄跳びを習い始めると、二重飛び、後ろ飛び、横飛び、果ては三重飛びに挑戦するようになる。
さて、縄跳びはそもそもそういう遊び、いや、スポーツであったのか。
バレーボールを始める、きっかけはどうであれまずはレシーブから習うであろう。
トスを覚えアタックを覚え、サービスを覚え、各々の技術はバレーボールを続けていく上で、楽しんでいく上で非常に大切である。
試合に勝つため、相手を攪乱するために何種類ものトスを上げ、考え得る限りアタックを工夫し、技術を磨き、相手のコートに叩き込む。
相手と戦う以上は相手より優位に立ちたい、試合には勝ちたい、では勝つためには技術を磨くしか方法はないのか。
技術は見栄えがする、目で見ればそれが技術かどうかすぐに判断が付く。
技術は優越がつけやすい、出来る出来ないがハッキリしている、出来るレベルもハッキリしている。
だから習い始めは誰しも技術に傾倒する、技術を知ること操れることが、上達の基準である、指導の基準である。
アタックを打てる人は打てない人よりも技術力が上であり、相手のアタックのコースを読んでブロックが出来ればかなりの技術力である。
技術力を高めるには練習、訓練、勉強、他には方法はない。
繰り返し繰り返し、反射神経のみで行動できるようになるまで、何も見なくても言葉に出来るようになるまで、繰り返し繰り返し。
さて、何のために技術力を高めなければならなかったのだろうか。
システム管理という、職業がある。
コンピュータを不自由なく使えるようにあらゆる仕組みを維持し、改良し、使い方を教え。
壊れていれば直し、うまく動作しなければ調整し。
新しい技術があれば積極的に取り入れ、一時間かかっていたことを一分で終わらせるような改革をする。
管理作業を進めていくと、いかに管理しやすい様にするか、自分の作業をいかに効率的に進められるようにするかに注力する。
しかしシステム管理とは、元々は使う人が快適に使えるようにすることではなかったのか。
人が使いやすいシステムを作る、人が間違いのないようなシステムを作る。
そのためには、使う人の身になって考える必要があり、自分で使ってみることも必要になる。
技術も大切である、新しいツール、思いも寄らない仕組み、が、それだけを追い求めては自分よがりの自分のためのシステムになってしまう。
そこで初めて気づく。
システム管理には管理者の生き様がそのまま投影されていることに。
システム管理とは、職業や作業を言うのではない、その人の生き様や生きていく方向のことである。
2003年5月 記
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