僕とSWAYとの出会い

小学6年の頃、のファンになった僕は、ラジオでやるM集に時々YMOが登場することから、YMOのファンにもなりました。 YMOの散開記念アルバム「サーヴィス」には曲間にギャグがはさまっているのですが、これはスーパー・エキセントリック・シアター(S.E.T.)によるものでした。 このギャグは大変面白かったのですが、反面このアルバムを一通り聞いた後「もう S.E.T. によるこういうギャグは聞けないのか…」と寂しくも思いました。

ところがその頃、ニッポン放送で三宅裕司(S.E.T.の座長)のヤングパラダイスという番組をやっており、その番組を聞けば、またあの雰囲気のギャグを聞くことができたのです。 それを知ってからというもの「三宅裕司のヤングパラダイス」を聞くのが日課になりました。 ただ、この番組は夜の22時〜24時にやっているので、途中で眠くなって寝てしまうことがありました。

ある日、この番組を聞きながら眠ってしまった時のこと、夜中の12時半頃、美しいメロディーが流れているのに気が付きました。 その時間はニッポン放送は「コッキー・ポップ」という番組をやっていたのですが、その番組中で、さそり座の「窓ガラスのへのへのもへじ」が流れていたのでした。
「こんな美しい曲は聞いたことがない」
と思い、早速レコードを買いました。 テレビでも紹介され、応援のはがきを送った覚えがあります(そのためかどうかわかりませんが、「おいでブランコリー」の発売前に、発売のお知らせのダイレクトメールが届きました)。

当時は絶対に大ヒットすると思ったのですが、なぜかそれほどヒットせずにいつの間にか忘れられた存在になってしまったような気がします。 でも、1992年12月、初めてSWAYのライブを見たとき「あぁ、ヒットしなくて良かった」と思ったのでした。もし大ヒットしていたら、その人気に彼女たちは押しつぶされてしまったのではないかと思ったのでした。 ヒットはしなかったけど、ヒットしないおかげで彼女たちはマイペースで音楽活動を続けることができた。このマイペースでの音楽活動こそが、あの美しいメロディーの源泉ではないかと思っています。 これからもマイペースでの活動を続けてほしいものです。


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