「丸谷君」は、現代日本語すなはち「現代かなづかひ・新字體」で書かれた文章を、いはゆる「歴史的かなづかひ・舊字體」に變換するための「辭書」です。
MacOSのフリーウヱアである文書變換ソフト「ConvChar」での使用を前提としてゐます。てつとりばやく使ひたい方は「使用法」ファイルを先にお讀みください。
【一】序
【二】丸谷君の特徴
【三】丸谷君の弱點
【四】漢字變換の方針について補足
【五】よくある質問と囘答
【六】第三版の訂正個所
【七】履歴
【八】特記
【九】推薦文
■第三版の序
最近の文藝作品やWEBペイジ等を散見する限りでは、國語改革から五十年あまりが經過した今日でも、歴史的假名遣ひ・舊漢字で日本語を表記したいといふ慾求は確實に存してゐるやうである。最新式のIM(インプット・メソッド)には歴史的假名遣ひを可能とする製品も現れたと仄聞するが、そもそも正しく使ひこなすには、あらかじめ假名遣ひを知つてゐる必要があるのは當然であらう。しかるに、特段格別の豫備智識はなくとも、簡便にこれを實現しようとするのが「丸谷君」である。
「丸谷君」が欲してゐるのは日本語表記における可能性の廣がりと、その愉しみである。日本語によつて綴られる思想が一樣でないやうに、文字表記も一樣ではないだらう。いつたんは國家が否定せんとした文字表記が、いとも簡單にコンピュータ上に現出するのは愉快である。歴史的假名遣ひに興味を持たれる向きは、その本格的な運用の入口として、舊き良き日本語表記の味はひを樂しんでもらへれば幸ひである。
ところで「丸谷君」の開發方針は、徹頭徹尾「泥繩式」である。時々文書を變換させては、うまく變換されないコトバを見つけ、行を追加したり削除したりといつた作業を間歇的に、思ひ出したやうに行ふのみであつて、傍目に見れば馬鹿馬鹿しいことこの上ないであらう。作者自身、肥大化していく辭書を眺めてゐると、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ひが止まらないことがある。
ただ昨今は「ConvChar」およびマシンそのものの高速化で、辭書の容量が増えても餘り氣にならなくなつた。第三版で、ひらがなの變換をかなり大量に盛り込むことができたのはこれゆゑである。ひらがなの變換登録は、誤變換との戰ひであつて、むしろ誤變換をセーブする行の方が多いくらゐである。平均的な漢字かなまじり文の變換では、第二版が84%の正答率であつたとすれば、第三版では97%くらゐにはなつてゐると思ふ(當社比)。
この結果、第三版は約11,000行の變換登録があり、第二版に比べて8000行餘の追加となつた。ただし中には、氣附いた時點でなるべく削除してはゐるものの、變換に全く關與しない若干のゴミ行が殘つてゐるかもしれない。しかし先述の理由で、あまり細かいことは氣にしないことにしてゐる。
本來、第三版はもつと早くに清覽に供されるべきであつたが、作者のしがないサラリーマン生活が多忙を極めたゆゑ、公開の豫定が大幅に遲れたことは遺憾であつた。この間、MacintoshのOSXで標準採用された「ヒラギノフォント」では、JIS第二水準を超えて大幅に漢字使用が可能なことを知つた。Convcharおよび關聯ソフトの最新環境への對應を待ちたい。
なほWEBペイジ「拔本的」にてベータ版を公開當時、適切な助言と激勵をいただいた内外の學友諸氏に深厚の感謝を表すものである。
■第二版の序(平成九年 原文を拔萃及び一部改)
このたび舊字舊假名辭書「丸谷君」の第二版を清覽に供する機會を得たことは辭書編者の冥利に盡きる。第一版は比較的早急に準備されたため、遺憾の點も少なくなかつた。にもかかはらず、想像を超えて多くの諸氏の愛用を忝うしたことは望外の喜びであつた。
第二版においても未だ意に滿たぬ點が少なくない。既に齡還暦まであと三十餘年しか殘してゐない身である編者にとつては、これより更に大改訂を加へる機會には惠まれないと思はれるが、今後とも大方の御教示によつて、多少なりとも電腦界における歴史的假名遣ひの發展に寄與したいと思ふ。
末尾ながら初版以來、「丸谷君」に絶大なる支持と貴重な助言を戴いた内外先覺の學恩に深く感謝の意を表する次第である。
■第一版の序(平成七年 原文を拔萃及び一部改)
舊漢字、歴史的假名遣ひこそ、言語的の分野における一大關心事のひとつである。しかし、從來の環境でこれを用ゐようとすると、日本語變換システムに大幅に手を入れる必要があり、時間的にも肉體的にも多大な勞力を拂はねばならなかつた。言語表現に些かのこだはりを持つユーザーは、一度ならず現代假名遣ひに固定された漢字變換システムに不滿を覺えたことであらう。
今囘試作した「丸谷君」は、極めて簡便に舊字舊假名遣ひを實現する辭書である。現代假名遣ひで書かれた文章を、一瞬にして、街の古本屋でひつそりと眠つてゐる昭和初期の文學全集のやうな舊字舊假名に變換するのである。
もちろん本來、私家用に作成したものであり、なにぶんにも淺學菲才の作者の手によるものであるから、多くの過誤や不備なる點を殘してゐるであらうと思はれる。しかし、舊字舊假名を愛好する同士諸兄、ならびに廣く電腦界に向けて些かの寄與となすべく、ここに第一版として清覽に供することにした。
甚だ簡單ではありますが、以上をもつて、ご挨拶の言葉に代へさせていただきます。
原文の意味、ニュアンスを損なはぬやうに、舊字舊假名に改めることを旨とした。ひら假名を無理に漢字になほしたり、外來語を和語に變換したりはしないやうになつてゐる。
殘念ながら、「ConvChar」+「丸谷君」は字面だけを追つて作動するので、原文の意味に即した正確な書き替へは、原理的に不可能であります。とくに、句讀點が少なくて、ひらがなの多い文章を「丸谷君」は苦手としてをります。
一例をあげますと、「臭い」といふ綴りは名詞で「ニオイ」と讀む場合と、形容詞で「クサイ」と讀む場合があります。
本來ならば、
となりますが、「ConvChar」と「丸谷君」のシステム上では、どうしても「臭ひ」に變換するか「臭い」に變換するか、どちらかに統一せねばなりません。
そこで今のところ、前後の單語のつながり具合を考慮した變換登録をすることでヒット率を高める、といふ手段を講じてゐます。
上の例では、「臭い」をニオイと讀むときは、「〜のニオイ」「〜なニオイ」あるいは「良いニオイ」などといふ使はれ方が多いやうに思はれるので、そのやうな使用に限つて「臭い→臭ひ」と變換するやうに細工するわけです。
しかし、これでは根本的解決からはほど遠いことがおわかりいただけるでせう。ことほどさやうに「丸谷君」には本質的かつ構造上の脆弱性があるのですが、なにぶんにもお遊びでありますからして、その點ご留意ください。
作者の説明不足により一部に誤解を與へてしまつた面もあるので、ここで漢字變換の方針について簡單に補足いたします。
丸谷君で云ふ「舊字體」とは、云ふまでもなく現今パーソナル・コンピュータで一般的に使用可能なJIS基準(第二水準)の汎圍のものであつて、例へば森鴎外の「鴎」の字、「冒涜」の「涜」の字は變換されません。OSやフォント、各種アプリケイションにおいて、例へば最新のJISやユニコード表示が可能な特殊な設定をすれば、第二水準を超える漢字の表示が可能でせうが、昆布茶&丸谷君はまだそこまで追ひついてゐませんので御諒承ください。
もともと、丸谷君が行はうとしてゐるのは、「いま」書かれ・讀まれてゐる現代日本語の空間に、戰後の「國語改革」なかりせば實現したであらう言語表記を、デジタル技術をもつて簡單に幻出せしめようといふことであつて、康煕字典がどうのかうのとか「正字」やら「本字」やらの「正統性」に特に執着してゐるわけではないのです。漢字については、戰前の辭書や出版物を參考として變換登録をしてゐます。ゆゑに必ず「正字」「本字」に變換される仕樣になつてゐるわけではないのであります。
戰前の出版物の多くにおいても略字、俗字が使はれてゐるのはご存じでせう。その慣用(日本語の素人たる作者がとりあへずさう判斷したもの)に從つて、正字やら本字を廢してあへて「俗字」で登録した行もあります。ただし見落しや勘違ひもあると思ひます。「丸谷君」はその程度のものですから眞面目な目的に用ゐることはおすすめしません。
また戰後の國語改革が行つた「乱用→濫用」のやうな、いはゆる「置き換へ語」を舊に復する處置をしてゐますが、これも「濫」が「乱」の舊字であるといふ意味ではありません(當たりまへですが)。
なほ、かうした「置き換へ語」は、一部で戰前から慣用であつたものや「ゆれ」のあつたものを統一したといふ面もあるわけです。しかるに丸谷君第三版では、やや過剩に「再置き換へ」してゐることも否めません。いづれにせよ「ConvChar」+「丸谷君」では兎にも角にも變換を一律にせねばなりませんゆゑ、「表記のゆれ」といつた事態に關しては融通の利かないシステムであるといふ點も御諒承ください。
國語改革そのものについては、下記の參考圖書をご覽ください。
質問◆辭書を一覽したところ、「いたち→いたち」のやうに、變換前と後が同じものが登録されてゐるやうですが、これはなにゆゑですか。
囘答◆弱點の項で述べたことと關聯しますが、これはある變換語の登録に引きづられて、變換させたくない語が置き換へられてしまふのを防ぐための處置です。「そこに少女がいた」の「いた」を「ゐた」に變換させるため、「いた→ゐた」を登録すると、「いたち」も「ゐたち」に變換されて、まづいのです。試行錯誤のすゑ、「ConvChar」では、「いた」よりも先に「いたち→いたち」と、そのまま變換させる登録をしておけば「いた→ゐた」の登録に影響を受けないことがわかつたので、「丸谷君」ではこのやうな處置を多數行つてをります。
質問◆變換の順番、優先順位はどのやうに決定されてゐますか。
囘答◆これは「ConvChar」等の作者に訊いて欲しいのですが、私の經驗上で言へば、辭書ファイルの後にある行の變換が優先されてゐるやうです。また、いつたん變換された部分は、ほかの行の變換指定には影響されないやうです。丸谷君を「ConvChar」以外の變換システム環境で用ゐるときは、變換のアルゴリズムが違ふ場合もあると思はれますので、この點ご留意ください。
質問◆辭書だといふことでWindowsの文書に變換したうへ、MS-IME98に一括登録したところ、まつたく使へないことがわかりました。どうしてくれるのですか。
囘答◆繰り返しますが、丸谷君はMacOSで驅動する「ConvChar」の「辭書」であつて、WindowsのIMEやATOK、MacOSのことえり、EGBridgeなどといつた漢字かな變換システム(IM インプット・メソッド)の辭書ではありません。お間違へなきやうに。もし、漢字かな變換システムの辭書に一括登録してしまつたなら、それに附屬の辭書メンテナンスツールで一括削除してください。やり方は、お使ひのIMのマニュアルを見てください。
一、ひらがなの變換をかなり強化。ただしひらがなの多い文章が苦手なのには變はりがない。カタカナも少し強化したが、外來語表記のカタカナ變換は今も摸索中である。
一、熟語によつて變換し分ける仕樣を強化した。
一、上記に關聯するが、當用漢字表の杓子定規的な運用によつて、學校教育、新聞等に採用され、その後廣まるにいたつた、いはゆる「置きかへ語」を、編者の把握する限り舊に復するやうな細工を第二版から施した。第三版でさらにこれを補つた。
一、まだあつた單漢字の登録漏れを補つた。また一部登録を削除した。
平成七(1995)年一月 第一版をNIFTY-Serve コメディフォーラムで公開
平成九(1997)年一月 第二版をベクターのソフトライブラリに公開
平成十五(2003)年二月 第三版をベクターのソフトライブラリに公開
一、「ConvChar」および「丸谷君」を使用することで、いかなる損害を受けようとも、「ConvChar」および「丸谷君」の作者はまつたく、全然、ちつとも、金輪際その責任を負ひません。
二、「丸谷君」はフリーウヱアです。改良改變はご自由になさつてください。しかし、もしご竒特にも、雜誌CD-ROM等の出版物やネット上のアーカイヴに轉載しようと思はれる方は、各種解説文書も含めオリヂナルのままお願ひいたします。また、作者宛に聯絡を下さい。
三、もし、「丸谷君」をもとに金錢的ないしは金錢に准ずる利益を得ようと企む人は、世の中を嘗めてゐるのでせう。そのやうな人も必ず聯絡を下さい。一緒に世の中を嘗めませう。
四、「丸谷君」は實在の小説家とは無關係です。
五、かなづかひは、福田恆存著『私の國語教室』(中公文庫)などを參考にしましたが、「丸谷君」の變換が間違つてゐるからと云つて、この本の所爲ではありません。もし歴史的かなづかひに興味を持たれ、より深く知りたいといふ方には、本書をおすすめします。ほかに築島裕著『歴史的假名遣ひ』(中公新書)なども參考になるでせう。なほマトモな辭書なら見出し語に歴史的かなづかひを併記してゐます。【追記:『私の國語教室』は現在文春文庫に収録】
あまりにも名文なので、第一版公開當當時いただいた推薦文をこの場を借りて掲載させてもらふ(平成七年 大阪市・「西中島南方」氏 文章編者により一部改)。
「丸谷君を推薦する」
文字によつて書かれた文章を、讀むといふ行爲には、當然その意味内容を理解するといふ目的が含まれるが、書物に書かれた文字そのものを目で追ふといふ身體的な行爲そのものに、エロチツクな快感が伴ふことに間違ひはない。しかし悲しいではないか、ビジネス書全盛の今日、意味内容を理解するといふ目的に特化した讀書に過大な價値が置かれ、文字そのものを目で追ふ快樂が置き去りにされてゐる。コンピュータの世界では、そもそものその黎明から、文字を目で追ふといふ行爲が重視されることなく、如何に短時間に多量の情報を傳逹するかに心血が注がれ今日まで來た。我らは、高速で畫面を流れる文字列を眺めながら、文字と人との幸福な關係が永久に失はれたことを歎いたものだ。
しかし諸君、この寒い時代もここに終はりを告たことを申し上げる。ここに現れたる丸谷君は、文字を追ふといふ行爲にエロスを復活した。屈辱的な名稱を冠され、衰亡の道をたどるかと世人には思はれた、舊假名遣ひに光を照らしたのである。丸谷君の計畫たるや世間の一時の投機的なるものと異なる。それは、永遠の事業として今後あらゆる犧牲を忍んで繼續發展させ、もつてコンピュータ世界における文字の地位の向上にその特色を發揮せんとするものである。藝術を愛し、文字を愛し、知識を求むる諸子の自ら進んで、この丸谷君を支持し、うるはしき希望と助言とを寄せられることを期待する。
以上、平成十五年二月二十日 木曜日
(C)拔本的
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