486SXは生きている


 私(高校の理科教師)の妻(中学校の英語教師)は、職場でノート型コンピューターを使っている。これは2年以上も前に買った物なので、スペックは今見ると非常に貧弱だ。CPUは486SX、メモリー12メガバイトにハードディスクは公称200メガバイトである(現実には212メガバイトと表示されるが)。表示機能はノーマルなVGAで、すなわち640×480ドットの16色しかない。
 驚いたことに、この機械ではWINDOWS’95が「ちゃん」と走っている。本当にちゃんとである。どういうことかというと、MS−WORDとEXCELを搭載し、日本語フォントを8書体、英語も含めれば100書体余りを入れて、妻はこの機械で仕事をしているのだ。もちろん、WORD付属のOLEソフトも含めてである。
 その後ハードディスクだけは買い足した。ACCESSの95対応版が出た時に、これを入れるためには少々手狭になったからである。だから、例のPCカード式のハードディスクを340メガバイト入れたわけだが、これにもちょっと注釈がいる。妻のコンピューターは、彼女がまったく使わないソフトもインストールされているからだ。一番大きいのは、DOS用とWINDOWS用のTurbo C++である。これは、私が居間でプログラムを組むのに使う。当然妻には全く意味がない。C++コンパイラは結構サイズがあるので、これらを外せばACCESSも入ったのではないかと思う。もしそれが正しければ、冒頭に述べたスペックがWINDOWS’95の最低動作環境だ。いや、もっと下がりうるのである。3種の神器のワープロ、表計算、データベース。すべての人がこれを必要としているわけではない。ワープロはともかくとして、それ以外の二つはなくていいから、ただ、通信とゲームがしたいなんて人もいるだろう。MS−WORKSならもっと小さい。
 実は私がWINDOWS3.1の時代に中心として使っていたノートは、386SX、メモリー10メガ、ハードディスク80メガである。これでワープロ、表計算、データベース、その他雑多なソフト、フォントも上と同等に入れて動かしていた。もちろんとても遅い。だが、方法はあるものだ。例えばWINDOWSのワープロ(MS−WORDの6)は基本的に成形・印刷専用と割り切り、文書の基本はDOSのエディター(Vz)で書く。他の所にも書いたが、そもそも日本語の文章を書くだけならWINDOWSなんていらないのだ。これで2年間仕事をした。
 どちらの場合にしても、結構大変なのはハードディスクの整理である。普通にインストーラを使うと、いらないファイルが大量に送り込まれてくる。これらを調べて削除する作業が必須なのだが情報がない。そこで、まずファイルの名前を変えたり、他のディレクトリに移したりする。しばらく使って問題がなければ削除。実際、かなりの不要ファイルが存在し、ひどい時には10〜20メガが無駄な容量である。80メガのハードディスクに於いて、この大きさは死活問題だ。
 さて、今も書いたことだが、一番困るのは情報がないことだ。WINDOWSの内部に深く突っ込んだ本がないわけではないが、値段が高い。だいたいあれは、もっと専門的なことをする人のものだと思う。それにそもそも、個々のソフトすべてにそんな本が出ているわけではない。
 こんな時こそ、雑誌の出番だと思う。新しいOSやソフトが出る。ライターの人達は、私なんぞよりずっと専門的な知識もあろう。「〜入門」の類の連載記事の中には、そういった不要ファイルの情報、性能の低いマシンで如何に使うかのノウハウを書くことも出来るはずだ。ところが、そんな記事はほとんど見たことがない。だいたいは、そのソフトの「使い方」のみである。動かすための基本的な環境についてはほとんど書かれていない。まれにあるとすると、要するに「買い替えのお薦め」なのだ。
 雑誌の質問コーナーでこんな記事を見かけた。読者の質問はこうである。自分の持っている機械はこれこれのスペックだが、これでWINDOWS’95は動くか。それに対する答はどうだったか。動くことは動くが実用的でない。あなたのマシンは過去の物だ。そろそろ買い替えを薦める。
 読者の立場になって考えてみよう。この人はこう考えたのである。今まで3.1を使って来たが、いよいよ95が登場した。ぜひ使ってみたい。ところがこれは無料ではない。1万円を越える出費だ。買ってみて動かなかったらいやだ。よし、雑誌に聞いてみよう。
 ちょっと考えてみりゃわかることだが、この読者は買い替えるつもりがあったら、こんな質問しやしないのである。店に行って、95が動いている機種を買ってくりゃいいのだから。したがって、仮に買い替えを薦める記事であってもこう書くべきだ。動くことは動くが実用的でない。将来はいろいろな問題が出てくると思う。だから、どうしてもというのなら、まずはとにかく導入してみて、しばらく動かしてみたらどうか。それで気に入ったら、思い切って機械の買い替えを薦める。ついては、次のファイルは削除しても差し支えないようなので、もしもハードディスクが手狭なら試してみるといい。ただし、現在の環境はすべてバックアップを取っておくこと。
 私だって、いかになんでも、今コンピューターを持っていない人が初めて買うというのに対して486SXのマシンを薦めるなんてのは、問題があると思う(中古やアウトレットでしか買えないかも知れないけど)。しかしこれは、すでにある程度の機械を持っている(しかも、一応は95が動く)人に対するアドバイスなのである。最初から買い替えのお薦めでは、無駄遣いを推奨しているとしか思えない。
 パワーユーザーの間では常識なんだろうが、私は雑誌の記事はかなり割り引いて読んでいる。それでもちょっとしたヒントになることはあるのですべてが嘘だとはいわないが、買い替えのお薦めと、ただ誉めてあるだけのソフト紹介はまず信用出来ない。WXGのバグに関するあれだけの大事件が、雑誌でほとんど話題になっていないのはどうしたことか。
 結局どうしようもないのかも知れない。雑誌編集の収入は、その本の売り上げだけではなく、広告料がかなりの分を占めるのだから。性能の低いマシンの活用法など載せていたら新製品が売れなくなり、メーカーが困るのだろう。その結果、今のコンピューター業界はエコロジー感覚とは程遠い所に行ってしまった。本当にもったいないと思う。

 最近私は自分のノートのハードディスクに圧縮をかけた。Turbo C++ for WINDOWS’95に備えてである。このコンパイラ、なんと300メガバイトのサイズがあるというのである。しかし、圧縮してもこれだけの容量は出なかった。メーカーはアップグレードでハードディスクの容量を増やすサービスをおいているが、それは最後の手段だ。今私は、この300メガバイトがどれだけ縮められるのだろうかと思っている。情報が欲しいが、商業誌は当てにならない。自分でやるしかない。


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