『正しい糠漬けを食べてますか?』の巻


 『漬け物がわかる年齢』というのがある様な気がします。私は今35歳ですが、自分がそういう年齢にさしかかっていると思う今日このごろです。いちおうこういうのも、『違いがわかる男』って言うのでしょうか?ニヤリと片頬で笑ってタクアンポリポリなんていうのは、あまりダンディじゃありませんが・・・。

 漬け物と言っても、全国津々浦々いろいろなものがあります。こういう分けかたが漬け物学的に認められているかどうかは知りませんが、漬け物を大別すると、醗酵させるタイプと、漬け汁に漬け込むタイプになります。醗酵させるタイプは、私が独断で漬け物の王者と決めているタクアンをはじめ、もろもろの糠漬け、それに白菜の御新香や野沢菜、からし菜などの漬け物なんかもこの部類に入ると思います。漬け汁に漬け込む方は、タクアンと双璧をなす漬け物界の貴婦人(年取ってるけど)、かの有名な梅干しが代表選手ですね。そのほか、日光のたまり漬けとか、寿司屋で出すガリ、カッパ天国、キュウリのQちゃんなんかもこの部類でしょう。

 醗酵タイプと漬け汁タイプのどちらがエライとは言えませんが、漬け汁タイプの話はまたの機会に譲るとして、今回は醗酵タイプ、それも糠漬けについて書いてみたいと思います。

 今、我が家では、密閉型のポリ容器に糠床を作り、冷蔵庫の野菜室にこれを保管しています。いくら漬け物が好きだと言っても、夫婦二人でそんなに漬け物ばかり食べているわけには行きませんから、漬け物樽なんか使わなくてもこれで十分です。

 糠床に野菜を漬けるのと糠床のメンテナンスは、女房が担当しています。昔から『糠味噌臭い女房』という言葉があり、こう言われて嬉しがる奥様というのはあまりいないと思いますが、糠漬けを上手に作れる女房というのは、なかなか優秀な家事マネージャーと言えるのでは無いでしょうか?

 ご存知のように、糠漬けというのは食べ頃というのがあります。美味しい糠漬けを食べようと思ったら、食べる時から逆算して漬け込まなければなりません。それも、単に時間だけ計れば良いかというと決してそういうわけではなく、糠床の塩気や水分、醗酵の具合、野菜の大きさや固さ、それに冷蔵庫の無かった時分には、気温や湿度などによっても漬け方を変える必要があったでしょう。こうしたファクターを総合的に勘案して、毎日の食卓にさりげなく美味しい漬け物を提供するには、ただなんとなくフンフンと鼻歌など歌いながらテキトーに家事をして、おせんべかじりながら昼下りのメロドラマと三時のワイドショーを見、夕方になって慌ててスーパーに行って出来合のお惣菜を買って来るようでは無理です。かなり気合を入れて、プロの主婦としての自覚を持って事を為し遂げなくてはならないでしょう。

 なんだか話が大袈裟になってきましたが、とにかく夏の朝にピカピカの炊き立て御飯と油揚げとミョウガの味噌汁といった朝食の主役の横に、ほどよく漬かったキュウリとナスの糠漬けがあるなんていうのは、中年に差し掛かろうとする日本男児のささやかな喜びの瞬間であります。狭い庭のささやかな菜園でとれたばかりのキュウリを輪切りにし、軽く塩を振って一揉み、味の素パッ、醤油をチラリとかけて御飯のおかずにするなんていうのもなかなか爽やかで良いものですが、所詮若くてピチピチしてるだけがとりえでろくな会話もできない底の浅いコギャルかなんかと同じで、人生の喜び悲しみを内に秘めて滋味深い味を醸し出している年増の姐さん的な漬け物には及ぶべくもありません。なお、コギャルや年増の姐さんの描写はフィクションであり、私の経験に基づくものではありませんので、誤解無きよう・・。

 小鉢に盛られたナスの漬け物の、紫の皮に包まれた純白の果肉(というのかな?)に醤油をたらし、温かい御飯と一緒に食べると、米食民族である日本人に生れついたことにつくづく感謝したくなります。これは、誰が何といっても、御飯にしか合いませんねぇ。私の知り合いに、納豆をパンに付けて食べているという変なイギリス人がいて、この人は仕事関係の外人などが来日すると、居酒屋などに連れて行ってわざわざまぐろ納豆やイカ納豆などを取寄せては目の前で食べて見せ、相手の反応を見て喜んでいるのですが、多分さすがの彼も糠漬けをパンのおかずにしようとは思わないと思います。

 考えてみれば、糠というのはお米を削ったものですから、それに漬込んだ漬け物が御飯に最高に合うというのは、当然のことなのですね。お米にしてみれば、我とわが身を削ってはぐくんだキュウリやナスですから、ニコニコ笑ってやさしく包んであげたくなるのも当然のことでしょう。こうして中年男の夏の朝の食卓は、平和に幸せになって行くというわけです。


戻る