『冷し中華には熱いスープを』の巻


 子どもの頃は夏になると、いつもはめくりくじやあんず飴、ビッグチョコなどを売っている駄菓子屋が、店の前に縁台などを置いて、『氷』という旗を店先に掲げました。これが子供たちに夏休みが近いことを知らせる合図の様なもので、みんなこの旗を見ると胸がときめいたものです。

 こういう店でかき氷を注文すると、たいていはおばあちゃんが、一貫目位の大きな氷の柱をヨッコラショと出してきて、店の隅に設置した昔のミシンみたいな鋳物の手回し式のかき氷製造機(正式名称を知ってる人は教えて下さい。)でジャキジャキと、ギヤマンの器に氷を山盛りにしてくれます。子供たちは皆、自分のかき氷の氷の山がどれだけ高くしてもらえるか、固唾を飲んで見守っていました。

 今ではこういう雰囲気でかき氷を食べさせてくれる店はなかなか無くなってしまいましたね。冷房の利いたお店で、かしこまってテーブルに向かってかき氷を食べるというのは、なんか違うなぁ・・・という気がするのですが、まぁこれもご時世というやつでしょうか?

 他に夏になると現われるものというと、蚊とかチューブとかいろいろありますが、冷し中華というのも食いしん坊にとっては重要な夏の風物詩です。ラーメン屋の壁に、『冷し中華はじめました』という張紙が出ると、梅雨の最中でも夏の訪れを感じます。

 しかし、実は私はラーメン屋や中華料理屋などのお店で冷し中華を食べることっていうのは、あまり無いんですよ。理由は三つあります。一つ目は、他のラーメン類に比べて、どうも割高に感じられること。

 確かに、茹で上がった麺を水にさらして冷したり、上に乗せる具を細かく刻んだりという手間はかかるでしょう。しかし、時間をかけて作ったスープがかかっていないのですから、ラーメンが400円に対して冷し中華が700円位するというのは、どうも割り切れません。一度ラーメン屋さんに聞いたことがあるのですが、手間はかかるが確かに冷し中華は儲かると言ってました。季節商品という立場にあぐらをかいて、強気に出ているところが気に入りません。

 二つ目の問題は、冷し中華は家庭でも、そこそこ美味しく出来ちゃうということです。インスタントラーメンが、生麺を使ったとしてもどうしてもお店のラーメンにかなわないのは、スープに問題があると思うのですが、冷し中華の場合はこれがありません。また、カラシやマヨネーズを入れることによって、味が画一的になりますので、具を工夫すれば、5袋パック298円のインスタント冷し中華や島田屋の流水麺などでも、お店の冷し中華にけっこうたちうちできます。具は、キュウリ、ハムなどを細く切ったものでOKです。マメな方は玉子を薄く焼いて錦糸玉子を作ったり、お中元でもらったチャーシューなどを刻んだりすればいっそう豪華になります。マヨネーズを入れるかどうかにつきましては、いろいろと議論があるようですが、マヨネーズ偏愛人間の私としては、ケチケチせずに是非タップリと入れて戴きたいところです。

 さて、三つ目の問題ですが、これは冷し中華業界の案外の盲点じゃないかと思います。もしこれを読んで、ハッと気が付いた冷し中華関係者がいらっしゃいましたら、アイデア料として私に冷し中華をおごってください。

 その問題とは、冷し中華には温かいものが付かず、徹頭徹尾冷たいということにこだわっているということです。私は、ちゃんとした蕎麦屋で蕎麦を食べるときには、ざる蕎麦などの冷たい蕎麦と決めているのですが、つめたい蕎麦は食べおわる頃を見計らって、熱い熱い蕎麦湯というものが出てきます。たるんだ蕎麦屋では、蕎麦といっしょに蕎麦湯が出てきたりして、そうすると私は蕎麦湯がぬるくなっちゃうのではないかと気が気でないのです。

 冷たい蕎麦を食べて、お腹は確かにふくれたものの、どうもいまいち満足感に乏しいと思っているところに、熱い熱い蕎麦湯を残ったおつゆに注いで、余ったワサビなどもコチョコチョと溶かしちゃって飲むと、温かい感触が胃の腑に広がって、やっと静かな満足感が湧いてくるというわけです。

 ところが、冷し中華には、この蕎麦湯に相当するものがありません。灼熱の夏の空気の中からお店に入った時には、熱いラーメンなんて考えるだけで眩暈がしそうで、一目散に冷し中華方面に接近して行きたい衝動に駆られるのは確かなのですが、注文した品が届いてそれを食べおわる頃には、キンキンに冷えているエアコンによって汗も引いて、つべたいつべたい冷し中華で体の内側も冷たくなります。冷たければ動きが鈍くなるというのは、胃や腸でもきっと同じ事でしょう。冷し中華は食べおわっても、熱いスープのラーメンを食べた時のように胃が喜ばないのです。

 そこで、世の中の冷し中華販売人の方にお願いなのですが、出来れば冷し中華にも、チャーハンなどと同じように、熱い中華スープを付けて下さらないでしょうか?無理なら熱いお茶でもいいです。番茶より焙じ茶の方が嬉しいですが・・。日本蕎麦と同じように、食べおわる頃合いを見計らってスッと出てきたりしたら、わたしはもう夏の間は毎日冷し中華食べちゃいますので、宜しくご検討下さい。


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