いえ、べつに秋や冬だってビールはうまいんですけどね。でもやっぱり夏となりますと、体中の細胞が火照っていると言いますか、乾燥した土地に降る慈雨のように、ビールが体中に染み渡るんですよね。スルスルと喉を滑り降りて体のすみずみに浸透して行くビールの快感で、『あっ、夏なんだ！！』と感じることが実際あります。
今年の夏は、予報では冷夏のはずだったのですが、まったくもって夏らしい日が続きましたね。気象庁にはお気の毒ですが、一ビール飲み人としては、喜ばしい限りです。夏のビールのうまさについては、もうすでに多くの人に言い尽くされている感じがしますが、まぁそれはそれとしまして、私なりの思い入れなどを書いてみたいと思います。
実は私は、自宅ではあまりビールを飲みません。私はビールというものに対して、豪放磊落、陽気闊達、順風満帆、豊年満作、元気満点というイメージを抱いている・・・というか、ビールというものはそんな風に飲みたいと思っていますので、自宅の食卓で一人もしくは女房や子どもと一緒に晩酌するには、ちょっと不似合いな様な気がするのです。
それはまぁ、たまには女房との会話が盛上って、威勢良くビールを飲むのがピッタリというシチュエーションとなることもありますが、いくらバカ夫婦とはいえ家庭内でそうそういつも陽気、元気にばかりもやっていられないですからねぇ。
夏のビールにふさわしい舞台というのは、ちょっとうるさめの居酒屋もしくはビヤホールなどで、そこにはぜひ気の合った仲間たちと繰り出したいものです。
一度、間違って自分たちの他に客が一組しかいないという、とあるビルの屋上にあるビヤガーデンに入ってしまったことがありますが、こういうのは非常に良くないですね。大勢のにぎわいがあってこそ、ビヤガーデンのちょっとほの暗い堤燈の明かりも、夏の縁日の夕涼みの風情を醸し出すのであって、人がいないビヤガーデンというのは夜の遊園地に忍び込んだみたいで、うすら寂しいだけです。
それに、こういう所の生ビールなどというのは、いつ樽の栓を抜いたものか分かったものじゃありません。そう思うと、すぐに疑心や暗鬼がその辺をうろつきだして、ツマミに頼んだ枝豆なんかも、前客の食べ残しの再利用だったりするんじゃないかなどという臆測が遠慮無く忍び寄ってきます。やっぱりビールは、ジャンジャン売れて次から次ぎへと新しい樽の栓を抜く様な店じゃないといけませんね。
しかし、店員があまりに忙しすぎて、ビールを注文しても持ってくるまでに１０分もかかるような店はダメです。賑わいの中にも統制が取れていて、ジョッキの中のビールがあと２ｃｍになったときに通りすがりの店員にお代わりを頼むと、ちょうどジョッキが空になる頃にビール七分の泡三分、汗をかいて露の滴るジョッキを店員が忙しそうに持ってきてくれる様な店がベストですね。
ビヤガーデンなどでは、チケット制になっていて、いちいちチケットを買わないとビールやおつまみが頼めないところもありますが、ああいうのは煩わしくて良くありません。酒飲みの心理を理解していないですね。また、ＢＧＭがうるさ過ぎるのもペケです。会話もできないようなうるさい音楽を流したりしないで、当り障りの無いハワイアンでもかすかに流しておいて欲しいものです。
ビールを飲みはじめるのに望ましいシチュエーションとしては、梅雨の明けた夏の夕まぐれ、まだ西日の暑さがジリジリ残って、どこかの公園の木にとまったひぐらしの鳴声がビルやアスファルトに反射しているという様な時に、汗を拭き拭きとあるビルの屋上のビヤガーデンに陣取るなどというのが良いと思います。
大きなジョッキをかかげて、『まぁとりあえず・・』などと言いながら乾杯した後は、気のおけない仲間との会話が何よりの肴となりますが、腹も減っていることですからいろいろとツマミを取ることになります。
ビヤホールのツマミに立派な料理を期待する人はいないでしょうが、もしビヤホールでジンギスカンなどをやっていたら、是非それを注文しましょう。
ジンギスカンは羊の肉を使いますのでちょっと独特のくせがありますが、慣れるとこれがたまらなくなります。御飯のおかずにするには鼻につきすぎる感じがしますが、ビールを流し込みながらだと、サッパリしてドンドン食べられちゃいます。でも、お肉ばかりじゃなくてちゃんと野菜も食べましょうね。
こうして、ジンギスカンを二皿、三皿とお代わりし、ジンギスカン鍋に焦げた肉や野菜の屑がたまってくる頃になると、皆のビールが減るピッチも遅くなり、いつの間にか夕暮れの薄暮は消えて堤燈の照明が夜を照らすようになっています。
フッと気がついて『あれ、もう夜か・・』などと思い、また気持ち良いビールの酔いと会話に漂っていると、次に気がついた時には蛍の光が店のスピーカーから流れて、周りの客が身繕いを始めていたりします。ビヤガーデンの閉店は早いですからね。
割り勘で勘定を済ませた後は、カラオケにでも行って更に盛上がるのも善し、夏の夜風に頬を吹かれながら、一夜の祭りの余韻をかみしめつつブラブラと家路をたどるも善いでしょう。ふぅ、飲んだ飲んだ。おやすみぃ〜。