『焼き芋屋がやって来た。ヤァヤァヤァ!』の巻


 毎年、師走の声を聞くと、近くの常磐線の勝田駅前に、冬の間だけ岩手から出稼ぎにやって来る石焼き芋屋のおじさんが、軽トラックの店を出します。
 冬の短い日が暮れかかる頃になるとやって来て、駅前に車を止めて、電車に乗り降りする人たちを相手に焼き芋を売っています。

 私自身はあまり焼き芋などは食べないのですが、飲み屋のおねぇちゃんのお土産に買ったりしているうちに、何時の間にかすっかり顔見知りになってしまいました。
 居酒屋で仲間と飲んだ後、二次会にスナックに流れたりする際に、馴染みの女の子がいるところに行くような場合は、ちょっと何か手土産でも持って行ってあげたくなります。そんな時、通り道に花屋があったとしても、花じゃあんまり大袈裟です。焼き芋あたりが気取らずにちょうど良いんですよね。女性はたいてい好きですし。

 その頃良く行っていた店のママさんとは、いつものモツ焼き屋で今でもたまに顔を合わせます。彼女が出勤前に、モツ焼きを食べに寄った時などですね。
 このママさんは、モツ焼き屋で会えば必ず、チューハイを一杯おごってくれるんですよ。私は今はほとんどスナックには行かなくなっちゃってるので、悪いなぁと思いつつ、若い頃から(当時は20代前半でしたからねぇ)何かと可愛がってくれた律儀なママさんに感謝しながらチューハイを戴いています。いつか偉くなったら、いっぱいボトルを入れますから待っててね。

 おじさんから焼き芋を買うようになって、もう10年位も経つでしょうか?ちょっとずつ立ち話をしているうちに、息子さんが私と同じ歳だとか、子どもが生まれたとか、お互いに家族のことなどもけっこう分かるようになってしまいました。

 毎年暮れの頃になると、会社の帰りに一杯やりに、自転車で駅の近くのモツ焼き屋向かう途中、駅の方からピィ〜っという笛の音が微かに聞こえてきます。焼き芋の釜の煙突に取り付けた笛の音です。
 この音が聞こえると、『おっ、おっさん今年も達者で焼き芋売りに出てきたな』と、なんとなく嬉しくなり、とりあえずその晩は帰りに焼き芋を買って帰ります。師走になってもなかなかおじさんが来ないと、『どうしたんだろう?』と心配になったりします。

 今年は、私が春の頃から自転車をやめて徒歩で通勤するようにしているため、あまり駅前の方に飲みに行かなくなり、おじさんに会ったのは12月の半ばになってしまいました。
 この時は、ちょうど飲み会の帰りで、会社の女の子の車で家まで送ってもらうところだったので、彼女に車を止めてもらい、おじさんとお互いの無事を確認し合って一年ぶりの再開を喜び、二つの袋に焼き芋を詰めてもらいました。一つは彼女にあげて、もう一つは女房と娘へのお土産です。

 私はいつも、『オマケしなくていいよ』と言うんですが、おじさんもいつも『いやぁ、気持ちだから』と言って、袋にいっぱい詰めてくれます。いつも500円分しか買わないんですけど、ちょっと小ぶりなものだと5本位入っています。
 焼き芋の相場なんて、私はあまり知りませんけど、多分かなりオマケしてくれてるんじゃないでしょうか?時々は、『今日はどこかへ持ってくのすか?自分ちで食べんの?』と聞いて、『自分ち』と答えると、『んじゃ、こっちでいいべよ』と、折れたり潰れちゃったりしている芋をゴッソリと包んでくれたりします。

 オトコたるもの、あまりニコニコして焼き芋なんか食べてちゃいけないという信念をもっている私なのですが、このおじさんの焼き芋は、本当にうまいと思います。
 なんでも、ベニアズマという品種だそうで、おじさんが自分で県内の農家に行って買い付けてくるのだそうです。ちなみに、当茨城県は、サツマ芋の名産地であります。
 リンゴには蜜入りというのがありますが、このおじさんの焼き芋も、本当に『蜜入り』と表現したくなるほどの甘味があって、黄金色にホクホクしています。大袈裟ではなく、きれいに皮をむいて輪切りにしたら、そのままお茶用のお菓子に使えるんじゃないかと思います。

 私も、たき火をしたり芋煮会などで火を熾したりしたときには、良く芋を焼いたりしますが、それなりに美味しく焼けてもやっぱり石焼き芋とは別物ですね。あれはどうして、あんなに美味しく焼けるんでしょうか?

 ところで、サツマ芋といえば、わが茨城(イバラキ)県には、乾燥芋という名産品があります。たしか、全国の生産量の9割位を私の住んでいる市を中心とした数市で占めているはずです。

 これは、茹でたサツマ芋を1センチ位の厚さにスライスして、スノコに広げて天日で干したものです。
 干し柿を想像して戴くとわかりやすいと思いますが、芋ですのであんなにヘヴィー甘さではなく、ほんのりとひなびた懐かしい甘さでです。
 先日、静岡の親戚の見舞いに行った折に、病院の売店でこれが売っていました。品名は『芋の切り干し』となっていたので、なるほど場所が違えば呼び方も違うもんだなと思いつつ、生産地を見たらやっぱり私の住んでいるところでした。

 乾燥芋になるのは、八百屋さんやスーパーで売っているような普通の芋じゃなく、バレーボール位ある様な、独特の大きなサツマ芋です。
 私の住んでいるところの周りには、この芋の畑がいたるところにあります。収穫が終わった畑には、小さな芋や傷付いた芋がゴロゴロと残されていますので、一度その芋を拾って来て焼き芋にしてみたことがありますが、予想通り美味しくありませんでしたので安心しました。

 ま、正直言って、この乾燥芋というのは、とても若い人に好まれる味とは言えないと思いますが、御年配の方を中心に根強いファンがいます。
 うちの近所でも、年配の方がいる御家庭では、庭先で自家製の乾燥芋を作ったりしています。
 私も年末には、これを自分の実家や親戚などに送って喜ばれています。そのまま食べても良いのですが、ちょっと炙ると香ばしくやわらかくなるので、石油ストーブの上にこれが乗ってるというシーンは、私にとってのひとつの冬の風物詩です。

 冬の風物詩といえば、我が市では毎年2月に全国から参加者を募って、数千人が参加する大規模なマラソン大会が開かれ、これも一つの風物詩となっているのですが、このマラソン大会の参加賞は、名産の乾燥芋の袋詰めだそうです。乾燥芋=完走芋というシャレなんでしょうね。

 焼き芋屋のおじさんがやって来て、乾燥芋が干されると、いよいよ今年も終わりを実感します。
 最近なにかと忙しくて、この駄文を書いたのも久し振りですが、次を書くのはまた来年かな?
 ではみなさん、良いお年をお迎えください。


戻る