『冬の味、春の味』の巻


 ちょっと食べ物にうるさい人に、私の住んでいる茨城県の冬の名物を聞いてみると、きっと鮟鱇の名を出すと思います。
 鮟鱇はアンコウと書いた方が分かりやすいでしょう。いかにも深海魚という感じの、口がでかくてヌルベタッとした一見かなりグロテスクな魚です。

 私が子どもの頃は、そこいらの魚屋でいくらでも売っている庶民的な魚で、親も良く酢味噌和えなどにして食べていたのを憶えていますが、私自身はあまり好んで食べたという記憶はありません。まぁ、酢味噌和えなんていうものは、酒の肴には良いですが、子どもが喜んで食べるようなものではありませんよね。
 ところが悲しいことに、自分が大人になってアンコウで一杯やりたいと思うようになった時分には、アンコウは庶民には高根の花という感じの高級魚になってしまい、なかなか口に入らない様になっていました。魚市場などで見ても、形の良いものは1万円位します。

 それでもまぁ、一家で食べるにはアンコウが一尾まるごと要るわけではなく、マグロの大トロや河豚などと比べれば、それほど手が出ない値段でもありませんので、たまにはアンコウ鍋などを仕立てて冬の味覚を楽しみます。
 一度、水戸市内の有名なアンコウ料理店でアンコウ鍋を食べたことがあるのですが、どこにアンコウが入っているのかわからない様な代物で、全然納得が行かないという経験をしたので、アンコウ鍋は自宅で作るようにしています。

 アンコウ鍋のコツは、アンコウの肝(いわゆるアンキモ)をタップリと使い、水は使わないで作ることです。
 最初に大根を下茹でし、茹で汁は捨てずに取っておきます。
 アンコウの肝は水や油を使わずに、鍋で弱火でカラ炒りして溶かします。ここにアンコウのパーツ(肉だけなく、皮などあらゆるところが食べられます)を投入して溶けた肝をからめ、下茹でした大根を適量の茹で汁と一緒に加えて、白菜、ネギを入れて煮立てます。煮えたら赤味噌で味をつけて出来上り。水っぽくならないように、豆腐などは入れず、あくまでアンコウと野菜の水分を主体に作ることが肝心です。

 このアンコウ料理は、地元ではどぶ汁と呼ばれます。どぶというのは、下水のことではなく、どぶろくなどと同じようにドロリとした仕上がりから来ているんでしょうね。確かに見た目は悪いですが、味は抜群です。気取った料理屋はドロドロにしないで、アンキモをけちってサラリと仕上げるので、本当のうまさは出ないのです。
 あっついどぶ汁をふぅふぅ言って食べながら、よ〜く冷えたビールを流し込むなんていうのは、寒い冬の夜の至福の一時と言えます。アンコウも、こうして冬に食われたいと思って冬に獲れるんでしょうか?

 さて、春一番が吹き始めると、アンコウもそろそろ市場から少なくなり、芽吹きはじめた緑のものが恋しくなります。私にとっての春の味の一番バッターは、なんと言ってもフキノトウです。
 フキノトウもアンコウと同じように、子どもが喜んで食べるようなものではなく、もちろん私も子どもの頃は嫌いでしたが、フキノトウは私が大人になってもまだ高嶺の花にはならずに、うちの庭にも生えてくれるので助かっています。

 フキノトウの食べ方としては、サッと揚げた天ぷらなどは良いものですね。私は他の天ぷらは天つゆか醤油にタップリ浸さないと満足できなのですが、フキノトウだけは塩をパラリと振って食べるに限ります。
 フキノトウの春の香いっぱいのほろ苦い味が口に広がると、血液がシュワシュワと浄化され、童謡の春の小川の様にサラサラと音を立てて流れはじめるような気がします。良い日本酒をぬるい燗にしてチビリチビリとやっていると、まだまだこれからつぎつぎと登場する春の味覚が思い出されてワクワクして来ます。家の周りで採れるものを思い出しても、芹、よもぎ、のびる、たらの芽、ウドなど、春は酒の肴には事欠きません。

 フキノトウは、天ぷら以外にも、フキ味噌を作っておいても良いものです。フライパンに油を引いて味噌を取り、みじん切りにしたフキノトウと味醂を加えて煮詰めるだけです。好みで砂糖を加えて甘くしても良いでしょう。フキノトウの香りがいっぱいのフキ味噌が簡単に出来上ります。フキノトウを一個だけ別にしておいて、みじん切りにして煮詰め終わった味噌に加えると、香りがさらに強くなります。
 フキ味噌は、作ってすぐに食べても良いのですが、冷蔵庫で数日寝かせると味がなじんでさらに美味しくなりますよ。もちろんご飯のおかずにも良いですが、箸でチョッピリずつ舐めていると、酒がいくらでも飲めてしまいますので、用心して下さい。


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