夕暮れ。紫掛かった空の下、裏の森でヒグラシが鳴いている。
剣道の稽古が終わり、お茶屋の娘が面を脱ぐと、その顔からは玉のような汗がこぼれ落ち、手ぬぐいを巻いた小さな頭の横には、少し大きめの耳が赤らんで見える。そてその可愛いさに、その愛しさに、私の胸は原因不明の痛みに襲われるのであった。 当時、サッカー部に在籍する菓子屋の息子が、私の親友なのであったが。皮肉な事に、彼もそのお茶屋の娘が好きだったのである。それはある夏休みの蒸し暑い午後の事である。いつもの様に菓子屋の息子の自宅で売り物の菓子をお盆に盛り、売り物であろうラムネを二人で勝手に飲んでいた。 すると漫画を読んでいた菓子屋の息子が、急に私の方に向き直ると、私がお茶屋の娘の事を好きだとは知らずに彼のその胸の内を私に話し始めたのである。そして自分の気持ちを、なんと私からお茶屋の娘に伝えて欲しいなどと言ったのである。
私は友情をとるか恋をとるか迷った。 暫くして菓子屋の息子には「彼女には好きな奴が居る」とだけ伝えた。彼はたいそうガックリしていたが、それ以上に私の心の痛みは大きかった。そう、愛と友情を一度に無くしてしまった様な気がしたのである。それ以来、剣道の稽古は休みがちになり、寒稽古の前には退部してしまった。
そして春。 ブラスバンド部に入部した私は、 |