【いも】(POTATO)
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『 いも 』

夜中に降っていた雨も一段落して,気持ちの良い朝を迎えた日。私は久しぶり に朝の散歩へと出かけた。そして、暫く「姑番」の終わった茶畑の脇道を歩く。 10月に刈る、最後の茶摘みを静岡辺りでは姑番(しゅうとばん)と言うのである。 夏に日照りが長く続いて茶の木も少し赤らんでしまい、今年四回目の茶刈りは あまり茶葉が採れなかった様子である。茶畑の隅に、丁度棺桶を立てた程度の 木箱が置かれていた。田舎ではよく見かける「無人販売」である。

中を覗くと、今朝採ったばかりのさつまいもが籠に幾つか盛ってあった。 籠には藁半紙に鉛筆で「十三里,二百円」と書かれてある。何故十三里と 言うのか以前聞いたのを思い出した。「栗よりうまい十三里」と言うのである。 つまり、栗(九里)より(四里)うまいので、足して十三里と言うのである。 昔の人は洒落た愛称を付けたものだ、そして確かに栗に味が似ている気がする。



最近は夜も少し肌寒くなり、そう言えば昨夜「石焼きイモ」 を売る車を見かけた。 しかし近頃の石焼きイモは結構なお値段で、2〜3個で千円を超すのである。 そして、石焼きイモで以前テレビで見た「石焼きイモのひみつ」と言う番組を 思い出した。何故石焼きイモは美味しいのかと言うものである。結論から言うと、 石で焼いているからなのである。
・・・失礼、これでは殴られそうである。

石を焼いた時に放射される遠赤外線が、直火よりも深部へ熱をうまく通すので、 サツマイモの糖分の濃度が高くなる。結果、甘くて旨い焼きイモになるのである。 今でこそ遠赤外線が注目されていて、生活用品や衣類、ヒーターなど、何にでも 使われているのであるが、とうの昔から先人の知恵として息づいていたのである。



サツマイモも好きだが、里芋も私は好きである。中でも赤芽芋と呼ばれる物が 美味しい、里芋を煮て皮からツルンと口中へ入れる時の舌触りがたまらない。 里芋も好きだが、一番好きなのは「ヤマイモ」である。掛川市の奥の山で採れる ヤマイモは味が濃く旨いのである。そして一番美味しい食べ方は、やっぱり 「とろろ汁」である。ヤマイモをすり鉢で、よぉーくこねてサバの出汁を入れ、 味噌汁を混ぜて作る「とろろ汁」は旨い。

旨すぎて自分の家だけでたべて、 「こないだ食べたとろろ汁は旨かった」などと知り合いに言うと、 「何で呼んでくれなかったのか!」と本気になって怒られるくらい旨いのだ。 しかしここら辺のヤマイモは、そのほとんどが東京の料亭へ送られる。 つまり地元には旨いヤマイモがなかなか出回らないのである。ずるいのである。



そんなことを考えながら、十三里の無人販売から家路へと折り返したのだが、 先日、仕事中に起きた「イモの差し入れご老人事件」を思い出した。 別に事件と言う程の事では無いのだが、この満八十六歳のご老人は近くに畑が 有るので、時々私の所へ野菜やイモを持ってきてくれるのである。 その日も仕事中にご老人がやって来て、「今朝採ったイモじゃ」と、受付の A子にサツマイモの入ったビニール袋を手渡した。私はいつも頂いているので ご老人の家の人にもお礼を言おうと思い、A子に老人の自宅の電話番号を聞いて おくように言った。

A子「おじいちゃん、おうちの電話番号を教えてくれる?」
老人「番号かね、今、出先でチョット忘れてしもうたんで、 電話して聞いてみるわい」

そう言って老人はカウンターに置いてある電話のボタンを押し始めたのである。 後ろから見ていて、A子の耳が赤くなり、肩が小刻みに震えているのがわかった。
・・・味のあるじいさんである。
私は、こんなじいさんになりたいと思った。



散歩から帰ると、朝食の支度が出来ている様であった。味噌汁の出汁の香りがする。 散歩中はイモの事ばかり連想していたので、無性にイモが食いたかった。

食卓へ座って、「今晩のおかずは是非イモが食いたい」と、私は妻に言った。 妻は箸を私の前に置くと「あら,イモならここに有るじゃない」と小鉢を指さした。 そこには「ポテトサラダ」が盛ってあった。
・・・ちぃーがぁーうー!!



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