島めぐり・大正琉球島

最終更新日付:1998年10月05日

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大正・琉球島

1998年7月下旬の某日に大阪は大正区にある関西沖縄文庫に行ってきた。

尻無川(JPEG 7K)  大正「琉球」島に上陸するのに船を使う。 港区から甚兵衛渡しである。人名のついた渡し船は大阪でもここだけ。
「アイヌ、今」の著者である西浦宏己氏が大阪を撮った写真集(題名は失念 十数年前に撮ったもの)にも取り上げられた。そこでは船に屋根が ついていないので、これでは雨が降った時に大変だなと思ったのが、 今の泉尾丸は屋根がついている。地元の中小造船会社で造られたものだ。 乗っているのはみな自転車で来ている人で 総定員50人とあっても、15台ほどの自転車で泉尾丸は埋まってしまう。 尻無川は、そんなに広い川ではないのだが、渡し船はS字に動くので 思ったより対岸に着くのに時間がかかる。 写真の右側が大正区。高速道路の奥に大阪ドームがかすかに見える。

 渡し船の乗り場と区内の間には高い堤防がある。落語家の桂三枝さんは、 幼い頃よく堤防の上を歩いたそうだ。 堤防を超えると次々に自転車にまたがって大正区内に散っていく。 船の中でお母さんの手を握っていた女の子も自転車の荷台に載せられる (ほんとは危ないと思うのだが..)。

 少し行くと、大正高校の南にでて、そこに並ぶ店の名前が 「ショップ糸満」「てるや食品」と、もう琉球しているのである。

 桂三枝さんの母校、北恩加島(きたおかじま)小学校の前を通る。 夏休みということで、何やら工事をしている。 ただし、三枝さんが登校していた頃とは場所が若干違うそうだ。 大正区は昭和三十年代に慢性的な水害を防止するために 地盤のかさ上げを行なって、街そのものを作り替えてしまったのだ。 それで、大正区は昭和三十年代風の無機質な景観が広がっているのだ。 (この項、NHKで4月にあった「課外授業 ようこそ先輩」による)

 大正区には大勢の沖縄から移り住んだ人がいるのは、ほかでもなく 台風が来るたびに水浸しになって、それゆえ、地代や家賃が安かった からである。単に沖縄航路の港が近かったからではないのだ。

シーサー(GIF 4K)

 滋賀県水口町でもらった「美ら島ちゅらら島心」のチラシを持ってくれば よかったのが、小林についてから迷ってしまう。 持参したぴあマップ文庫には載っていない。
 右往左往しながら、ようやく「かじまや」の青い看板を見つける。 玄関でシーサーに出迎えられる。関西沖縄文庫は階段を登った2階にある。 もっと煩雑なところかと思っていたのが、確かにそんなに広くないけど 小さっぱりして、好感が持てる。それにしても、よくぞ、ここまで 集めたという圧倒的な蔵書である。沖縄だけでなく、アイヌ関係の本も 置いてある。

 三線をじゃらじゃら弾いていたおじさんに、この春、新開地のナフシャで あった「まーちゃん」のライブを見た者だが、その時に「まーちゃん」が 言っていた西表島の夏のイベントについて知りたいと言ったら、おじさん は、それについて知らず、そのイベントのためか「まーちゃん」自身が西 表島に帰っていて、すぐにはわからないこと。
 さらに「まーちゃん」以外に八重山出身の唄い手を紹介してほしいと言っ たら、安里勇さんのCDをかけてくれた(安里勇さんのライブに行って きたばかりなのだが、知らないふりをしてしまった..)。 それで、「美ら島ちゅらら島心」のパンフレットをもらって帰る (何も買っていないのだが..)。 「ちゅらら島ちゅらら島ぐくる」は千五百人もの観客を集めたそうだ。

 店を出て小林バス停に向かう。バスが近付いてきたので急ぐ。 しかし、バスは通過してしまった。これが大正名物の急行バス。大阪市が 配っている市バスの路線図にも示されていない謎の存在のバスである。 次に来たバスは「大阪ドーム前千代崎」行き。これが新しい地下鉄の駅名 である。舌を噛みそうにながい。でも、客はみな大正駅で降りてしまって、 大阪ドームの前で降りたのは、ひとりだけ。

碧水(GIF 9K)

関係リンク


碧水ホール 南の唄 北の歌(JPEG 60K)


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(C) 1998 小松敏郎 (KOMATSU Toscirou)