夜歩く

最終更新日 1998.7.19

"思い出は常に過去形で語られる"

---おじさんの愚痴は常に「最近の若い者は」で始まる


前3時。ピピピという不愉快な音に渋々目を覚ます私。眠りについたのが午後10頃なので睡眠時間は充分です、徹夜さえしていなければ。ああ、早く仕事を終わらせなければ。まあ、個人的な事情はともかく、とりあえず何かを食べないと仕事になりません。冷蔵庫にはウーロン茶しかないので、コンビニで弁当を買うか、ファミリーレストランへ行くか。アレコレ悩んだ末に、体が野菜を食べたがっているようなので近くのファミレスへ。

あたりは、江戸時代なら草や木がとっくに眠っている時刻。提灯なしでも歩けることに感謝し、縄張りを巡回中の猫に挨拶しながら不夜城に到着。店内は平日の深夜らしく正体不明な人々で一杯です。終電を乗り過ごし始発を待っている耳や口が穴だらけの若いカップルや、テーブルに原稿を広げて何やら書き込んでいる目の充血した妙齢のご婦人、スポーツ新聞をなめるように読んでいる職業不詳の中年男性。そういった同類に、見えないシッポで挨拶し目を合わせないように注意しながら適当な席へ。とりあえずジャンバラヤ。それとサラダにコーヒー。最後に食べたモノはどうせロクでもないので、ここは奮発しておきます。あと、水を持ってきてね、メニューを片手で受け取る礼儀正しいウエイターさん。ついでだけど、電子レンジの「チーン」という音は客席から聞こえないようにしたほうが良いと思うぞ。

「...んはまじめだか...わははは..にしてもあ..ふふふふ...れだけいって...ひゃあっはは...まえそれはないん...きゃははあ...」

店内に緊張が走り、先客である我々は見えない耳をピクピクと動かしてあたりを伺います。なにやらハイテンションな集団が入店してきた模様。「7人です」「こちらへ」「今テーブルを」、そんな場違いとも思える礼儀正しい会話の後に、一行は私の左斜め前の特設テーブルに着席。年齢は20から40くらい、どうやらボスは40代とおぼしき男性。金色の腕時計が趣味の良さを物語っています。男性は全員ビジネススーツで、2人ほど混じっている女性もそれなりの服装にハイヒール。一見するとカタギの面々なれど、時刻や場所を考えると異常としか思えない集団です。

「やっぱりやる気のないヤツらは...変える意志がないと...ネガティブな事ばかり言っていても...その点きみは...」

おおおお、これは。思わず私の口元がほころびます。どうやら皆さんは、環境に優しい製品を売りまくって地球や人類を幸せに導くという噂のマルチな人々ではありませんか。こんなところで出会えるとは奇遇ですね。挨拶はしませんけど初めまして。ミーティングの後なんですね。で、ターゲットは一番若い青年ですか。

「お待たせしました」

科学の粋を集めて作られたジャンバラヤと、遺伝子工学で改良された植物の断片がテーブルに並びました。私は不味くても文句は言わないほうです。とりあえず火が通っていれば何でも構いません。そもそも味にこだわるならファミレスなんぞには来ませんから。ケチャップまみれのご飯をコーヒーで胃の中に流し込みながら、耳だけは他の客と同じ方向に集中。

「一緒に頑張れば...君だって私のように...夢をかなえるためには...一度しかない人生を...」

ボスと取り巻き連中が、二十歳そこそこの青年に、しきりとマインドコントロールをかけています。彼も乗り気になっているようで、純粋そうな目がキラキラと。でもね、青年よ。世の中に楽な仕事なんてないんだよ。君が踏み込もうとしているのは、人間関係を切り売りしたあげくに、借金だけが残る最悪の商売。商品を売って得られる利益と、子ネズミを勧誘して得られる利益を比較してごらん。それが夢のある商売かい?なぜ彼らが私ではなくて若い君を誘ってると思う?

「コーヒーのお代わりはいかがですか?」

ここのコーヒー(と店が主張している飲み物)の良いところは、何杯飲んでも胃にもたれないこと。もちろん遠慮なく頂きます。ずずず。うーん、不味い。もう一杯。青年がなにやらボソボソと話すと、ボスは大きく手を振って否定のポーズ。

「...ダメダメ...彼の言うことを真に受けちゃ...君は彼とは違う...変える勇気のないヤツは難癖ばかり...向上心が...」

ときどき、ワーっという笑い声があがります。知人の悪口で盛り上がっている様子。今度は欠席裁判かぁ。ま、これはマルチな人々だけじゃなくて、会社でも一般的に行われていること。グループ内の結束を固めるために悪者を仕立て、社員の不満を特定の個人に向けるというのは管理職の皆さんなら経験済みのテクニックでしょう。乱用すれば自殺者が出たり責任問題に発展する危険なワザですが、学校のイジメと同様に消えることはありません。もしあなたが、こういう罠にハメられたら、傷口が広がる前に転職されることをオススメしときます。

「コーヒーのお代わりはいかがですか?」

レシートを取ってレジへ。見えないシッポを振って同朋にお別れの挨拶。カモの青年の背中に向けてアイコンタクトを送り店外へ。あたりはカラスがゴミ袋を散らかす時刻となり、夜も白々と明け始めました。魑魅魍魎(ちみもうりょう)は退散です。それにしても、市場やマーケットという言葉に代表され、資産運用という名の博打に明け暮れる人たちや、ネズミ講まがいの商売で金を吸い上げる人たち。自分でモノを作らない人が増えてきましたねぇ。日本人というのは、もっと緻密で地道な作業を好む民族だと思ってたんですが、それは単なる思いこみだったようです。でも、このままでは破綻するのも時間の問題。そこでですね、たとえばパソコンなんですがね。安定性がどうした、なんて話題があるじゃないですか。あれ、変だと思うんですよ。普通の人がワープロなり表計算なりで仕事して、クラッシュして内容はパー。それが当然で、パソコンはそういうもので、自己責任で使えだなんて。かつて日本車がアメリカ車を駆逐したように、メンテナンス不要で信頼でき、安定しているOSやアプリケーションを作って大儲けをしよう、ていう若い人はいませんか?幸いなことに、このジャンルは寡占化が進みみんなで同じソフトを使っているわけですから、利用者が何が必要としているかを分析するのは簡単ですよ。しかも、ソフトの品質は低下する一方で値段は下がらない。日本語対応も最低最悪。こんなチャンスは滅多にないんじゃないですか?ほら、そこのあなた。「難しい」と言われて「それは、あんたがバカだから」なんて答えてないで、「そういうOSなら、もうあるじゃん」なんて官僚のような浮き世離れしたことを言ってないで、一般の人々がほしがっているモノは何か、不満な点はどこかを研究し、世間一般に広く受け入れられる質実剛健なメイドインジャパンを苦労して作ってみてはいかがでしょ。今から始めれば、ソフトウエアビジネスが破綻する頃には完成すると思いますよ。


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