4月23日 誕生日
 まさか、今回はこのタイトルになるとは正直思っていなかった...ビリヤードコーナーは一番人気の癖にコラムで扱う事を

嫌われているように思えるのはユーザーが偏っている証拠だろうか?「ビリヤード技術論」書きたかった気もするけど、規定に

よりボツ...「首相公選論」ってのもなかなか面白い内容になる気がしたんですけどねぇ...

 とは言え誕生日です。本日4月23日を持ちまして33歳となりました。う〜む。30も過ぎれば随分な大人(おじさん?)に

なっていると20代の頃は想像していたのですが、ぜ〜んぜんそんな感じがしない...もう30代も3年目に突入って事で自覚が

出てきても良さそうなものなんですけどねぇ。今年の誕生日は彼女と一緒に過ごす予定です。彼女は夜勤で翌日早番という過酷な

条件の中会いに来てくれる予定です。(要するに明け番の時間に来るって事ですね。)無理はして欲しくないですし、次の休みの

時にでもゆっくり過ごせば良いと思っていたのですが、嬉しいことに「始めて一緒に過ごせる記念日だから」なんて言ってくれた

もので、無理に断るのも変ですし、本当は一緒に過ごしたいと思ってるんですから彼女に譲ることにしました。おっと、彼女に

関する話しで始めてちょっと具体的な内容に触れてしまった。これ以上はCIAやMI6にも知られる訳にはいかない(そんなバカな)

で、誕生日の思い出とかを語ってみるのも良いかな?なんて勝手に考えて話しをなんとか展開させて行こうと思います。誕生日と

言えば小学生の頃にやった誕生会を思い出します。でもねぇ...小学生の低学年ではイジメられっ子で友達も少なかったですし、

高学年になったらなんと同じクラスに同じ誕生日が俺を含めて3人もいるなんて事になったました。こうなるとクラスメイトの

取り合いに発展しないとも限らない訳ですが、確か3人が合同で一人の家に集まって誕生会を開いた記憶があります。そうでも

しないと喧嘩になりかねない情勢でしたからねぇ...他に誕生日と言えばときどき掲示板にも登場している一番下の弟「もにゃ」が

俺の誕生日プレゼントのプラモデルの電池を買いに行きバイクに轢かれて骨折したのも当然ながら俺の誕生日でしたね。もう25年

くらい昔の話しですけどね。でも、4月生まれって損ですよぉ。クラス替えしたばかりで友達が少ない時期ですからね。ようやく

友達が出来た頃には既に誕生日を過ぎてしまっていることもしばしばですからね。ところで、当たり前ですが、誰でも誕生日が

ありますよね?でも、人の誕生日を覚えている人って以外に少ないものですよね?まぁ、極近しい人の誕生日くらいなら解ります

でも、学生の頃に学年全員と言うのはやはりおかしいですよね?そんなことが出来るのは(もしくは考えるのは)林家ぺー位な

ものだと思っていると、さにあらず。実は俺は中学の時に学年全員の誕生日を記憶していました。全員はオーバーかもしれない

ですが、確実に8割は記憶していましたね。顔と名前は一致しない癖に名前と誕生日は一致するなんてバカな現象が起きる事に

なっていたから面白い。中学の頃は名札をしていたので廊下ですれ違っただけで違うクラスの人でも名前が解ります。すると

時々、「あっ!こいつ今日誕生日」とか解るんですよねぇ。もちろん顔と名前が一致するのも半分くらいはいました。俺は中学の

時には生徒会の議長を務めていたので、全校朝会の司会なんかもしていたのですが、台の上に上ると何人かの誕生日が解るなんて

事もあったりする訳です。高校に入ってこの奇妙な癖は無くなりましたが一度覚えたものはなかなか記憶の彼方には消えないもの

らしく、中学時代の友人と会って思い出せない人の話題になると「えっと、あいつなんて言ったっけ?6月10日生まれで...」と

通常考えられない会話をしたりしたものです。そんな記憶もいつしか遠のき今では思い出せる名前も誕生日も数人になりました。

でも、あの頃の記憶力は今でも維持出来ていたらと本当に思いますね。みなさんにもあるんじゃないでしょうか?小さい頃に

覚えて今もふっとした時に思い出す事が...例えば「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り...」とか「徒然なるままに日暮」

語呂覚えなんかだと「1.41421356」(一夜一夜に人見頃)「1.7320508」(人並みに驕れや)794(鳴くよ鶯平安京)なんてのも

そうかもしれないですね。俺の場合は元天文部ですから「23時間56分4.09053秒」(恒星時)「3.2616334光年」(1パーセク)

「14597870Km」(1天文単位)なんてのを未だに空で言えたりしますが、合っているかどうかは各自調べてください。あれ?

誕生日の話しからだいぶずれてる...

 確か去年もにゃのHPで見かけた発言に「誕生日は祝われるものでなく、生んでくれた両親に感謝する日だ」なんて言うような

意味のことが書かれていたのですが、なるほど。と思いましたね。でも、俺は本当にこの世に生まれて幸せだったのか?感謝する

意味があるのだろうか?なんて考えてみると、確かに辛い事もありました。人生をプラスマイナスで考えればまだまだマイナスが

多いかもしれないです。でも、今はプラスに変えられそうな気がしています。33歳という年齢を転換期のひとつと捕らえて

がんばりたいですね。33を散々ではなく燦々にしないといけないですからね。