8月6日 気楽に行こうよ

 いや〜いよいよ8月です。夏真っ盛りです。暑いです。暑い暑いといわれるとさらに暑く感じるのは人間心理と知りつつ暑いものはやっぱり

暑い...これだけ暑いと気になるのはパソコン等の機械の不調ですね。先週自宅のパソコンが壊れたと勘違いした話しは先週のコラムで書き

ましたが今週は仕事で使う20インチモニターがやられました。あの広い画面に慣れていたので仕事がし難いったらありゃしない。現在は

15インチのモニタで仮に仕事してますが、慣れって怖いですよねぇ。つい数年前まで17インチなんて夢の世界。15インチでモニタも

でかくなったもんだと関心していたんですから...現在新しいモニタを買うか修理するかを検討中ですが、慣れてしまえば15インチでも

いけるかな?

 さてさて前置きはこれくらいにして今回は接戦の末「気楽に行こうよ」がタイトルに決定しました。正直な話し「う〜ん、まいった...」

って感じなんですよね。言葉で言うのは簡単なんですが、いざ自分でそれを実践しようとすると難しいのがこの気楽なる言葉です。俺は非常に

苦手なんですよね。なんでも真剣になってしまう性格が災いしてか根っからのネガティブシンキング野郎なんですよ。だからいざというときに

自分の力を出し切る事が出来ない訳です。分かってはいるんですけどねぇ。そうして悩む時点ですでに気楽さがなくなってしまっているとも

言える訳でなかなか難しいものです。例えば人間には緊張という現象があります。気楽とは反対に位置するであろうこの現象ですが、「緊張

するな。緊張するな。」と思うほど緊張し、そう思った時点では既に緊張している訳です。実は最近立て続けにビリヤードの試合に出場

しました。ところが成績は惨憺たるものでした。これは緊張がそうさせたものであると俺は思っています。普段から緊張感のあるビリヤードを

しているのですが、それでもやっぱり環境要因やひとつのミスを気に掛けるあまりミスが連鎖するものです。日曜日の試合では1回戦B級と

対戦しました。普通にやればB級は一番楽な相手です。C級ではハンデがきついこともありますからね。で、ゲームが始まりいきなりブレイク

から10個ポケットします。えっと、ナインボールのゲームです。10個って事は手玉も入ってる訳です。ぜ〜んぶポケットしたのに1セット

落とした訳ですね。これがトラウマになります。次の相手のブレイクは綺麗に散ってあれよあれよと取り切られます。9番を外してしまい俺が

今度はラッキーな1セットを貰った訳ですが、これで1対1と思えないのが俺の弱いところです。「B級とはいえ取りきる力は相当あるぞ!」

などと警戒してしまいます。すると順番になると「これを取りきらないと負けてしまう!」との脅迫観念にかられてプレッシャーがかかります

終盤になるほどミス出来ない状況になり益々プレッシャーが重くなり肝心のところでイージーミスを繰り返しフルセットで破れました。

実はこれと同じことを前週の試合でもやってます。相手はA級でしたがプライベートでやれば圧倒されることはなかったはずです。でも、結果は

圧倒されました。2週間で合計4戦した訳ですが9ボールをミスって相手にセットを与えたゲームが何ゲームあったか考えるのも嫌ですね。

ほんと困ったものです。これは一人で練習しているボーラードでも言えます。俺はボーラードって苦手なんですが、その理由のひとつに

段々外せなくなるってのがあります。ストライクが続いて3連発、4連発くらいまでは良いです。その後は段々プレッシャーがかかって1球

外すとこの世の終わりのように落ち込み後のスコアがずたずたになります。それじゃいけない切り替えてなんて事はよ〜く分かっているん

ですけどね。かえってこんな時には調子の悪い方が結果が伴うことがあります。調子が悪いので目先の事に懸命で結果や状況把握まで至ら

ないのです。するとひとつひとつを慎重に行い、ミスをしても調子が悪いから仕方ないと思えるのです。すると気持ちが切り替わり次の

プレーに影響し難くなります。人間心理とは微妙なものです。

 お気づきだとは思いますがここで言う気楽とは手を抜くと言うこととは違います。現在のベストを尽くすのはいつだってそうするべきです。

ビリヤードに限らずプライベートでもそうです。仕事だってそうです。でも、人間にはミスやミスとは言えないまでも自分では納得の行かない

事象というのが必ず起きます。そこでこの気楽なる言葉が登場する訳です。気楽なる言葉は未来に向けて発せられる言葉だと思いますが、

要するに現状と把握しクヨクヨするなって事なんでしょう。大切な事ですよね。でも、どうやったらそんなことが出来るようになるんでしょ?

やっぱりそれには自信が必要なんでしょうね。俺は俺なりに自信を持っているつもりですが、それを過信とせずに自分の自信としてきちんと

消化しているかと言われると疑問なんですよね。過信することを極端に嫌う俺はどこまでが自信でどこまでが過信であるかの線引きが非常に

低いラインに設定されてしまうことがあるようです。そのため、結果として自分を低いレベルで納得させてしまうという甘えが出て来る訳です

これを後で反省して落ち込んだりする訳ですが、こういうところに気楽さが足りないんでしょうね。まぁ、起きた事はしゃ〜ない次ぎ。次ぎ!

となれば問題ない訳ですがどうしてもそうはならないんですよね。なんか俺は物事を難しく考えすぎるようです。それが悪い事だとは思って

いませんが、マイナス要因であることは確かですね。なんとか気楽に行きたいものです。リラクゼーションって必要ですからね。俺にとっては

なんでしょ?家で何もせずに一日嫁と過ごす事でしょうか?そう言えば結婚以来そんな日は一日もないなぁ...家にいると仕事が気になるし、

職場に居ると嫁が気になります。集中力の欠如か?それとも要領が悪いのか?と悩んじゃいけないんですよね?う〜む、気楽って難しい...