02月19日 がんばれ俺
今日もまたまた一日遅れです。すいません。昨日は一応休みだったのですが、PCのトラブル対応で横浜まで出張して帰って来てからゆっくり
してたんですよ。ビリヤードもせずに...自宅で直子とのほほ〜んと過ごすなんてなかなかないですからね。ぼ〜っとしてたら更新忘れてました
さてさて、今回は「がんばれ俺」って事なんですが、このがんばれって自分に使うのは良いですが、他人から言われるのってしんどい言葉
ですよね。大抵応援の意味で大変なときに言われる訳ですが「おいおい、がんばってるよ。これでもがんばってないのかい!」とかって思って
しまうのは俺の僻み根性でしょうか?そうですよね。がんばってる人にがんばってって言うのは失礼ですよね。だから俺は他人に対してこの
言葉を使うことはあまりありません。でも、自分に対しては使える訳です。「まだ、出来るんじゃないか?」「これで良いのか?」なんて疑問の
繰り返しの毎日では当然自分を鼓舞する上で自分にたいして「まだまだ〜」って気持ちで「がんばれ俺」とか言う訳です。
最近、仕事は忙しいです。っていつも忙しがってるだけで本当は全然たいしたことしてないんじゃないか?なんて自責の念があったりします。
すると「がんばれ俺」な訳です。寸暇を惜しんで色々工夫しても認められるまでには時間のかかることもあります。でも、周りからは早く結果を
出すように矢の催促。ちくしょう!!そっちが矢ならこっちは鉄砲でも打ちかけてやるか!などと関ヶ原の家康よろしく小早川軍に発砲でも
出来る器量があれば良いのですが、「あぁ、俺ってまだ努力不足のダメ人間...」とか思ってしまう精神構造では状況からのプレッシャーにも
耐えるだけ、ここでも「がんばれ俺」です。同じ事がビリヤードでも言えます。今は決して調子が最悪という訳ではありません。むしろ普通か
それよりちょっと良いくらいだと思います。でも、そういう時こそ欲って出るんですよね。地道な練習で一歩づつ進んで行くのが一番の近道と
自分に言い聞かせても、ちょっと良いだけに無理をしたくなります。ここを耐えて実力を出し切るのが本当の実力者だと思うのですが、なかなか
どうして理想と現実は違うものです。「抑えろ、抑えろ。俺の実力は自分が良く判ってるじゃないか。こういう時こそ基本に立ち返って...」
などと思い練習してみるのですが、ゲームをやりたくて疼く疼く。でも、そんなタイミングの良いときに相手なんて現れません。これがまた
ストレスかかるんですよ。で、ようやく対戦で「ひゃっほ〜人とビリヤード出来る〜」なんて喜び勇んでゲームに入ると違和感...アドレナリン
出過ぎです。制御効きません。練習の好調さはどこへ?ってなものです。ここでも「がんばれ俺です」
ってここまで書いたら仕事の時間。食事を摂ってビリヤードでお客さんの相手して掲示板にレス付けてたら「あらま、何この時間」また
寝不足かい!「もうすぐ4時ですねぇ。ちょっと眠ってみませんかぁ〜♪」なんて懐かしのキャンディーズの替え歌でも歌いながら壊れ気味...
そうそう、話しは違いますが杉花粉の奴めついに今年も俺に対して攻撃を加えて来ました。去年箱根、八王子の杉どもをバッタバッタと薙倒し
再生不能に追い込んでやろうと思ったもののちょっと猶予してやったら今年もいい気になって攻撃して来やがった。負けないぞ!とここでも
「がんばれ俺」だったりする訳です。で、ドンドン煮詰まって自分を追い込んでいつでも自分にがんばれ、がんばれって言ってるととても疲れる
訳です。でもね。そんな時に家に帰って「旦那、がんばり過ぎて身体壊しちゃダメだよ」とかって言われると正直ほっとするんですよね。
「あぁ、俺今はがんばらなくて良いんだぁ」って...人間には明確なスイッチはないのかもしれませんが、やっぱりオンとオフって必要なんです
いつも自分に「がんばれ、がんばれ」って常にオンだと使い減りしそうですもんね。オフがあるからオンが冴える訳で時々直子に俺の電源を
抜いて貰うと次のオンの時にもうひとがんばり出来るんですよね。確かに今は色々な事が複合的にあって大変です。でも、まだまだがんばれます
僅かな時間でも安心出来るオフがありますからね。さて、明日もがんばれよ、俺...