型にはめられ、ヤキを入れられ、知らない誰かの食欲をみたすだけの毎日・・・
ぼくはもう嫌だ。ぼくはここを出る。そして遠くへ行こう、何処か、遠くへ・・・
そうだ、海に行こう。広くて、大きい海
きっとそこには、なにかが待っているはずだから・・・・・

海へ・・・

昔、そんなバラッドが大ヒットしました。シングルとしての売上げ枚数は今も日本レコードとして残っています。子どもにはレコードを買うお金なんて持っていませんから、大人たちがこの唄を息子や娘に買い与え、聴かせたわけですね。当時未だ幼かった私には、この唄の意味がよく分かってはいなかったと思います。ですが、20年たち、ARBに胸躍らせる社会人となった今の私にはよく分かります。いやー、本当に切なくて、悲しくて、そしていい唄ですね!

山の あなたの空遠く、 幸い住むと人の言う・・・

昔、そう歌った詩人がいました。そこに何があるのか、具体的なことは何も主人公は知りません。しかし、遠い、ここではないどこかに、しあわせというのがあるというのです。そしてこの主人公は、旅立つことをしません。今いる場所から、遠くの世界を夢想するだけです。きっとそう思うことが、その主人公にとっての幸せなのかもしれません。

ぼくは自由になった
自由、自由、自由
  口うるさいおじさんは、ここにはいない
  食い散らかしていく嫌な客もいない
けたましく鳴り響く目覚まし時計は、ここにはない
閉店後の後かたづけもしなくていい
  ぼくは自由になった。
  ぼくの生活を縛り付けていた、全ての物から、
ぼくは自由になった
ぼくの本当の人生は、今始まったんだ!

しかし、この唄の主人公は、店を抜け、未知なる海を目指します。そして実際、そこには自由がありました。そこで彼の青春の日々が始まります。見るもの全てが色鮮やかに見えました。ヒレが何のためにあるのかを知りました。生きる意味を知りました。ここ こそが「約束の地(海)」だと思ったことでしょう。

しかし、自由というのは、責任を負うと言うことです。(彼は銀行経営者ではないのですから。)まかないの食事も、賃金もありません。被る不利益は自分で背負わなければなりません。自分の力で生きていかなければならないのです。そして例えその先に待っているのが「死」であったとしても、それは、彼が選んだ道なのです。

 

本当はいろいろ書くべきなのでしょうけれども、私にはそれだけの才もないし、私が書こうと思っている以上のことを、みなさんは考えていることでしょう。そんなわけでこの話は端折ります。もう少し文章をまとめることが出来るようになったら、改めてこの続きを書きたいと思います。大変申し訳ないです。

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