その昔ある秋の日,土地の農夫与一が仕事を終え,家路に向かう途中のことであった.既に辺りは暗くなろうとしていた.突然,動けなくなった.足が動かないのだ.見ると,足に何かが絡みついている ! よく見ればそれは不気味な蜘蛛の糸であった.
恐怖に震えながらも,何とか糸をときほぐした.そして糸をそばの木に巻きつけた.そしてその場を急ぎ立ち去ろうとすると,もの凄い音がするので,背後にあったその木の方向を振り返った.そして信じられない光景を目にした.
バキッバキッバキ,その木が根こそぎ空中へ引き抜かれた,そしてそのまま滝壺へ飲み込まれていった.唖然としてその場に立ち尽くしていると,耳音に声がする.
今日のことは一切他言ならぬぞ !!
あまりの恐ろしさに,与一は必死でその場を逃げ出した.
よほど怖かったのだろう,与一は声の命じた通り,そのことを誰にも話さなかった.いつしか彼は,名主となっていた.そして彼は,滝近くの立ち入りと立ち木の伐採を一切禁じたという.
それから時が流れ,彼の末裔,与左右衛門の時代となった.彼は先祖の禁を破り,滝の上の大木を切ろうとした.すると手がすべって斧が滝壷の中へ落ちていった.その斧は,先祖に伝わる秘蔵の斧であった.与左衛門は,滝壷に飛び込んだ.水中へ潜ると,光輝く美女が姿を現した.
あなたの求めているものは,この斧ですね.お返ししましょう.しかしわたしのことを口外してはなりませぬ.そしてまた,今後この付近の木を切ることはなりませぬ.
そう言って,美女の姿は消えた.与左衛門にはすぐに分かった.それが滝の主,女郎蜘蛛であることを...
先祖の禁を破ったことによる良心の呵責,そして女郎蜘蛛への恐怖が与左衛門の頭から離れられなくなっていた.いつしか彼は,酒に溺れるようになっていった.
ある村祭りのこと,酒の力が手伝ってか,与左衛門は滝での出来事を村の者に身振り手振りで話しているとき,万雷とどろき青白い火柱が家を真っ二つに引き裂き,その中に不死身な八本の足,らんらんと目を輝かす大蜘蛛が現れ,与左衛門は後日滝壷から冷たい屍となって浮かび上がったという.