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Slope

Misaka slope

それは今から数年ほど前の冬。時刻は早朝 6 時半。冷たい雨が降っていた。周囲は靄となって、視界は悪い。わたしはただ一台、急な峠を登っていた。

疲れていた。出発するとき、周囲に白いものがなかったが、この辺り昨夜は雪が降っていたらしい。路肩に白いものがかなり残っている。雪が雨に変わってから、もう何台も車が通りすぎただろう、道路に雪はない。車線と車線の間には、うっすらと雪が残っているようである。

わたしの車は、路肩の雪を避けるように、追い越し車線をゆっくりと走っていた。チェーンははめていない。時折峠を降りる車が、猛スピードで対向車線を走り去っていく。登り側である二車線には、わたしの前後には、一台も車は見えない。道の傾斜は急だが急カーブはなく、なだらかに左右にうねりながら進んでいく

しばらくすると、後ろからおぼろげにライトが見え始めた。ものすごいスピードでわたしの車に追いついてくる。車線を譲ろうかと思ったが、まぁいい、他に車がいないし、抜きたけりゃ勝手に抜くがいい。そう思い、そのまま時速 50 Km 程度で、内側の車線を走っていた。

ところが追いついて来た車は、わたしの後ろのぴったりとくっついてあおってくる。おまけにパッシング。おいおい、いい加減にしてもらいたい。こっちは疲れているんですから。

どうやら、自分から車線を変わるつもりはないようである。あくまでもわたしに車線を譲らせようというのだ。なだらかなカーブを登りながら、それでもミラーが気になる。二つ目のライトが光るとき、まるで肉食獣に睨まれたような気分になる。

しばらくすると、登坂車線が終わり、車線が合流する。再び二車線に別れるのは、あと十キロも先である。それまでこのまま、あおられてはたまらない。そうかといってスピードを上げる気もしない。そこで一度車線を譲っておいて、後続のうるさい車をやり過ごすことにした。左にウィンカーを出す。ミラーで確認しておいて、ハンドルを左に切った。

その時だった。浮いた。そして回った。あれっ?! 自由が効かない。カウンターを当てる余裕もなかった。スピン ?! 目の前にフェンスが迫る。フェンスと車の進行方向が垂直である。

その間、音はない。カーステレオの音も、スピンをする音も、後続の車が抜き去っていく音も何もない。

"いやだなぁ。フェンス壊すと高そうだなぁ" そういう時はそんなばかなことを考えるものである。頭の中では、フェンスにぶつかって車は止まる、そう確信している。

さらに次の瞬間、宙にあった。目の前はどんよりとした空、あれ ?! どうすることもできない。"明日会社へ行けるだろうか ?" やはりばかなことを考えるものである。

ずん !! ずずずん !! 衝撃が走る。止まった。"どうしよう" 状況が飲み込めない。目の前には木がある。とりあえずエンジンを止める。考える。状況が飲み込めない、というより現実を認めたくないのだ。この木のために車が辛うじて止まったことだけはわかった。振り返る。当然のごとく、後続の車はないが、後ろから続けて落ちてくるような気がしたのだ。

目の前の木の向こう側を見る。後数十メートルは、崖が続いている。もう一度振り返ると、十メートル上方に自分が走っていたらしい道路のフェンスが見える。その一枚が破れている。その横に何か見える。とりあえず、シートベルトを外し車から出る。崖を歩いて登る。かなり急である。手をつかなくては登れない。

ようやく道に出た。不思議と寒くない。下から見ていて気になっていたものがあった。それは、破れたフェンスのちょうど横に置いてあった花束。マイルド・セブンも山と置いてある。それを一つ貰おうと思ったが、まだ胸のポケットにあるはずだ。あった、あった、まだ 3 本あった。その後にそれを吸えばいい。

うん ? 煙草に火をつけながら、はっとした。最初の煙を吸いながら、恐る恐る崖の途中にある自分の車を見る。運転席には誰もいない。そこに自分がいるかもしれないと思ったのだ。死んだのは誰だ。急に寒くなる。おぉ、生きている。手が震えだした。そういえば、後続の車は何処へ行きやがった。逃げたなぁ。おのれぃ !!

道路を見ると車線と車線の間にだけに、場所によってはこってりと雪が残っている。どうやら、そのうちの一つに偶然にも乗り上げてしまったらしい。また、もしかすると車線変更しようとした瞬間、後続車がわたしの車に接触した可能性がある。

その後、警察を呼んで調べられました。車はそのまま廃車。警察の話によると、その少し前におよそ何の変哲もないそのカーブで、若者数人が崖から落ちて命を落としたそうです。それもわたしの大学の後輩でした。


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