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0 : PROLOGUE 空を見上げれば、眩い太陽。陽の光とは、こんなにも強いものだったのだろうか。 暑い。傷だらけの額を、汗が伝う。空気とは、こんなにも圧倒的な存在感を持ったものだったのか。 男は、傷ついた体を焼けた土に投げ出し、天を仰ぐ。そこには光を遮る、忌々しいガスもなく、気の滅入る赤い太陽もない。 水、食べ物、空気すら管理され、提供されてきた男。全てがありのままの地上の環境は、彼の五感に刺激の波となって押し寄せていた。 「おい、大丈夫か?」 男の視界に影がかかる。皺の目立つ褐色の顔が目に映る。人、らしい。 「……ここは、天国か?」 薄れていく意識の中、体中の神経に、ありったけの刺激を受けながら、男は声を絞り出した。 「いや。地獄だと思うがね」 「そうか……」 まるで答えがわかっていたかのように、男は自嘲気味に笑った。あの街さえ出る事が出来たら、地獄から逃れられると思っていた。 だが、結局自分の行き着く先は地獄。現実から目を背けて逃げ出したところで、なにも変わりはしなかった。 「……ここは、いい地獄だ」 それだけを言うと、男は静かになった。 逃げ出した男に、同情する義理はなかった。 仰ぎ見上げた空には、眩い太陽。 「どちらも地獄なら、自分で選んだ地獄で死にたいもんだ……」 1 : GARAGE 街外れにある、有り触れた修理屋。 うだるような暑さにガレージは占領されていた。 爆音轟かすガスタービンの廃熱、締め切られた耐爆シャッター。止められた換気扇。むせ返るようなオイルと機械の発する呼吸のにおい。 「オヤジっ!なにもシャッターまで閉めることはないじゃんか!」 四肢を外されたライドアーマーのしたから、抗議の声があがる。エンジン音に負けないほどの大声だ。額を伝う汗をぬぐい、エンゾは工具片手に這い出てきた。幼さの残る顔には、まとわりつく暑さから汗が吹き出ている。 「うるせぇっ! シャッターなんか開けてたら、ご近所様に迷惑じゃねぇか! それに爆発したときに巻き込んじまうだろっ!」 少年の声に輪をかけて大きな怒号でガリスは答えた。 その答えに、少年は暑さとは違う事で汗をかく。 「ば、爆発ってなんだよっ!?」 壁に張り付くように設置された作業用の狭い通路を歩くガリスに問う。普段から冷蔵庫からライドアーマーまで、様々な機械をばらして修理しているが、爆発する危険 のあるものを扱うなんてことは、聞いていなかった。少年の背中を、冷や汗伝う。 「万が一って話だ。R/Aのエンジンに手ぇつけんだったら、それくらい覚えておけ」 ガリスは涼しい顔でエンジンを止め、少年の前に下りてきた。 頑固そうな、しわを刻んだいかつい顔。浅黒く焼けた肌。オイルの染み込んだ作業着。年齢のわりには屈強な体をしている。 爆発の危険は去ったのか、ガリスは開閉スイッチを押し、シャッターを開けた。機械のうねる音と共に、閉め切られていたガレージに、一陣の風が吹き抜ける。 「万が一って言ったってよ。爆発するほど危険なもんなのかよ?」 「R/Aは兵器だ。爆薬を使った兵装だってついてるし、なかにはエンジンやリアクターにデリケートなものを使ってるR/Aもある」 ガリスはいつになく真面目な顔で、説明する。 ポケットから取り出した煙草に火を点け、一服してから続ける。 「本来なら、街のランナーがおいそれと乗り回していいもんじゃねぇんだ。時代が時代だから仕方ねぇとは思うが……」 煙の先には、壁に貼られた一枚の写真。 古ぼけたその写真には、R/Aとも戦闘ヘリともとれる大型の機体と、二人の男が並んでいる。一人は若いガリス。もう一人は、東洋系の黒髪の男。二人ともランナーの着る様なパイロットスーツを身に纏い、今では見る事も少なくなった「軍」という組織の階級章をつけている。 「前から気になってたんだけど、その写真に写ってるのってオヤジだよな」 作業の手をとめ、涼みにきたエンゾが疑問を口にする。 「ああ。軍属だったときのだ。最も今じゃ軍隊なんてのはなくなっちまったがな」 「隣にいるのは?それに後ろの機体は……」 ガリスの昔の事は知らない。彼が軍隊に所属していたなんて話も、エンゾには初耳だった。 「こいつはヤマト。ワシと一緒に<デュープレックス>のパイロットをやっていた奴だ。R/Aの操縦技術じゃ、ずば抜けた奴でな……」 そういって、ガリスは二本目の煙草に火を点け、ゆっくりと空に昇る紫煙を見つめた。 2 : DUPLEX-1 まだ国家が国家としての機能を果たし、軍隊は国家の意味を守るための機能を果たしていた時代。歴史として振り返れば、最近の戦争だ。大企業や複数の都市に跨る複合企業などのユニオンと、国家政府の争い。 ガリスは、軍属のR/A乗りとして任務を遂行するため、戦地に赴いていた。 鳴り響く爆音。 暴風と爆発であたりには土煙が舞い、ひどく視界が悪い。各種センサーはとっくの昔に死んでいる。火器管制と両腕の駆動系も異常を示すアラートが鳴りっ放しだ。 耳障りなノイズと目障りな砂嵐。 なんとか状況確認しようとモニターを調整するが、表示されるのは砂嵐だけ。舌打ちをしつつ、吹き飛んだコクピット・ハッチから頭を出す。この土煙、しかも被弾し、ひしゃげたハッチの間から確認できる範囲は限られている。センサーが破損した今、体を覆っている全方位モニターは視界を妨げるだけの機能しかない。 「ガリスっ! そっちは見えるか?!」 目視を諦め、前部コクピットからヤマトが叫ぶ。 「煙で何も見えねぇ! センサーも全滅だっ」 ガリスは、後部座席から叫んだ。 直撃は免れているものの、コクピットの中は赤と緑のランプが明滅し、全ての機関の以上を知らせる。さながらクリスマスツリーだ。 彼ら二人の乗るR/Aは、『複座式クルーザー級R/A [ Duplex ] デュープレックス』だ。高火力と単独での作戦遂行を求めるあまり、大型化したR/Aだ。二人のパイロットによって運航され、高機動高火力を誇る、優れた機体だ。 襲作戦のみに特化し、一騎当千とも呼べる特殊なR/Aだが、全高4.8m、全長6.7mの巨大さが通常作戦時の運用を危ぶむ要因になっている。目立ちすぎるため、長距離からの射撃の標的にされる事が多い。 今回もまた、強襲作戦を完遂し、撤退行動をとっている最中に、別部隊からの攻撃を受けた。撤退支援を行うはずであった味方は全滅、退路は断たれてしまった。 ガリスの座るコクピットは幸いにも被弾していなかったが、機体各部に付いているセンサーは、全滅を表すオールレッド。複数設置されているカメラモニターも土煙の中では役に立たない。 「どうするよ、ヤマト。このままじゃもたねぇ」 ガリスは、目障りなアラートを切る。裂けた鉄の隙間から、赤く照らされたヤマトの姿が見える。 「幸い、駆動系は生きてるみたいだ。目視で行けるとこまで行くしかないね」 手元のコンソールを操作し、生きている機能を洗い出す。前部コクピットを中心に被弾したため、電子兵装のほとんどは損傷。左下腕部も携行してきた武装ごと、どこかで損失している。動くのは、腰部より下の駆動系、右腕、標準装備の機関銃四基、後部に設置された残弾少ない短距離ミサイルだけだ。 「オレが目視で運航する。おまえは、周囲を警戒してくれ」 役に立たなくなったモニターを蹴り上げ、ヤマトはハッチを強制開放した。小気味よい破裂音と共に、前部ハッチが吹き飛ぶ。土煙の中、ゴーグルをかけ、目視だけを頼りにして、ヤマトはデュープレックスの足を進める。 その間、ガリスはデュープレックスに常備されている緊急用コンテナを開封していた。このコンテナは射出座席と共に機体から射出される。脱出後も、パイロットの生存を高める目的で設置されているのだろうが、単なるお守り的意味合いのほうが強い。中身は各種薬物に食料、銃、それに携行用電子センサーが梱包されている。 ガリスはブリーフケースのような装置を取り出し、手早く中身を組み立てる。R/Aのセンサーとは比較にならないが、これで暗闇を手探りで進んでいる状態から、懐中電灯程度の明かりは確保できたことになる。 「あたりに他の機影ない。現在位置も、進路も誤差範囲内だろう」 ノイズ交じりのモニターを見ながら、的確に現状を報告する。この暴風と土煙の中だ。目標物の見えないこの状況では、目視だけでは限界がある。ガリスのセンサーもまた、デュープレックスの耳であり目なのだ。 3 : DUPLEX-2 どれだけ移動しただろうか。 撤退ルートへ進路を修正してから、しばらく経つ。やはり支援部隊の影はない。合流地点に残骸などもないことから、おそらく移動途中で襲撃を受けたのだろう。 「もう合流地点を過ぎてる。これからどうするんだ?」 ガリスはブリーフィングの時に見た地図を思い出しながら、現在位置を割り出していた。計算が正しければ、もうすでに合流地点は過ぎているはずだ。 「支援が無い場合には、単独にて速やかに戦線を離脱し、撤退せよ。だったか?」 「それに加えて、機体共に離脱する事が不可能な場合は、機体を速やかに破棄せよ、だろ」 皮肉をこめてガリスは言った。ヤマトやガリスの所属する政府軍は、戦況が不利な状況にあるため、機体を維持して帰投することも重要なのである。特に戦時下で建造の難しいクルーザー級は、一機でも貴重な戦力。 「まあ、そう言うなって。それより、新しい撤退ルートを検索しなきゃならんだろ」 逆巻く風の中、ヤマトは変わらずデュープレックスの歩を進める。開け放たれたコクピットの中には、吹き込んだ土が溜まっている。コンソールも土にまみれ、アラートは明滅を繰り返す。 「とはいっても、この機材とこの風じゃ、なんともならねぇよ」 肩をすくめ、顔をしかめるガリス。衛星回線を使用して、基地の支持を仰ぐ事もできるのだが、まだこのエリアでは危険だ。敵に位置を悟られる可能性が高い。 「ガリス……無事帰投したら、オレはこのハリボテを降りる」 唐突にヤマトは、自分が退役を考えていることを口にした。 「この戦争、絶対にオレらが負ける。時代が変わるんだ」 自分たちの置かれた状況は、最前線で戦う彼ら兵士が一番よく知っていた。あとわずかもしない間に、政府軍は新勢力の企業ユニオンの投入した高性能なR/A部隊の戦力に押され、敗北するだろう。そうなれば軍組織は解体され、兵士たちも一般人に戻るだろう。 しかし、ガリスやヤマトのような特殊な技能を持ち、特殊な任務についていた部隊の扱いはどうなるかわからない。 「オレは負け犬でもいい。次の時代を生きるために、辞めるよ」 この言葉に、ガリスは何もいえなかった。確かにヤマトの言うとおりだ。時代は変わる。 「そうか……」 そこまで言ったとき、レーダーに警告を知らせるランプが点った。 「ヤマト、熱源をキャッチ。3時の方向だ」 識別信号は出ていない。おそらくは敵だろう。 「支援部隊をやった連中か。まだこの辺りにいたとはな」 「まずいぜ。熱源は複数だ。およそ十数。たぶんR/Aだな」 ガリスはセンサーの吐き出す情報を食い入るように見つめていた。土煙などの影響で発見が遅れただけではない。向こうの機体の隠密性能が優れているのかもしれない。 だんだんと目視できるくらい、機影がはっきりしてくる。 ヤマトの覗く双眼鏡には、迷彩も施されていない黒い機体。その数、ゆうに十を超えている。 「……見た事もないR/Aだ。識別リストにも合致するものがない」 「まったくの新型か。ここにきてそんなのを投入してくるたぁ、向こうも本気で落としにかかってるってことだな」 あらかた戦局が決定的になったこの時期でさえ、新型R/Aを開発し、実戦投入するだけの生産力をもつ企業ユニオン。政府軍との力の差は決定的だ。ヤマトの言う通り、時代は大きく変わる。 距離をとり、警戒しながら接近してくるR/A。 だが、こちらが退避行動をとったことにより、敵R/Aのライフルが一斉に火を吹き、40ミリ弾が<デュープレックス>を襲う。 ヤマトの一瞬の判断で、回避行動に動いていたため、直撃は免れた。だが、いくつかの弾は、傷ついた装甲板を打ち破り、内部機関を破壊した。 警告ランプが、いくつか追加される。 まだ距離があるためか、断続的なライフルでの狙撃。ヤマトの腕がいいのか、すんでのところで回避している。しかしいつまでの逃げ回っているわけにもいかない。かといって、戦況を変えるほどの兵装も積んでいないのが現実だった。 「現状じゃ、向こうのほうが火力が上だな」 「ちっ!」 ヤマトの冷静な分析に、ガリスは思わず舌打ちをした。充分な装備があれば、R/A10機程度に引けをとらないのだが、今はそんな贅沢は言っていられない。 携行センサーが、熱源接近の警告ランプを点す。高速で移動している二つの影。 「ミサイルだっ!四時方向から、二発!」 右後方から、ミサイルが迫る。 ヤマトは<デュープレックス>を、俊敏に旋回させ、機体前部に装備された四基の機銃を向ける。 一斉射撃。 四門から発射された弾幕に阻まれ、ミサイルは空中で爆発し、四散した。 「くそっ!後方にヘリか何かいるぞ」 R/Aの攻撃には、機敏に対応し回避し、厄介なミサイル攻撃もかろうじて迎撃することができたが、ヘリとは嫌な敵が増えたものだ。 R/Aにとって、攻撃へリはさして脅威ある敵ではない。機銃程度では大したダメージは被らないし、ロケット砲やミサイルなども回避できる機動性があるのだが、いかんせん<デュープレックス>はでかすぎる。開けた土地では標的にもってこいだ。 旋回ついでに、R/Aに向かって機銃で威嚇するが、なんのダメージを与えられない事はわかっている。 「火力じゃ勝てねぇ!」 「わかってる。ミサイルが何発か残ってたろ。あれを使う」 ヤマトには何か策があるようだ。 「そうは言ったって、相手は戦車じゃねぇんだぞ?」 「ああ。だからラックごとぶつけてやるんだ!」 ガリスはヤマトの支持通りに、背部兵装ラックをパージした。もともと施設や車両などを破壊する目的で積んであるミサイルだ。R/Aに向けて使用したところで、ヤマトがやったのと同じように簡単に回避されてしまうだろう。なんにせよ、火力で分が悪いことには変わりは無い。 「タイミングを見て爆破しろ。しばらく熱源と光学センサーを潰せるはずだ」 ヤマトはそう言うと、最大速度で移動しはじめる。 敵も黙って見逃してくれるはずもなく、土煙をあげながら追ってくる。散発的に撃ってくるものの、移動しながらでは正確な射撃はできないようだ。 「機動性まで上回ってるってことはないだろう。一気に振り切るぞっ!」 最大巡航速度を維持しながら、ヤマトが叫ぶ。 ハッチを吹き飛ばしてしまったため、彼の体は移動に伴う風圧に晒されていた。身を低くしていなければ、シートに押し付けられてしまい、操縦できない。 タイミングを見計らい、ミサイルを自爆させるガリス。 後方で爆発音が轟く。 敵R/Aも、こちらの廃棄されたミサイルには警戒していたようで、爆発に巻き込まれた機体はなさそうだ。 しかし、黒煙をあげ派手に爆発したミサイルで、相手の熱源、光学センサーを、一時的に潰したことだろう。 相手と距離をあける事に成功したガリスたちだが、危機は去ったわけではない。しばらく移動して分かったことだが、このまま進めばやがて崖に突き当たるらしい。 「なんてこった!虎の子のミサイルで距離をあけたってのに、行き着く先は崖かよ!ついてねぇなっ!」 ガリスは使い物にならないコンソールに、拳を叩きつける。砕け散ったガラスと共 に、飛び散る液晶。 「……いや。ついてるかもしれんぞ」 何を考えているのか、しばらく黙っていたヤマト。 「なに言ってんだよ。数百m近い段差の崖だぜ? R/Aじゃ通常装備じゃ降りられないし、ましてこのデカブツじゃ……」 「そこだ。R/Aじゃ降りられないから、追ってこられない」 「? 追ってこられないのはいいけど、どうやってオレたちは降りんだよ。空でも飛べってのか?」 ガリスの疑問は最もだった。 確かに追ってこられない場所に逃げられるのはありがたいが、自分たちがそこに辿り着けなくては意味がない。その意味では、数百mもある崖から飛び降りるしか、辿り着く術は思いつかない。 「ああ。空を飛ぶのさ。脱出装置でな」 「! そうか!」 脱出装置を使えば、一気に追っ手の攻撃が届かない崖の下まで行く事ができる。パラシュートが開くのに充分な高度があるのか、落下している間に狙撃される可能性など、不安要素もいくつかあるが、このまま包囲されて撃破されるのを待つよりは、分がいいように思えた。 「その勝負に掛けよう」 ヤマトは射出に備えて速度をさらにあげる。 「こいつごと崖から飛ぶぞっ!ガリス、リミッターなんかぶっ壊せ!最大出力だ!」 「あいよ!」 もう機体の限界なんか気にしない。ガリスは安全出力に制限していたリミッターを解除し、焼きつく限界までのポテンシャルを引き出す。 崖まであと数十mといったその時――― <デュープレックス>を鈍い衝撃が襲った。 爆発の閃光と煙、加えて舞い上がる土煙で見えなくなっていたが、R/A部隊が肉薄していたのだ。 機動性能では勝ると信じていた二人だが、敵の新型は機動性でも<デュープレックス>をはるかに凌駕していた。 圧倒的な力の差をもつ、黒いR/Aの群れ。 「っ! あと少しっ!」 鈍重な獣を狩るハンターのごとく、一斉に襲い掛かるR/A。獲物となった<デュープレックス>には、なす術がなかった。 後方から銃弾の雨が降り注ぎ、デュープレックスの装甲版を引き剥がし、機関部にめり込む。 「あと少しもってくれっ」 「頼むぜ!」 ヤマトとガリスの祈るような思いに応えるかのように、重厚な装甲は嵐のような攻撃から、彼らを守ってくれた。 そして――― 4 : 絆 「それで? うまく逃げ切れたんだよね?」 エンゾは興奮気味にガリスに聞いた。 「デュープレックスでの跳躍はできなかった。なぜなら、敵の銃弾で足回りを酷くやられたからな。それに、作戦時に被弾した時か、あとでやられたのが原因かわからんが……ヤマトの射出装置も作動しなかった」 「それじゃあ……」 エンゾの悲しそうな顔に、ガリスは黙って頷いた。 「運が悪かった、としか言いようがない。ワシが気付いたときは崖の下だった」 ガリスは空を見上げ、立ち上がった。想いは空の彼方へと向いている。 エンゾはなんて声をかければよいものかわからなくなり、黙ってしまう。 「必死の思いで、政府軍の基地に辿りついた時には、もう戦争は終わっていた。ヤマトの言ったとおり、政府軍の完全な敗北でな。新型のR/Aが決め手だった。時代は変わったんだ」 手にした煙草をくわえ、紫煙を吐き出す。 そして付け加えるように口を開いた。 「あとでわかった事だが、黒い新型ってのは実験的な機体だったみたいだ。戦局の決まった作戦地域で稼動させてたらしい。そいつの基幹技術を元に作られたのが第五世代のR/Aでな。つまり今、ランナーが乗り回してるR/Aってわけだ」 エンゾは言葉を失った。 今まで、ここのガレージで修理したR/Aは、ほとんどが第五世代のものばかりだ。現在のランナーたちの間で主流なので、それは当たり前の話だ。 だが、そのR/Aはガリスの友人の命を奪った機体を元に作られたものだった。戦争の道具ではなくなったものの、今でも人の命を簡単に奪うことのできる兵装を積んだR/Aが闊歩している。 その事実を突きつけられ、エンゾはショックを受けた。 「R/Aは玩具じゃねぇんだ。人の命を簡単に奪っちまう機械だ。機械を操るのは人間。乗ってる人間さえまともなら、とても役に立つもんだ」 ガリスは一息つき、続ける。 「だがな……機械なんてのは、整備しなけりゃ簡単に人を裏切る。あの時は不可抗力だったが……それでも、きちんと手を入れてやれば、機械は裏切らない。だから、ワシはR/Aの修理なんぞをしている」 ガリスの言葉には重みがあった。 失った友人の事を思うと、エンゾは自然と喉の奥に熱いものがこみ上げてきた。言葉にならない気持ちが胸の中に湧き上がるのだが、うまく伝えられない。 「なんてなっ」 重苦しい空気に、ガリスは照れたような笑顔を向けた。 「さぁ! 休憩は終わりだ。早く仕事に戻りやがれ、こん畜生!」 エンゾをせかす様に仕事場に戻す。 そしてもう一度、壁の写真に目を向けた。そこには変わらないヤマトと自分。 写真の中の戦友に懐かしさを覚えながら、ガリスも自分の仕事へと戻っていった。 今日も一機のR/Aが彼ら二人の手によって、完全に整備され、それぞれの仕事に戻っていく。 ここは、R/Aの修理を専門的に扱っているガレージ「大和」。 街外れにある、有り触れた、だが特別な想いを持つオヤジのいる修理屋だ。 |