GUNDEUS ShortStories

#02 Piece of Parts




0 : PROLOGUE

 陽の光を遮る暑い雲。降り続く雨。
 誇りまみれの街を、濁った水が染め替えていく。強い陽光にさらされ、乾いた大地は、貪欲に天の落し物を吸い尽くす。
「随分長く続くね、この雨」
 シャッターを下ろす手を止め、空を仰ぐエンゾ。見上げた空から零れ落ちる雨は、鈍い色を帯びていた。
「飲めない水なんざ、いくら降ったって迷惑なだけだ」
 顔を覗かせたガリスは、呟いた。不純物の多く混ざっている雨水は、大地に恵みをもたらす潤いにはならない。水は貴重だが、精製しないと飲めないのでは、安易に天の恵みとは言えない。厳しい環境は、どこまでも生物に対して厳しかった。



1 : 純水

 雨のあがった翌日。昨日の雨の軌跡が、まだ残っている。陽に照らさた雨水は、含んだ不純物を残し蒸発している。
「こんにちは。ガリスさん」
 いつも埃っぽく、小汚いガレージには、似つかわしくない女性の声が響く。半開きになったシャッターから、屈み込んで顔を覗かせている。
 機体の下に入っていたエンゾの手がとまる。彼のいる角度から、来客の顔を見ることは出来なかったが、声で誰なのかは確信していた。
「お、レイシーさん。こないだ修理したやつの調子はどうだい? ちゃんと動いてる?」
 ガレージ「大和」の常連と見え、ガリスもすぐに作業の手を止め、油まみれの顔をあげた。
 レイシーは、ガレージの少し先に店を構える女性だ。店といっても、雨水を個人で精製して、無償で分けているだけなのだが、周辺の人からはとても好意的に見られている。心ばかりのお礼をしていく人もいるが、下心もって接する人も少なくない。なにせ水は貴重なものだ。精製する機械などを狙う輩もいる。もちろん当の店主の身も危険な事は、言うまでもない。
 そんな彼女が店を続けていけるのは、ガリスや縁故深いランナーたちのおかげだった。彼らを恐れ、幸いな事にまだ最悪の事態は起こっていない。
「ええ、しっかり働いてくれてますよ」
「あれはエンゾの手も入ってるから、ちょっと心配だったんだがな」
 冗談なのか本気なのか、肩を揺らして笑う。レイシーもつられて微笑んだ。
 ガリスは以前に、レイシーから小型発電機の修理を頼まれ、仕事に馴れてきたエンゾと共に直したことがあった。その時のエンゾは張り切って、外装まで新品同様に磨き上げて引き渡した。始めて自分の手をいれる事ができたからか、それともレイシーからの仕事だったからか、あるいは両方かもしれないが、とにかくいつもとはやる気が違った。
 二人の話を機体の下で聞いていたエンゾは、ガリスの言葉に顔を赤くして腹を立てたが、レイシーの手前、飛び出ていくこともできない。隙間から覗くガリスの足に怒りの視線を向けるのが精一杯だ。
「綺麗に磨いてまで頂いたので、それでこれは心ばかりのお礼なんですけど」
「あれはエンゾが好き好んでやったことだから、ほっときゃいいんですよ」
「いえ、そんなわけには」
 心ばかりのお礼ですから、と丁寧に包まれた小包を手渡す。包みを開けると、綺麗に磨かれた瓶一杯の水が入っていた。ガリスたちが飲んでいるいつもの水と違って、とても澄んでいる。
「これは……」
「少しだけ手間をかけて精製したお水です。ほんの少しですけど」
 レイシーは少しと言っているが、何度も精製にかけたのだろう。少しの濁りも無いその水は、光を受け輝いていた。
「ありがたく頂くことにします」
 彼女の誠意を無駄にするのも失礼と思い、貴重な水を頂くことにした。エンゾはこんなに澄んだ水を口にした事はないだろう。

「きれいな人だよね……」
 エンゾの見つめる先には、もうレイシーの姿はない。
 結局、レイシーがいる間中、油臭い機械と埃っぽい床の隙間から出ることができなかったエンゾ。後姿だけでもと、急いで飛び出た時に打ち付けた後頭部が痛むが、そんなことはどうでもよかった。
「どうした、エンゾ」
 エンゾに視線を送ることなく、煙草を取り出し、マッチを擦る。咥えた煙草にゆっくりと火を点け、軽く吸う。紫煙がゆっくりと雨空に消えていく。
「恋でもしたか?」
 煙草に火をマッチの火を振り消し、にやりと笑うガリス。
 ガリスの言った意味を理解するのに、エンゾは数秒を費やしてしまった。言葉の意味を理解した時には、恥ずかしさとガリスへの腹立たしさで頭に血が上り、顔が再び赤くなった。
「ち、違うよ!」
 エンゾのその声に、吹き出すガリス。思わずむせてしまうほどに大笑いした。目には煙が染みたのか、むせた事が苦しいのか、うっすら涙すら見える。
 ガリスの笑い声に背を向け、心を見透かされたような恥ずかしさを隠すように、さっさと機体の下に潜り込むエンゾ。
「さっさと仕事しろよ! このクソオヤジ!」
 少し遠くからまだ聞こえるガリスの笑い声に、何だか自分でもわからなくなってきた感情をぶつけた。



2 : DOGGY

 雨の跡も、全て消え去り、また強い日差しが照りつけていた。腐った雨自体は、大地への恩恵の無い厄介なものだが、雨上がりには少し心地よい風が吹いていた。 相変わらずエンゾは修理依頼されたR/Aに潜り込んで、黙っていた。ガリスにからかわれ、腹を立てて、へそを曲げているのだろう。
 ガリスはガリスで、そんなエンゾを好きにさせ、自分の仕事に専念していた。最近ガリスは、依頼された仕事のほとんどをエンゾに任せていた。全く手を入れない事はなかったが、それでも工程の大半をエンゾにやらせた。エンゾは、一人前に認められたのかなと、勝手な解釈をしながら、忙しく手を動かしていた。
 エンゾに仕事を任せて出来た時間で、ガリスは別の仕事をしていた。最近、得意先のジャンク屋に通いつめていたので、何か特別な依頼だろうと、エンゾは勝手に思っていた。細かい仕事は、決まってガリスは一人でガレージの奥にこもってやっていた。以前に一度、興味が湧いて手伝いを買って出たことがあったが、とんでもなく専門的な知識を必要とした機械だったので、それ以来手伝う事はなかった。
 そういう仕事を請け負ったときは、たまにエンゾの所に現れてはあれこれアドバイスを言って、また奥に引っ込むといった感じだった。今日もそんな感じだ。

「おう、モーヴのじいさん。散歩か? 珍しいな」
 丁度ガリスが、外で一服している時に、馴染みの顔が通りかかった。犬を引き、やや腰の曲がった老人。どちらも老いている事が特徴だった。皺の刻まれた顔は、ここらで知らない人はいない。ジャンク屋の主人、モーヴだ。繁盛している店ではなかったが、高齢である事と、この辺では珍しい愛玩動物を飼っている事が有名だった。
「腰の具合がよくなってな。それに雨の後は、老体には過ごし易い。気持ちいい風が吹くでな」
 実際、ガリスもその通りだと思っていた。晴れた日中は、陽光が厳しい。雨上がりを心地よいと感じる自分も老いたのか、そんな考えが頭をよぎる。
「じいさんだけじゃなくて、犬にも過ごし易そうだな」
「ああ。わしと同じでこの時間が好きなようでな。外に出るのは、こういう日だけになってしまったよ」
 モーヴの足元でおとなしく、というよりは微動だにしない犬がガリスを見上げている。いつから飼っているのか、ガリスも知らない。
「あんたと同じで、わしには子供がつくれなかったからな。こいつこそが息子なのさ」
 そう言うモーヴの腕には、かつて戦士だった証が刻まれていた。その証が、薄ら歪んでいるのは、皺や負傷のせいだけではないだろう。軍属だった者で、「外」に住んでいるのは、自らの過去に何らかの後ろめたさや、決別を誓ったもの達だからだ。
「探してた品が見つかったんでな。あとで、うちに取りに来てくれんか? それと、この間のやつ。あれじゃ、売り物にもならんよ」
「あいよ。じゃ、後でまとめてエンゾに取りに行かせるから」
 ガリスの返事を受けると、モーヴとその息子は、ゆっくりとした歩調をあわせ、帰っていった。

「いったい何の話だよ。ジャンク屋のじいさんと、オヤジが同じだって?」
 再び機体の下で話を聞いていたエンゾは、さっきまでへそを曲げていた事も忘れ、ガリスに問い掛ける。この間、ガリスが聞かせてくれた軍の頃の話のせいで、好奇心の方が勝ったようだ。
「ガキにゃ関係ない昔の話だ」
 前と違って、ガリスは取り合ってくれなかった。だが、エンゾの中では喧嘩中のガリスに話し掛けてしまった手前、どうしても聞き出したかった。ここで引っ込んでしまっては、言いようの無い敗北感が生まれる。子供の論理というやつだ。
「んだよ、子ども扱いして。あのじいさんが昔、軍にいた事くらい、オレだって知ってるぜ?」
 必至に食い下がるエンゾ。彼に軍の時代の事について、好奇心を与えてしまった事を、今さらながら後悔するガリスだったが、一つため息をついて口を開いた。
「……軍にいた奴は皆、大気、紫外線、有毒物質、外の厳しい環境から身体機能を守るために、薬やなんかを使って特別な処理を施す。詳しいことは、ワシにゃわからんがな。でもまあ、その処理が済んだ者は、この外環境でも身体機能に重大な影響を受けることなく、軍事活動に精を出すことができるってわけだ」
 淡々と語るガリスだったが、彼の口から出た言葉は、それほど軽いものではなかった。エンゾは落ち着かない気分になっていた。
「オヤジや、モーヴじいさんが長生きだって言われるのって……」
「ああ、軍の処理のおかげだ。だが、その代償が生殖機能やなんかに出て、子孫を残すことはできない体になってるってな。それだけの話だ」
 聞かせてくれと頼んだのはエンゾだったが、少し後悔していた。これほど重い事実だということは、まったく頭になかった。ガリスの過去に辛酸をなめる出来事があっただろうと、漠然と思っていたエンゾだが、やはり本人の口から語られた言葉は重い。
 表情が暗くなりそうなエンゾに、ガリスは笑みを浮かべ、声をかける。
「話は終わりだ、エンゾ」
 エンゾの肩を力を込めて叩く。悪戯を思いついた子供のような顔で続ける。
「じいさんから仕事を預かっててな。ちょっとひとっ走りいって、取ってきてくれ」
 話を聞かせてやった代わりに、という意味なのだろう。エンゾは何か謀られたような気がして、とても承服する気にはなれなかった。
「えー、イヤだよ。自分で取りにいってよ」
 暗くなりそうな雰囲気だったが、ガリスの機転でそうはならなかった。エンゾとは長い付き合いだ。ここまで考えての事なのかも知れない。
 モーヴのやっているジャンク屋は、ガレージからたいした距離ではないのだが、ガリスがエンゾを使いに出すときは、決まって自分で運ぶのが面倒なものだったりするので、エンゾは油断できなかった。ガリスの言うことに、二つ返事で従っていては、陽が暮れてしまう。
 エンゾが渋るのはいつもの事だったが、今日はガリスに分があった。
「たしかレイシーさんの店は、じいさんとこの並びだったっけなぁ」
 話の代価に加えて、さっき顔をあわせる事ができなかったレイシーの事を引き合いに出されては、エンゾに選択肢は無いも同然だった。
「オ、オレもう仕事終わらせたから、ちょっと行って取ってきてやるよ」
 ガリスの言葉に踊らされた気もするが、ここにいて、さらにからかわれるよりも、外に出て行ったほうが良いとエンゾは思った。それに何より自分自身の行きたい気持ちを優先した。
「さっきの水のお礼、レイシーさんにちゃんと言っとけぇ」
 ガリスの声を背に受けて、エンゾはなんと無しに駆け出していた。


3 : junk?

 モーヴから受け取った物は、小さな部品だった。ガリスの大きな手のひらに収まってしまうほどの小さな部品だ。ガリスは、エンゾから部品を受け取るとすぐに、仕事をエンゾに任せて奥の倉庫にこもってしまった。ガリス専用の部屋であり、ジャンクパーツという名のスクラップ置き場でもあった。
 エンゾが仕事を終えて倉庫を訪ねた時には、机に似たような部品を並べて、それら全てを綺麗に磨き上げていた。
「なあ、オヤジ」
 レイシーに貰った水を入れたカップから視線を外さず、エンゾは唐突に口を開いた。
 細かいパーツに、苦労しているガリスは、面倒くさそうな顔をした。
「なんだぁ? 今取り込んでるんだがな」
「さっきじいさんとこに取りに行ったパーツって、何に使うんだ?」
 そう言うエンゾの目は、カップにだけ向けられている。何度か口に運んでいるが、いまだに一口も飲んでいない。エンゾの目にはよほど珍しいと見える。
「R/Aの修理だ。ほれ、この間依頼があったろ?」
 ガリスもまた拡大鏡から顔をあげる事なく答えた。一体何のための機械なのか、エンゾにはわからなかったが、面倒くさそうな事だけは瞬時に理解していた。
「……ここ最近の第五世代のR/Aには、あんまり見ないパーツだと思うよ」
 やはりカップに目を向けたまま、エンゾは続けた。
「オレだって、少しは進歩してるんだぜ?」
 エンゾの言葉に、ガリスは手を止めた。確かにエンゾの言う通り、R/A用のパーツではなかった。だが内心、エンゾがその事に気付くとは思っていなかった。
「少し前からさ、じいさんとこから結構いろいろ運び込んでただろ?」
 顔を上げず、次の疑問を口にする。修理の仕事はそんなに多いわけではなかったが、ガリスは最近になってたくさんのパーツを買い付けていた。その全部を知っているわけではなかった。日頃仕事を任されているエンゾの手に回ってくる物がわずかだったため、他のパーツの行方を知っているのは、ガリス本人だけだ。
 ガリスは手を止め、エンゾの言葉に耳を傾けていた。そして深い息をつき、手にしていたパーツをエンゾに差し出す。
「前世代R/Aのだ。今はご立派な第五世代が主流だがな」
 差し出された部品は綺麗に磨かれ、型遅れの事実を払拭する輝きを持っていた。

それは確かにR/Aに使用されるパーツだった。しかし、R/Aに馴染んでいるエンゾが知らないのも無理は無い。前時代に使用されていたR/Aは、この辺りで見ることはほとんどないからだ。よって、修理にまわされる事もない。
 初めて顔を上げたエンゾは、納得したような表情で一口、水を飲んだ。綺麗な水は味覚を刺激する事はなかったが、彼の喉を充分に潤した。納得はしたが、エンゾの頭にはまだ引っかかるものがあった。ガリスは本当の事を言っているが、まだ何かを隠している。長年、とまではまだ言えないが、エンゾはガリスが隠し事をしている事を見破っていた。
「……じゃあ、オレもう寝るよ」
 エンゾは腰を上げ、水を溢さないようにゆっくりとした歩調で、倉庫を出て行った。その後姿を見送り、ガリスは再び深い息をついた。エンゾに隠し事をしている後ろめたさはあったが、嘘をついてまで隠し通すことでもないと、ガリスは思っていた。
「あいつも馬鹿じゃねぇからなぁ……」
 そう言う口からは、エンゾが成長した嬉しさからか、少し笑みがこぼれていた。ひよっこだとばかり思っていたエンゾが、存外に経験を積み、頼もしくなってきる。
「疑問をもっちまったら……バレんのも、時間の問題か」
 隠し事から解放される嬉しさからか、それともエンゾの成長を喜ぶからか、笑みを溢すガリスだった。

 翌日、エンゾは寝不足で朝を迎えた。昨晩の疑問は、ガリスの言葉で氷解していた。だが、新たに浮かんだ疑問の答えは、ガリスから聞けるとは思っていなかった。前時代のパーツを集め、一体何をしているのか。
 エンゾなりにも、この問いに対して解を求めようとしていた。年寄りの道楽だと言えば、それまでのような気もする。だがエンゾの知るガリスは、懐古趣味を持ち合わせているようには思えなかった。もしかすると、そういう面は自分に見られると恥ずかしいと思っているのかも知れないと想像して、腹がよじれそうになった事はあったが。
 ガリスは相変わらず倉庫にこもっているようで、朝から顔を見ていない。自分の仕事もあったし、倉庫の様子を伺う事もなかったから、起きているのかどうかすらわからない。 勝手に朝食を用意し、一度に飲むのが勿体無くて残しておいた水を、一口飲んだ。そして、最近は自分の持ち場と化した、通りに面したガレージのシャッターを開けるのだった。いつもの朝だったが、寝不足の頭は霧がかかり、重く感じられた。

 結局、夜になっても、ガリスの姿を見ることはなかった。今までエンゾに黙ってガレージを空ける事はなかったし、日中出かけていった様子もなかった。途中、エンゾは気になって声をかけにいったが、返事は無い。どうせ歳に見合わぬ徹夜でもして倒れているのだろうと、エンゾはすぐに仕事に戻った。
 そのうちにエンゾは任された仕事を全て終え、配達までをこなし、依頼主から報酬を受け取っていた。と言うよりエンゾしかいなかったので、彼にどうこうする選択肢はなかった。
「さすがにぶっ倒れてるって事はないよな」
 エンゾは、かなり心配になってきていた。一日中姿を見ないなんて事は、今までになかった。何かあったのかもしれないと思うのが、当たり前の事だろう。
 そんな事を考えているうちに、エンゾの足は、自然と倉庫へ向かっていた。相変わらず何の物音もしない。いないのだろうか。
「オヤジ。いるのか?」
 声をかけて見るも、やはり返事は無い。勝手に入るのは悪いかなと思いながらも、手はドアに延びていた。恐る恐る手に力を込める。
 音も無く開いていく扉の先は、エンゾの知る倉庫ではないような気がした。暗闇に支配されたコンクリートの空間は、どこかいつもと空気が違っている。人のいない寂しさもあるが、それよりももっと別の、圧倒的な存在感と冷たさが感じる。
 ひしひしと感じる違和感の正体が姿が見えるまで、そんなに時間はかからなかった。エンゾの目が暗闇に慣れるにつれて、倉庫の奥に現れたからだ。
 金属特有の冷たさを放つ大きな影は、一瞬にしてエンゾの目を奪った。独特なフォルムを見せる金属の塊は、眠りについた獰猛な獣にも見える。しかし、エンゾの頭はしっかりとその影の正体を見破っていた。
 Duplex――

「な、なんでっ……」
 息をのむエンゾ。目の前にある機体が何なのか、頭では分かっていても、声に出ない。どうしてここにあるのか、何でガリスは黙っていたのか、疑問が次々とわいてくる。エンゾの頭の中は、色んな考えでいっぱいになっていた。
「見つかったか」
 後ろで、声がした。開けてはいけなかっただろう扉に、ガリスが立っている。
「こんだけ狭いんだ。いつかは見られるんじゃねぇかと思っていたが」
 暗闇の中、煙草の火がただ一点、赤く燃えている。
「これはDuplex、だよな……」
 自分の頭ではわかっているが、あまりに信じられない事。ガリスに問うでもなく、口に出していた。エンゾの意を汲んでか、ガリスは歩みより肩に手をかけた。
「ああ」
 エンゾの言葉に短く答えた。ガリスの言葉に、やっとエンゾの頭もいつもの調子を取り戻してきた。これだけの機体が、それもガリスと戦友の思いの詰まった機体が、ここにあったなんて……。
「どうして隠してたんだよ。あの話は嘘だったのかよ」
 エンゾは、自分でも意外だったが、大きな声を出す事もなく、静かに言った。自分でもどういう感情なのか、わからなかった。裏切られた、その気持ちが一番近いだろうか。
「嘘じゃねぇ。ただ、こいつはもうスクラップだ。ただのゴミだ」
 ガリスも静かに答えた。彼の見つめる先には、確かに戦闘機械としての輝きを失った金属の塊があるだけだった。だが、機体はメンテナンス用のハッチを開き、新しく手をいれ、修理された箇所もある。
「ゴミじゃねぇよ! だって、オヤジはっ!」
 エンゾは思わず大きな声を出していた。彼以上に、ガリスはこの機体に並々ならぬ思いがあるはずなのだ。だからパーツをかき集め、修理をしていたのだろう。
「こんなのは、ゴミでいいんだ。もう無用の長物だからな」
 ガリスは煙草をもみ消し、明かりを点けた。そして、シートを取り払う。音を立てて点灯した光のもとに照らし出されるDuplex。膝を折り、乗降姿勢を取っている。装甲は破損が酷く、受けたダメージの大きさを物語っている。背部についていた兵装ラックがあった部分は、ごっそりと抜け落ち、獰猛な獣は牙を抜かれたままでいた。長い間風雨にさらされたのだろう、被弾した箇所は浸食されている。
「じゃあ、なんで直してるんだよ!」
「……なんでだろうな」
 ガリスは工具を手に取り、Duplexの前に座った。傍らにはアルコールの入ったグラス。「しいて言うなら、道楽、かもしれんな。歳を取って、手慰みにこいつをいじる。それが、理由と言えば理由になるかな」
「……なんだかよくわからないけど」
 エンゾも工具を手に取り、ガリスの隣に並ぶ。Duplexを見つけてから、エンゾは心の中で興奮していた。話に聞いていたDuplexを目の前にして、触ってみたい欲求にかられていたのだった。
 その夜、二人は無言のまま、Duplexの修理を続けた。




written by Drakle
Illustration by r./act

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