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[ 豊かな人生のための四つの法則 ]

夢空間への招待状

初めての経験
− Notebook −

結城 浩


こんど、結婚することになった。

つねづね、何かことがあるたび、 「これはコンピュータ化できないか」 と考える私のこと、自分の結婚準備にもコンピュータを十分に利用してやろうと思っていた。

結婚式・披露宴の招待状の印刷。参加者の住所録の管理。当日のスケジュールの管理。全体の予算管理。 …準備にまつわるめんどうな手続きをコンピュータ化してスムーズに準備を進めたいと思っていたのだ。 けれども、話はそう単純にはいかなかった。


とりあえず、招待状を PageMaker で作成した。PC-PR602PS で印刷したところ、 なかなか満足のいくできばえになった。よしよし。招待状の返事を元にして、参加者名簿を MIFES で作成。 MS-DOS のテキストファイルにしておけば、あとでデータベースにとりこむこともできるだろう、と皮算用。

けれど、コンピュータがほんとうに活用されたのは、ここまでであった。 予算をスプレッドシートで管理する手間よりはノートの上に手でリストを作って 電卓をたたいた方が速かった。 結婚式・披露宴の準備を手伝ってくれる友人たちとの連絡や進行状況のチェックもそうだ。 スピーチを友人にお願いするときには、

 □ T氏にスピーチ依頼(明日)

という一行をノートに書いておき、T氏への電話がすんだら□の中にチェック印をつければいい。 いちいちコンピュータでやるよりもずっと速くすむ。


結局、最後に頼りになったのは、コンピュータではなく、たった一冊のノートであった。 そのノートにはほとんどすべての情報がおさめられた。式場の電話番号。花屋さんの住所。 プリンタで打ち出した参加者名簿もノートにはりつけた。細かな変更はその上に書き加えた。 各種料金振込のチェック。予算表。

それ一冊持って行けば打ち合せをするのに不都合がないようになった時点で、 そのノートの価値は高まり、地位は不動のものになった。

結婚準備に追われている私(それに彼女)はしだいにパニック状態になっていく。 定型化しにくい雑多な情報があまりにも多いため、私たちの記憶はだんだんいいかげんになっていく。 このノートはそんな私たちの補助記憶装置となってくれた。


私の結婚準備のコンピュータ化がうまくいかなかったのはなぜだろう。 一冊のノートに、コンピュータが負けてしまったのはなぜだろう。

まず、準備の規模がある。比較的少人数の結婚式・披露宴のため、コンピュータで処理しなければ 絶対にできないほどの情報量ではなかったのだ。 データの整形でも、予算管理でも、めのこでできたのである。

それから、コンピュータの機動性の悪さもある。寝ころんでいるときに思いついた「やるべきこと」を インプットするためにコンピュータに向かうのは、めんどうなものである。 ノートならば、寝ころんだまま、のたくった字でメモしておける。要は後で読めればいいのだから。

その他にもさまざまな理由があるけれど、何よりも大きな理由は、 私たちの結婚準備はこれが初めてということだ。どんな情報をどのように扱ったらいいか、 準備を進める前にはよくわかっていなかったのだ。

コンピュータが得意なのは、定型化された作業を高速に行なうことである。 コンピュータは、雑多な情報を整理してはくれない。

結婚準備という私たちの初めての経験は、コンピュータにとっても初めての経験であった。 私たちの試行錯誤しながらの作業には、コンピュータではなく、一冊のノートの方が向いていた。 そして、「こうすればいい」と気がついた時には準備は終わりかけていた。と、いうわけなのである。


よく考えてみれば、人生は、初めての経験の集大成のようなものだ。 いつも、試行錯誤を行い、祈りつつ、手さぐりで進んでいくのである。

読者のみなさん。これからの私たちの将来を、どうぞお祈りください。

結婚式は明日、教会で。

(Oh!PC、1990年9月30日)


[結城浩]

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