現今の宗教状況について

概観

 近代以前において、宗教は個人の精神的救済という宗教本来の目的の他、政治的権力と結合することにより、地縁共同体の社会秩序を維持する役割をも果たしてきた。すなわち司祭や住職といった聖職者が共同体内に存在し、彼がそこにおける人的結合の核の一つになっていた。しかし、近代における貨幣経済の発達などにより地縁共同体の解体および都市化が促進され、社会秩序維持という宗教の役割は低下しつつあるように思われる。ただし都市化の過程で疎外感を持ち、精神的救済を求める人はやはり存在し、そうした個人のレベルでは今後とも宗教に対する需要は続くであろう。

旧来の大宗教

 キリスト教、仏教、イスラム教等、古い起源を持ちながら、今なお大きな支持を持つ宗教が存在する。それは教義の人間社会一般に対する普遍性によるものであろうが、今やその教義と現代社会状況との不一致が拡大しつつある。
 例えばカトリックでは離婚を禁じているが、都市化の進んだ現代社会では配偶者以外の異性と接触する機会が非常に増加し、また夫婦関係を維持することに対する insentive も低下している。故に、この教義を遵守することは、現代人にとってますます困難になっている。またこれらの旧来の大宗教はその起源の古さゆえに、脳死や臓器移植といった極めて現代的な倫理問題に関し、必ずしも明確には対応できていない。中絶問題などでは、宗教的判断と一般常識的判断との乖離が明確に現れているように思われる。
 こうした対応の硬直性は、長い伝統を持つ故の保守性と、組織の巨大さによる官僚性がその一因であろう。従って今後は例えば葬式や洗礼など、その伝統性をいかした儀式の箔づけという側面が強まっていくのではないか。

新興宗教

 現在の新興宗教は、基本的に信徒の自主的な共同体という都市的な特色がある。旧来の宗教は一種の社会的事実として個人の存在以前に社会に存在し、個人の選択の自由は一般に無かった。現代では基本的人権の一つとして信仰の自由が広く認められており、それが現在の新興宗教の活動の裏付けとなっている。
 ただし、その信仰宗教が信徒たちに必ずしも精神的救済を与えているとは限らないのが現状である。すなわち現在、信仰宗教に参加する動機として多く挙げられるのが、社会に対する不適応ではないかと思われる。しかしそうした集まりが、かえって今度は新興宗教に対する「他人に馴染まない、一種得体の知れない連中」という negative な社会イメージを形成し、信徒と一般社会人との溝をますます深くしている。
 また、一部の新興宗教では信徒が世慣れしていないことにつけこみ、霊感商法やサリン製造といった明らかに反社会的活動に彼らを駆り立てているという事例もあり、社会の公共性という点からも問題となっている。


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