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自動作曲と民族音楽の不思議な関係について私が思うところを書いています。
自動作曲と民族音楽の不思議な関係
このサイトや自動作曲システムでは、「民族音楽」と「コンピュータ・ミュージック」という一見、両極端に位置するものを組み合わせることをテーマの1つにしています。これら2つのイメージは、「古い音楽」と「新しい音楽」ですが、私は、自動作曲システムに民族音楽作曲の機能を追加していくうちに、意外にも、これら2つが「即興性」という点で共通しているということに気づきました。どちらも、ある一定のルールに従って、その場で音を生成、演奏していきます。例えば、ポピュラー音楽やクラシック音楽では、「曲を作る」「曲を演奏する」という行為が行われます。しかし、幾つかの民族音楽、例えばインド音楽では、「あらかじめ作られていた曲を演奏する」・・・つまり、「与えられた曲を演奏する」というよりは、「与えられたルールにしたがって演奏する」という行為が行われるように思います。このルールの集まりが、その民族音楽のスタイルを決めているのだと思います。ルールとは、具体的に言えば、「音階」「リズム」その他、諸々ですが、例えば、沖縄音楽だと、細かな点はどうあれ、沖縄音階で、沖縄のリズムで演奏すれば、とりあえず、沖縄音楽っぽく聞こえます。以上のように、機械が行うか、人間が行うか、という差があるものの、自動作曲と、民族音楽の演奏には共通点があるように思うのです。
ついでに書いてしまいますが、ジャズの場合は、さらに、状況が異なっています。ジャズの場合も、ある程度のメロディーはあるものの、「即興性」というものが重視されます。しかし、民族音楽とは異なり、スタイルはプレイヤーが作るものという感じがします。同じ曲でも、プレイヤーが違えば、まったく違って聞こえますものね。