I have a dream.

 今年は夏休みの宿題っぽいことはしないつもりでおったのだが、ずれたことを考えている人を見ると「その方向、なんか変なんだけど、あえて貫き通せないか」と挑戦したくなるのも事実。(ネタの夏枯れを補うこともできるし。)

 お題は「みんなが夢を見られる」ことで人権作文を書く。
 普通に考えて無理だろう。なんで夢をみるのが人権なのだ?ディズニー版シンデレラは夢を見る自由を持ってはいたが、その境遇は継母と3人の意地悪なお姉さんにこき使われていたわけでとても「人権が認められた」状態とは言えない。
 でもまあ、書けなくもない。「夢」と「人権」。誰もが認める名演説がある。キング牧師の I have a dream.だ。≪私には夢がある。いつの日か私の小さな4人の子が肌の色ではなく、その個性を見てもらえる国に住むことを。≫と言ったあれである。
 これを引っ張ってきさえすれば人権作文と認められることは保証されたも同然だ。しかし一般的に「夢」ってそんなにいいものか?他人を蹴落としてでも、という夢はあまりに多い。本人に自覚がなくても必然的にそれを含んでしまうことはある。ということは論として一貫させるなら「夢」を再定義しなければならない。しかたない。あれもってこよう。
 というわけでこんなのができました。自分としては納得できない部分は残るので、最後の〆は各自に書いてもらいたい。


 ノーベル平和賞を受賞した公民権運動の英雄、キング牧師が1963年8月28日に行った演説のタイトルである。この演説は、奴隷解放宣言以来特に進展のなかった黒人が人権を獲得するための象徴的な、いわば歴史を動かしたものとして20世紀最高の名演説のひとつにかぞえられている。
 たんなる名演説であればヒトラーのそれの方がドラマチックだったかもしれない。しかしそれは「今のドイツの苦境を脱するために、この人に賭けてみよう」という気持ちを起こさせる種類のものであった。つまり感動のあまり全権を委任してしまったのである。しかしキング牧師が「私には夢がある」と人々に語った時、人々は熱狂するとともに同じ夢を抱いて、これから辛いことがあってもそれに向かい合う力としての希望を持って、いわば同じ夢を支え合う仲間として、その場を去っておのおのの家に帰り、だから公民権運動は徐々にではあるが絶えることなく続いてきたわけである。
 しかし私は問いたい。このときキング牧師が使った「Dream」という単語を「夢」と訳してよいのであろうか。
 「私には夢がある。マイホームを建てて・・・」聞き流して何らおかしくはない。「私には夢がある。家族みんなが大きな病気もせずに仲良く暮らすこと」妥当だ。しかしこれが「私には夢がある。お金持ちの御曹司に見初められて、結婚し(私自身は特になにも努力しなくても)何不自由なく楽な生活が送れること」。夢には違いない。しかしこれをキング牧師が語り皆が共有した「夢」と同じ単語を使って表現してよいものであろうか。
 キング牧師が「私には夢がある」と語るのを聞いたあと、では自分の夢は?と自問したときに「お金持ちの・・・」ということはできまい。
 名言の中で似たような使い方をされたものとして、Boys be ambitious.がある。ambitiousとは「野心」。あまり綺麗な言葉ではない。それこそ「金持ちに気に入られて・・・」という使われ方をされてもおかしくない言葉だ。なのでこれを唱えたクラーク博士は続けてこのようにambitionを限定している。
「しかし金を求めるものであってはならない。」
「利己心を求めるものであってはならない。」
「名声という浮ついたものを求めるものであってはならない。」
「人間としてあるべき全ての物を求めるものとしてだ。」なので先人はこれを「野心」と訳さなかった。「大志」と表現した。なんと素晴らしい先人の言葉への感覚だろう。
 だから、キング牧師の言うdreamも「夢」というより「大志」と解釈した方が適当なのかもしれない。ただし残念ながら"I have a dream"と繰り返すキング牧師の姿があまりにも説得力に満ちているので、いまさら「大志」と訳すのもはばかられる。だが「夢」とはこうありたい、という痛切な感覚はこれで幾分か分かりやすく、誤解の余地が小さくなったように思ってよかろう。
 まっすぐに平等な社会を目指したキング牧師の「夢」は、公民権運動という人権の獲得に大きな、直接的な結果をもたらした。スティービー=ワンダーがキング牧師の誕生日を祝日にしようという意図を込めて作った曲があるように、今でも世間的な支持が強い。しかしだれもが彼のような偉人になる必要はないだろう。先ほどのクラーク博士が述べたような「大志」があれば、少なくとも自分以外はどうであっても、自分は良い思いを、という発想には至らないはずだ。人間は多くで協力する生き物であったからこそ、ここまで反映してきたという人類学の成果を援用するならば、人間のあるべき姿を求める態度はお互いを尊ぶ、つまりは人権を認め合う、そういう社会になるはずである。
 ただし「衣食足りて礼節を知る」ということわざがあるように、そういった多くの人のための夢が持てるのは、自分自身に心配がなくなって初めてのコトなのかもしれない。しかしキング牧師が夢を語ったのは、確かに生活水準も悪くなく、多くの人の尊敬を集めてこそいるが、あくまで差別される時代の真っただ中だったのだ。にもかかわらず「私には夢がある」と力強く語った。
 これほどのことができないとしても、私は(以下略)。


 最後に10行、余裕があります。キメてみて。

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