こどもに弾いてほしい曲

 影響調査というのはとても面倒だ。メインフレームのコンパイラやDBMSをバージョンアップしたあと、リコンパイルがうまくいかなかったことがある。SORTライブラリ呼び出し文の文法チェックが厳しくなり、今まで通っていたのがエラーではじかれた。(つまり今までが仕様に対してチェックが甘かったわけだから、ベンダー側からは改めて「こういう影響があります」とはアナウンスされない。)リコンパイルしなくてもダイナミックリンクされるライブラリが変わってRegionSizeの指定を見直さねばならないなんてなかなか気がつかないモノだ。まあコンパイラを変えるなんて情報は回ってきていないから言っておく先もないんだが。

 うちの子は器用である。書写と絵は市や県の展覧会に出してもらえたし、近所の児童ホームではぬりえ大賞をとった。(予め線画の描かれたぬりえで圧倒的な差がつくのを知り、私鳥肌が立ちました。)絶対哲学感もあり、5才の時電車の窓から見えるイオンショッピングセンターを指さして「ここにもイオンがあるよ、いつも言っているイオンと似てるねえ」と言ったところ「似てるってことは違うってことでしょ。違うのにどうして同じイオンなの」というハイデッガーとマルクスしか答えられないような質問もしてくれる。
 これだけ聞くと将来が嘱望される優秀な子どもなのだが、実際には器用貧乏への道まっしぐらである。字が上手なくせに、普段は僕より読みにくいフニャフニャの字を書く。ピアノ、バイオリンは技術を習得する瞬間は神童だが、実際の神童が誰にも言われずとも何時間も練習するのに対し、うちの子は練習をめんどくさがる。すぐに出来たことを何度もやるのはめんどくさいという感覚だろう。おかげでスムーズに弾けるようにはならないし、アーティキュレーションはボロボロである。なかなか完成しないので同じ曲を何週間もやっている。

 しかし高原のような素直でおおらかな音が好きなので、有る程度上手になってほしいなと思っている。プロになれとか音大に行けなどという気はないが(行きたいと言っても芸大以外は反対する)、保育園の音楽会や老人ホームの慰問で演奏しても通用するくらいにはなってほしい。
 大学の時はホテルのロビーで弾くアルバイトができる程度には腕を磨いておけ。都心は競争が激しいから、田舎のホテルでいいぞ。泊まり込みで厨房に詰めるバイトのついでに弾いてくれるとパパさん見学に行きます。幸いニョーボの仕込みがいいので料理は今のところ上手だ(ここでも器用貧乏の恐れが・・・)。さらにルックスは諏訪内晶子にこそかなわないが、奥村愛、高嶋ちさ子は確実に超えている。でも姿勢は良くしておかないとスタイルは悪くなるよ。

 が、さて老人ホームで、ホテルのロビーで何を弾く?春ならベートーベンの「春」。夏は「カルメン幻想曲」。秋は「愛の悲しみ」。冬はクリスマスソングでお茶を濁すか?シュトニケの浄しこの夜は避けるとして。あ、老人ホームならマリーの「金婚式」が万能か?うちの子は「金婚式」をうきうきするような曲だと評するので期待は大だ。しかし「愛の悲しみ」とかぶるなあ。

 どうも煮詰まってしまったので、親として弾いてほしい曲を考えることにした。

バッハ:無伴奏バイオリンパルティータ3番より「ガボット」
 これが弾けたら「バイオリン弾ける」と言って恥をかかない(と思う)。なぜなら「何か弾いてみて」と言われたときに最適な曲だから。まず、伴奏がいらないので一人で弾いて寂しくない。3分弱と長すぎず短すぎず。誰でも一度は聞いたことがあるメロディーである。曲想はどんなときにも合う。うれしいときも、悲しいときも。そして、この曲を弾き終えたとき「もう一曲お願い」と言う雰囲気にならない程に完成度は高い。

タルティーニ:悪魔のトリル
 一番好きなバイオリン曲は?と聞かれて答えるのはこれ。シャコンヌニ短調とは答えません。シャコンヌは別格です。「好きな落語家は」と聞かれて「笑福亭松鶴」と答えれば恥をかきます。「好きな歌手は」と聞かれても「マリア=カラス」とは答える奴はいません。好き/嫌いがつけられるような対象ではないということです。
 悪魔のトリルは、その名の通りトリルが有名ですが、私は序奏が好き。生で聞いて「バイオリンってこんなに素晴らしい楽器だったのか」とワンフレーズ毎に拍手したくなりました。「ゆったり」にもいろいろなゆったりがあるんですよ。

ボルディーニ:踊る人形
 いわゆる「親父の一番長い日」の朝に弾いてください。お願いします。
 この曲で「今まで育ててくれてありがとう。毎日が本当に楽しかった」と表現できないようであれば、すぐに習うの止めさせますのでそのつもりで。

 自分としてはものすごく妥当なことを言っているつもりなのだが、世間一般から見ると変わっている感覚なんだろうなあ。というわけで、弾く曲は何がいいか考えるのも自分でやらせよう。しかし「まともな感覚」を教えることができるかどうかは自信がない。
 私はこれでも「運命」の第3楽章までならトロンボーンもなんとかなるし、大学時代はショパン弦楽四重奏団を勝手に結成して第2バイオリンを担当していた程度は腕に覚えがあるのだが。(注:姉の旦那はこれを聞いて「いや、1曲だけチェロソナタがあるよ」と完璧に返しました。ちなみにトロンボーンは「運命」の1,2,3楽章を通じて全く音を出さない。これに気がつくと逆にボレロの要、トロンボーンソロの歴史的インパクトが何となく分かってくる。)
 「音楽ネタ」の扉に書いた「高校の時、先生にバイオリンではシャープ系とフラット系のどちらの調が弾きやすいか?という問題を出され、即座に「シャープ」と答えて1/2の確率をクリアした」理由は整然としている。「G線上のアリア」という曲がそういえばあった。でギターでGコードから始まる曲はシャープが1個ついている。ならバイオリンはシャープ系の方が弾きやすかろう。なんと常識的で無理のない発想だろう。

 まあ、近所の小学校のブラスバンド部の演奏の感想を聞かれて「ドラムが素晴らしい。あれだけしっかり叩いてくれると、ソリストは楽だろう。ノリとリズムキープを任せられるから音色とアーティキュレーションに集中できる」などと即座に答えてしまう奴だからなあ、世間からはずれているんだろう。そりゃ問題点があっても「よくない」なんて言えないじゃん。なら「折角いいドラマーがいるんだから、ソリストは思い思いに吹くんじゃなくて、ノリとリズムキープをドラムに任せてごらん、凄く楽になって、音は伸びやかになるよ。アンサンブルも良くなるし」と言う代わりにそんな風に言わざるを得ない。まあドラムにリズムキープとノリを任せるというのはロックの感覚かもしれないけど。(任せると自分の出す音は逆にノリが良くなります。)

 世間一般はわざと伝説を作り上げようとして事実に目を向けないような気がすることがある。例えばショパンを「ポーランド人」とするのが常識。ところがショパンが生まれたのは1810年。しかしポーランドという国は1795年の第3次分割で消滅しているのだ。見ようによっては、ショパンはドイツ人である。(生まれたときはナポレオンの保護国内だったのでフランス人と言えなくもない。この方が世間一般には受け入れやすい事実だろう。)

音楽ネタ、目次
ホーム