太い音2

 以前「太い音」とはどんなものかについて書いたことがある。
 要約すると
  1. 音の太い、細いは抽象的な表現であり、それゆえ主観的なものと思われている。
  2. しかしながら、万人が一致して「太い」「細い」という判断を下す例があればそれをもとに客観的な違いを導き出すことに問題はない。
  3. クラシックギターで一本の弦をはじきく方法は「アポヤンド」と「アルアイレ」にまず分かれており、アポヤンド奏法が「太い音」を出すというのはどの教則本にも書かれていることからこれを手掛かりに「太い音」がどのようなものかを定義づけることとした。
  4. 音の特徴を測定する手法は、エンベロープ、ピッチの変化といったものもあるが、ここではスペクトラムアナライザーを利用した。
  5. 結果、アポヤンドで出した音の周波数構成は、中心となる音程を頂点に裾野の広い大山の形に似たものが安定的に出ていることが測定されたが、アルアイレの場合は裾野が狭いマッターホルン型とでも呼べるもので、また裾野の形も激しく上下動している。
  6. このことより我々が「太い音」として認識する要因は、音程を感じさせる周波数の音を中心として上下の音域に広がる付帯音の量であると考えられる。
 要約のほうが詳しくわかりやすいというツッコミはしないこと。「太い音がなんであるか」現象としては解けたが、その理論的根拠というのがつかめたので、エッセイっぽい書き方から論文の要約っぽい書き方に改めたのである。
 心理学の教科書っぽい本を読んでいると次の記述に行き当たった。
《音の大きさはどうやって検出するのだろう?意外なことに、各有毛細胞の応答強度ではない。弱い純音には、その周波数に同調した少数の有毛細胞だけが応答する。大きな音には、隣近所の有毛細胞も応答する。ゆえに脳は、応答した有毛細胞の数を頼りに音の大きさを解釈できる。》(マイヤーズ「心理学」pp.200、西村書店2015)
 音の高さは、例えばドの高さならそれに応じた部分の聴覚神経が振動することで判断するのだが、音量が大きくなるとその部分の周囲の神経も反応するということだ。そして音の大きさは反応する神経の担当する周波数範囲の広さで判断するそうだ。
 であれば、耳に入ってくる音が純音ではなく、大山型の周波数特性を持ったものであるとするならば、小さな音であっても中心とする周波数の隣近所の有毛細胞をも応答させることになり、つまり脳は、耳から入ってきた音をあたかも大きな音であるかのように解釈することになる。

 つまり「太い音」とは心理学的、というか生理学的に言うと「実際の音量に比して、より大きな音であるかのように聞こえ(させ)る音」ということになるわけだ。これは「太い音」という語を聞いて連想するイメージと比べて納得感が大きい。

 ここまでくると逆に大山型とマッターホルン型の周波数特性を持った音を人工的に作り、それがどう感じられるかのテストをしたくなる。これで立証されれば完璧と言っていいだろう。特にアポヤンドとアルアイレを比較したときの差は低音側に顕著に出た。これを高音側に極端に出るようにすればどうなるのか、など新たな興味が沸いてくる。
 被験者は音の聞き分けができる程度に訓練された耳を持っている必要があるだろうから、音大生?あるいは音高生?せめて音楽教室の生徒。若いほうが聴覚細胞がすり減ってないということから被験者として望まいだろうから音楽教室の生徒がいいかな。
 あるいはギターのアポヤンド、アルアイレだけでは実例が少ないと言われそうだから、シンセサイザー、アープの「オデッセイ」とムーグの「ミニムーグ」の比較もしたくなる。(ムーグのほうが太い、と異口同音に言われる〜がそのころはシンセ自体が少ないから結果的に一人が言っているのが伝播しただけかもしれない。)
 アナログシンセはオシレーターの音を加工するから、どうしたって中心周波数が突出することになり、比較実験としてYAMAHAのDX−7にご登場いただきたくなる。これ、発音原理的にノイズが多くならないわけがないのだが、あっという間にミュージシャンに受け入れられたのはこのノイズが「音の太さ」と感じられて、シンセの無機的なイメージを幾分かでも和らげたからかもしれない。今まではYAMAHAのシンセは高音になるほど半導体にかかる電圧がアープやムーグに比べて等比級数的に高まることから、パソコンのCPUクロックアップの原理と同じで特性がよくなるから受けがいいと思っていたがそうでもないようだ。でもDX−7の高音のきらめきは比類がないよね。
 逆にDX−7の美少女化「初音ミク」の声は周辺周波数に広がるノイズが少ないような気がするのだが。なので声が無茶苦茶細いような気がする。ただし加工してもトラブルは少なそうだ。ほかのボーカロイドと比較しても面白いかも。

 なお、「大山」は「だいせん(伯耆富士)」でも「おおやま(神奈川県)」でもどっちでも構いません。同じようになだらかな稜線を持ってます。

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