小説
●プランバーゴ

第12話

 領境の宿の露天風呂に、3人の女性の姿がありました。美少女剣士ミルフィー、美少女司祭見習いローズマリー、そして呪いが溶けて人間に戻った元でぶ猫のノアです。
 人間のノアは年の頃は30歳後半というところでしょうか。凛々しい顔立ちの美しい女性です。
「そもそも僕が人間だった事すらも覚えてないのに、3年前の事なんて覚えてる訳ないじゃん」
「ノア、あなたは女性なんだから、その言葉使いはなおさなくちゃね」
 ローズマリーにたしなめられて、ノアは「そんな事言われても〜」と力なく答えました。
「こんなふうにのんびりしている場合じゃないんだけどな〜」
 ミルフィーのため息は、露天風呂を囲む塀の外を数十騎の人馬が慌ただしく駆けていく轟音にかき消さされてしまいました。

 聖女エイリーンの泉の力でノアの呪いが解かれた後、ノアを取り囲んで皆で唖然としている間に、お城では大変な騒ぎが起こっていました。捕らえられていた魔女が牢から脱走したのです。領主マード・ラドクリフが連絡を受け駆けつけた時にはすでに、城は魔女と魔女の操るゴーレム達に占拠されていました。
「捕らえられていた魔女は、魔法を封じられていたはずだ」
 マードは領主付きの魔法士に問いつめました。魔法士は、外部からなんらかの干渉があり、一瞬だけ封印の魔法が弱まってしまったのだと説明しました。
「魔女がノアにかけていた魔法が解かれて、魔法に使っていた魔力が魔女に戻ったんだ」
 アリッサムが魔法士の説明を補足しました。魔女がノアの事を、行方不明の領主の兄だと言い出したのは、これが目的だったのです。
 ゴーレム達は予想外に強く、領主マードは城をあきらめざるをえませんでした。

 領主マードは領境の村に陣をはり、反撃の準備を整えていました。数日後には王国騎士団が到着する知らせも届いています。
 ミルフィー達はさっさと逃げ出したかったのですが、魔女の攻撃に備えてひとりでも多く魔法士がいるという事でアリッサムが引き止められ、仕方なく皆で温泉に滞在しているのでした。
「リネットがあれこれ言ってたのも、結局魔女の仕業だったのかな」
「魔女の仕業じゃないよ。ノアの仕業だ」
 アリッサムが魔法士のローブをまとったまま露天風呂に入ってきました。
「ノア・ラドクリフ、行方不明になった領主の兄。それがあの魔女の正体だ。ノアは行方不明と言われているが、弟のマードを担ぐ貴族達の策略で城から追放されたらしい。ノアは復讐のために魔女のもとで魔法を学び、身分を隠すために魔女を倒して自分が魔女に成り代わった」
 アリッサムはノアを手招きして言葉を続けます。
「そしてお前は、ノアに魔力を奪われ猫にされた本物の魔女という訳だ」 

「ノアと手を結んでいる隣国の軍が動く前に、ゴーレム達を倒して城を奪回しなければいけない。本来のノア・ラドクリフの魔力がどのくらいなのかはわからないが‥、」
 村の広場にアリッサムが巨大な魔法陣を描いています。
「間違ってないよな? この手の魔法は専門じゃないからなぁ‥‥」
 何度か図面と見比べ確認しつつ、ようやくすべての紋様描き終えました。
「さて後は、呪文の詠唱だけだけど‥‥?」
 魔法陣の中央には、ローズマリーと、その前に不安そうな顔で横たわっている元猫のノアの姿がありました。ローズマリーは「超入門」と書かれた魔法書を手にぶつぶつと呪文を唱え続けています。
『‥‥すべての水は源へ還る。奪われし魔力よ、本来の持ち主へ還れ!』

「その時奇跡が起こったのである。なんとローズマリーが1度も間違えずに呪文を詠唱したのだ!」
「‥って、何を言ってるんですか、ミルフィーさん!」
 それから数週間後。王都へ向かう道をミルフィー達4人が歩いていました。もとデブ猫で実は魔女だったノアは、奪われていた魔力はすべて戻ったものの結局記憶は戻らず、今もノアという名前を名乗っています。
 ノア・ラドクリフは、魔女から奪って自分のものにしていた魔力を失い、自身の魔力だけではゴーレムを動かせなくなったようです。ゴーレム達は砂になって崩れ、領主マードらが騎士団を率いて城に戻った時には、ノアはすでに逃げて姿を消していました。
「だってほら、どこぞの幽霊屋敷で浄化の呪文を唱えるのに半日もかかってたから、今度の呪文は3日くらいかかるんじゃないかと‥‥」
「私だって毎日ちゃんと勉強してるんですよ! 簡単な魔法ならもう魔法書なしでも‥‥」

 とその時、茂みから現れた数人の男達がミルフィー達の前に立ちふさがりました。どうやら盗賊のようです。
「ちょうどいいわ。毎日の勉強の成果を見せてもらおうじゃないの」
「わかりました。私にまかせてください!」

 ミルフィーがローズマリーの眠りの魔法から目を覚ましたのは1時間後の事でした。

 終わり


戻る
home