小説
●プランバーゴ

第9話

 こんこんこんこん・・・かんかんかんかん・・・
 爆破された地下牢と中庭、門の補修工事の音がうるさく響いています。

「ノア様の行方がわかりました」
 不快な報告に、領主マード・ラドクリフはいまいましげに顔をしかめました。
 ノアは3年前に行方不明になったマードの兄です。
「先日逮捕された魔女の証言によりますと、3年前にノア様に魔法をかけて猫の姿に変え、最近までペットとして飼っていたと言うのです」
 マードは立ち上がり、窓から自分の領地を見下ろしました。
「それで、今、兄はどこにいるのだ」
   
 領境の宿の露天風呂に、4人の美少女の姿がありました。美少女剣士ミルフィー、美少女魔法士アリッサム、美少女司祭見習いローズマリー、そして美少女密偵のリネットです。
 リネットは露天風呂に他に人がいない事を確認して、話をはじめました。
「この近くの森で王国騎士団が奴隷商を捕まえたのは知ってる? でもその奴隷商は単なる下っ端でね。調べてるうちに、ここの領主であるマード・ラドクリフが黒幕ではないかって疑惑が出てきたのよ。それで領主の屋敷に忍び込んで調べてたって訳」
「お城の爆発騒ぎの時ね」
「ミルフィーが食い逃げして捕まった時だな」
 アリッサムの人をこばかにした言い方に、ミルフィーは、ばしゃっと水を飛ばして抗議しました。
「食い逃げなんかしてないってば・・。それで? 私達に頼みたい仕事って何なの?」
「調査報告書を王都まで届けて欲しいの。私はもう少しここに残って調べなきゃいけないから」

 その時、ローズマリーの猫、ノアがものすごい勢いで女湯に走り込んできました。勢いあまって湯船に落ちて溺れるノアを、ローズマリーが抱き上げます。
「どうしたの? ノア」
『へ、変な黒ずくめの男が、げほげほげほっっ』
 ノアを追い掛けるように、その男が女湯に入ってきました。手には抜き身のロングソード。
 まっ先に動いたのはリネットです。岩場に手をかけ、一瞬に空中高く飛び上がると、露天風呂を囲う塀の上に着地しました。
「こら、リネットっ、あんたの客でしょ。まっ先に逃げるんじゃないっ!」
 4人とも、この男の狙いはリネットだと思いました。密偵などという仕事をしていれば、命を狙われる事など日常茶飯事です。ところが、
「そのデブ猫を渡してもらおうか」
 遊びでもふざけてるのでもなく、はっきりと殺気をただよわせ、男はそう言いました。4人はきょとんとした顔で男とノアを交互に見つめました。
 ミルフィーはふっと息をはき、男をびしっと指差します。
「猫を口実に女湯に入って私達の裸を見ようって魂胆ね! とっとと女湯から出ていきなさい痴漢男っ! でないと痛い目に会うわよ!」
「誰が痴漢男だっ、誰がっ!」
「じゃあ、一体なんの目的があるって言うのよ!」
「お前などに話す必要はない。怪我をしたくなかったら邪魔をするな!」
 ミルフィーは剣がなかったのでひのきの桶をかまえました。もちろん、ひのきの桶で戦えるとは思いません。ミルフィーの後ろに隠れたアリッサムが、魔法の呪文を完成させるまでの時間稼ぎです。
「きゃぁぁっっ 痴漢よぉっっ」
 騒ぎを知らずに風呂にやってきた女性客が、男を見て悲鳴をあげました。男が一瞬動揺したスキを狙ってミルフィーがひのきの桶を投げ付けます。
「ばかめ! ひのきの桶で俺様を倒せると思うな!」
 男は左手でひのきの桶を払い除け、
 かっこ〜〜〜ん
 さきほど悲鳴をあげた女性客の投げたひのきの桶が、男の後頭部を直撃しました。

「ひのきの桶でみごとに倒されたな。詠唱した魔法が無駄になった」
 白目を向いて倒れている男を、指先でつんつんと突いて、目覚める気配のない事を確認します。
「手際の悪さから見ても、金で雇われただけのただのチンピラね」
「プロの暗殺者なら全員殺されてるよ。でも誰が、何の目的で、よりによってこのデブ猫を狙ってるんだ?」
「まあ、その辺はこいつが目覚めたら聞いてみればいいわ。ところでリネット?」
 ミルフィーはまだ塀の上にいるリネットに言いました。
「そこ、男湯からまる見えよ?」
 リネットがいるのは、男湯との境の塀の上です。はっと気がついて後ろを振り向くと、そこには・・・
「きゃぁぁっっっっ」
 リネットの悲鳴が温泉宿に響き渡りました。


終わり


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