今までで一番苦労したプレイでした.シナリオ曹操台頭の定番では,劉陣営はとっとと蜀を得るのが良いので,そちらに向かったのですが...途中で欲が出てしまい黄忠と戦いつづけました.その結果,兵,糧ともに底を尽き,略奪を続けるわけにもいかないので,何とかなるだろ、と思い,結局武陵で旗揚げしました.
...これは,
文帝:曹操
最後の勝利者:司馬懿
助さん:鐘ヨウ
と,後世の人々に語られるだろう戦いの足跡です.
曹操の進攻は凄まじく,あっという間に中華を平定します.彼は悪政(行政力:無)を行うらしく,各地で反乱が頻発しました.兵糧にも興味が無いらしく,兵数は14万から10万まで減少する始末です.それでも,我らが劉備君(諸葛亮付)は,曹操の威光と大軍師ホウ統(諸葛亮超jの前になすすべも無く,ただひたすら本拠地 武陵の開発にいそしみました.開発と同時に関羽,張飛には武勇を,趙雲,麋竺(!)の二人には兵法を磨かせました.
そうしている間に曹操は帝となり,宰相は大軍師 郭嘉が務めることとなりました.さすがに郭嘉は善政(行政力:優)を行うらしく,優秀な文官も各地に派遣し,民心を得,在任中,一度も反乱を起こさせませんでした.
しかし,この郭嘉は民草のことを第一に考え過ぎるようで,武陵の隣の長沙にも文官を派遣しました.これが郭嘉最大の失敗でした.力と富と名声を蓄えに蓄えていた劉陣営は,ここぞとばかりに長沙に進攻します.そして,そのままの勢いで武昌も攻め落とし,江陵に攻め込みました.
劉陣営は江陵攻略戦で,ある人物を得ます.それが司馬懿です.司馬仲達は,無名の武官とともに江陵を守備していたのですが,江陵の規模が小さいことに加え,彼の智謀を上回る孔明と,トリオの一人に攻め込まれれば勝てるはずも無く,江陵をあっさり攻略され,降伏します.
仲達を得た劉陣営は大逆転を目論んで,ただひたすら帝都 [業β]を目指します.途中,何を思ったか劉備は突然「魏帝」を名乗り,魏帝都を武陵とします.そして驚いたことに,後任の宰相には諸葛亮でなく,実績の無い,あの司馬懿がえらばれたのです.諸葛亮は趙雲とともに魏帝都の守備を命ぜられます.
宰相となった司馬懿は,魏帝の詔に従って,見事帝都を陥落させます.これで郭嘉を孤立させたと思った魏帝は大喜びです.しかし,それは大いなる誤算で,郭嘉はあらかじめ王を名乗っており,孤立とはまったく無関係でした.その事実を知った魏帝はショックのあまり,崩御されました.
劉備亡き後,劉備の嫡男 劉禅が跡を継ました.時を同じくして郭嘉も蜀帝を名乗り,帝都を寿春と定めました.これに激怒した魏帝は,司馬懿に蜀帝都陥落の詔を与えました.
詔を受けた仲達は,すぐに軍を集結させ蜀帝都を目指しました.途中,仲達は彼を恨む「何者か」に讒言され,軍を解散させられましたが,尚書令の鐘ヨウのおかげで仲達の疑いは晴れました.仲達は瞬く間に蜀帝都を陥落させ,蜀帝の宰相であった荀[或〃]を孤立させました.
仲達は荀[或〃]討伐隊を何度も派遣しましたが,さっぱり成果が上がりませんでした.かつて彼を陥れた「何者か」の影があると悟った仲達は自ら討伐隊を率い,遂に荀[或〃]を討ち取りました.結局「何者か」の正体は不明のままですが,仲達は群雄を全て駆逐しました.西暦247年のことでした.
丞相、[司馬懿]。
前将軍、[関羽]。
後将軍、[趙雲]。
左将軍、[張飛]。
右将軍、[干禁]。
軍師、[諸葛亮]。
長史、 [麋竺]。
12.孫くんと軍師ーズ
シナリオ「群雄旗揚」にて、孫策でプレー。
私(作者)は初級設定でやるときの方が多いが、今回も初級です。(笑)
孫陣営と言えば、「周瑜と陸遜の能力が低い」というご意見をよく聞くが、スタート直後くらいからレベル4謀士をかなりの確率で登用できる有利さな上に、経験値による能力アップもあるのである。陸遜の方も、守備特性が付いている大軍師の強力さを分かってもらえないの....。とか、妙な事をブツブツ言いながらスタート。(笑)
太史慈を出来れば味方につけたいので、「周瑜が来るまで待っても良いな....」などとゆったりと考える。しかし、面談と教育を何度かしていたら、程普の兵法が32なのを知る。道理でさっき、「天文を見ていたら...」とか妙なことを口走ったわけだ。
これならと、太史慈を攻略、捕獲はしたものの、コイツがまた頑として配下にならない。
「しょーがねー、離してやるから、残党の兵を集めて来いよ。待ってるからサ。」とメロス君を放つ。
後は定石どおり、我が右腕、周瑜と張昭をゲットしつつ、続いて会稽、ビン中も落とす。
そんなある日、司馬徽先生が天下ゲットクラスの知恵者、程[日立]を紹介してくれた。うわ!?なんとこの程[日立]センセ、兵法45もあるよ!
しかも、曹操の領地の下をウロウロしている。かー、寿命が縮むー。
と、見てたら南に下ってきたので、よーし、直接訪問すれば、かの先生だって、我が陣営に加えることが....。少し早いと思いつつも、センセの居留地の武昌攻めだ!
お〜い、甘寧〜、迎えに来たぞ!...って、兵が少ないせいか、連攻3回目、やっとのことで落としたものの逃げられる。くそー。
名声が高くないので無理もないが、直接訪問しても程[日立]も知らん振り。ガクー。
まだ南方も平定してなければ、名声も将も兵数も少なく、国内の民心も落ち着いていないのに、えーい、しょうがない、曹操の息の根を、この手で止めちゃるー!と八つ当たり。(笑)
この頃中原では、呂布、曹操、劉備、袁術の乱戦状態。予州と寿春にへばりつく袁術の隙をついて北伐開始。
旧主袁術は皆から流軍討伐を受け、あえなく滅亡。この頃、程[日立]の将星も登用されることなく地上を離れた。
呂布は曹操に追い立てられ流軍に、続いて劉備も我が軍に鎧袖一触、と、気付いてみれば、周瑜の兵法値が44もある!うほほ、道理で強いわけだ。
後は曹操と袁紹だ。曹操はなるほどほかとは少し違う。堅く、早いその動きに翻弄される。妙な形で戦線が膠着する。
あー程[日立]が曹陣営に居なくてよかった。とホッとしていたら、またもやあの先生登場のニュースが!
周瑜のライバルとして、いてもたってもいられなくなったかな?
しかし、もう運さえ悪くなければ登用できるくらいは名声は稼いでいる。しかも初級。
サックリ、登用成功!いや、水鏡先生から紹介されてからずっとお会いできる日を待っておりましたぞ!な、周瑜!
うーむ、周瑜と程[日立]、ピンキリのピンのスキル値の大軍師と程普で安心、と行きたいところだが、先鋒が...、豪傑が...いない。
黄忠も捕まえたが、こいつも降ろうとしない。えーい、頑固者ばかりでこまるわー。太史慈、甘寧、黄忠、今となっては、逃がした魚がでかかった....。うーむ。
めぼしい武将がいなくて、疲れる事も死ぬことも出来ない孫策は、優位な戦力と軍師を抱えながら、外交交渉で何とか戦線を維持しているありさま。
っと、郭嘉と賈[言羽]と魯粛と荀[或〃]と荀攸も続けざまに我が配下に加わった。困っちゃうなもー。てへへ、軍師ーズの政策会議も圧巻だなあ。
...って、豪傑はいずこ〜。(涙)
そんなことを言っていたら、フラフラしていた流軍の呂布が、すばやく我が辺境を掠め取った。
すぐさま取り返しに行く。郭嘉と賈[言羽]はキリで兵法30台しかない。兵法の表示スキルは程[日立]に劣るものの、経験と信頼が最も高い周瑜と共にワシが行くしかない。
一抹の不安は拭い切れんが、だって、黄蓋や韓当じゃさすがに呂布に斬られかねんし、まあ大丈夫。相手は陳宮だと思おう。頼んだぞ周瑜!
悪い予感は当たるもので、一騎打ち発生....。
ここまでか....。まあ、軍師ーズと楽しくやれてよかったよ....。
と、呂布と孫策が撃ち合って、なんと引き分けっ!!うおーー!互いに体力が30をきったが....。
よし、後は周瑜、計略で奴らを仕留めてくれ...。って、休むまもなく、またまた一騎打ちかよっ!?
しゅ、周瑜、キ、キサマ、まさか.....?
そんなにワシの後宮ハーレム、いや、”軍師ーズ”に何か思うところあったか?
...と、複雑な思いに駆られながらも、呂布との再度撃ち合い!!
ずば、ばばば。な、なんと、ワシがあの呂布めを、表示スキル牽制63のあの呂布を!返り討ちにしてしまった!
うおーーーっ、信じられん...。神の幸運。女神が微笑んでる...。
いや、微笑んでいたのは周瑜....
その後、周瑜を信じられなくなったワシは、遼東に押し込めた袁紹の備えとして北の果ての地にヤツを配置。
残りの軍師ーズと共に、南でバカンス、いや、平定に向かうのであった。〔完〕
13.涼州の死闘
シナリオ「曹操台頭」にて、馬超でプレー。
『三国鼎立2』で、最も難易度の高い群雄は馬超だ。
袁術も難しいが、それでも、例え一時負けて流軍になって逃走しても、まだ中原の覇者が定まっていない時期のせいもあり、プレーヤーがやる分には、少々ゆとりがある。それに比べると馬超は、すでに強力な曹操の軍と接し、例え蜀に逃げても、時間的猶予が少なく、勝つためには、曹軍を退けつつ、蜀もとり、南からやって来る孫陣営や劉陣営も防がなければならないという厳しさがある。
まずは、定石どおり韓遂を打ち破り、敦煌も平定。貿易地の地の利を得、その資金を使って、名声と民心を稼ぐ。
しかし、如何せん、武人だけの陣営。仁政や農政はめったに議題に上らず、しかも内政力がなさ過ぎて、四苦八苦。
と、幸運なことに、許攸をゲット。袁紹、曹操と渡り歩いてきた知恵者だ。辺境で出世するつもりで来たのか、その考えは正しいぞ。都落ちしたそなたと田舎者のワシはなかなか似合いじゃ。これでようやく政策にも幅が出来る。
曹操との同盟が切れた。袁紹との戦いというか、河北の平定の合間をぬって、長安にもやって来おった。
敵は郭嘉...。こちらの勝ち目は、偶然の一騎打ちと騎馬突撃のみ...。むむう、切羽詰ったワシは、自ら曹陣営へ申し開き、じゃなくて、不戦同盟の使者にたつ。鴻門の会に赴く、劉邦の気分じゃ。
なんと、同盟成功!ラッキー、曹軍はすぐさま引き返していった。
...まあ、馬超でやる時は、いつ負けても良い、あっさりした気持ちが大切なのだが、こんなそんなで、ひたすら名声上げと人材探しを繰り返す。
...っと、満寵登用!岐山廻りの蜀道が開かれるまで、まだまったりしている。
時に満寵が曹陣営への同盟の使者に行く。まあ、ゆっくりしたもんだ。
ようやく、桟道以外の蜀への道が開通。早速、漢中を攻略。
曹操と同盟を組んだり長安を攻めたり攻められたりしながら、蜀の平定。
何故か、袁紹殿から何度も同盟の使者が来る。兵糧に困ったとき、何度助けられたことか。感謝しますぞ。
残念ながら、かすかな心の希望、司馬懿と[广龍]統も、彼らの正確な情勢判断力ゆえ(?)か、曹陣営へ仕官。
諸葛亮は劉備と共に、南でがんばっているが、伝説の天才軍師と言うほどではなさそうだ。
ワシのこの達観を敏感に察したのか、許攸も満寵も外交を言い出さなくなってきた。
ほどなく、曹軍襲来。長安にて[广龍]悳と満寵が何度も防ぐ。満寵の守備特性により救われる。2人への兵法教育も実っているようだ。
この頃、劉備陣営は、曹操や孫権と争っていた。三者の戦いの結果、曹操は揚州、劉備は交州、孫権は荊州を得ていた。
そうそう、その前にひとつ幸運なことが起こった。荊州から交州への遠路を進撃していた郭嘉が死亡。心配の種がひとつ減った。遼東攻めじゃないが、蛮地で命を落とすのは郭嘉の宿命というヤツじゃな。
袁紹殿は普通よりかなりがんばったものの、とうとう遼東1国に押し込められてしまった。何とか恩返しをしたいが、ワシとて同じような風前のともしびでござる...。
「次は馬超」とばかりの曹軍の侵攻。さすがの猛攻に長安陥落。涼州で迎撃。蜀の平定後、統治もそこそこに、全国力を防衛戦につぎ込むものの、中原と河北を合わせた戦力に敵有力軍師、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶなんてもんじゃない...。
途中、荊州を領している孫権が、コソコソと巴を狙ってくる。たまに落とされる。周瑜と甘寧、張昭の3人しか居ないのに、何故か荊州5エリア丸々支配している。
曹操の臣下のつもりなのか、曹陣営の城エリアは狙わないし、曹操も守備将が誰も居ない荊州をなぜか攻めない。
「袁紹・馬超同盟」対「曹操・孫権同盟」だったのだろうか。
結局、涼州を曹操に、巴を孫権に取ったりとられたりしながら、なんと、12年間延々と....。
12年間の激闘に、涼州の国土も、益州もボロボロ...。それでも何故か、曹操は涼州攻めをあきらめない。
このしつこさ、半端じゃない。と思ったら、やっとワシを認めたようじゃ。同盟か、いいじゃろう....。
この隙に、狐のような孫権と周瑜のそっ首をねじ切ってやろうと、荊州攻めへ。巴を奪回し、武陵まで落としそうな情勢になるとすかさず、孫陣営から同盟の使者が来た。
うぬぬ、その、何と言うか......まあよい、将も国も兵も皆疲れておる。よかろう。少し皆で休養じゃ。
この間に、交州の劉備陣営は、曹操にすべての領土を奪われる。関・張・孔明まで揃っていて情けない。まあ、長い間、ワシと死闘を繰り広げた曹軍に、ぬるま湯に浸っていた劉軍がかなうはずもないのだが。ふっ。
劉備殿、それだけの有能な人材が居るのじゃから、華北へ進み、さあ、憎っくき曹軍を脅かして下され。
お、そろそろまた曹操が来る頃だな。と、ワシが涼州へ集結していたところ、劉軍はスススッとすばやい動きで成都までやってきた。
あ、気がつきませんで、今、客将の使者を.....って、そこはワシの領土じゃ!あ、何勝手に旗揚げしとるんじゃ!
おのれ〜大耳野郎!キサマも曹操のイヌに成り下がったか!え〜〜い、もう、漢中以北は引き払う!全軍で都に戻れ!と単騎で飛び出す。
張飛とか申す下郎がワシとの一騎打ちに出てきおって、こやつはまあ、見所のあるヤツよ。しかし、他が悪いな。2戦であっけなく、荊州に追い出す。
その後、狐の孫権と周瑜コンビに討伐を何度かくらい、あっけなく滅亡。なんだったんじゃこやつら...。
この後、更に死闘は続くのだが、このレポートも長くなった。
司馬懿を討ち、[广龍]統を討ち、上洛を果たすには今少し後の事じゃ。
14.降伏拒否武将GETの旅 (From uenoyama さん)
「降ると申しても曹操に降るのではない。漢朝に降伏いたす。」
「ふ、関羽らしい条件だ。だが、余は漢の丞相。漢朝すなわち余だ」
献帝武将の面談方法を会得したつもりの私はさっそく群雄旗揚の曹操でプレイしたのですが・・・
目標は、いつも降伏を拒否する志操堅固なやつらを配下にすること。
袁紹軍団なら顔良・文醜・沮授・郭図など。呉では黄蓋・程普(韓当はいらないかも・・)。できれば関張兄弟も。
まずは呂布配下の陳宮・高順。しかし、献帝は袁紹に奪われ、説得役の荀[或〃]もいない状況では所詮むり。
打ち破ったのはいいけれど河北エリアで旗揚げした彼等はミカドを擁する袁紹の逆鱗に触れ、備えを整える暇も無く撃破されて2人は打ち首。まず候補者二人ロスト。
袁術配下の紀霊も降伏したこと無いな・・(袁胤はちょっと欲しくない・・)しかしこれも準備不足で全く可能性の無い間に孫策の追撃で逮捕・打ち首。3人目がロスト。
ようやく洛陽を奪取し、筍攸を軍師に迎え、献帝の脱出を迎えて名声も上がり準備がととのった!領内には劉備ファミリーが放浪中。毎ターンのように追討するが全然捕らえられない。とりあへずあきらめて官渡の戦いだ!勢力は曹操六万弱に対して袁紹4万弱。敵は公孫サン相手に消耗したのが祟っているようだ。
エン州⇔ギョウ 青州⇔キ州で数ターンにわたって激しい戦いを展開。なんとか主力を撃破することに成功した。
文醜:ギョウの守備隊長だったが当方の連続攻撃で体力が減ったところに不幸星であえなく昇天。
顔良:別働隊を率いて青州に攻め込んできたが守備上手の陳登のカウンターパンチで捕らえた。あくまで帰順を拒む彼に筍攸は冷たく「名誉の死を」と・・
二人のほかに許チョがいたので、しばらくてこずったが河北を平定。残党狩りに移る。
郭図・審配:追討の際にはくれぐれも生け捕りにするようにと命じていたのだが、どうやら自害してしまった模様。
沮授:筍攸曰く「この者は有能過ぎます。後顧の憂いを・・」って少しは説得してくれよ。やっぱり筍[或〃]じゃないとだめかなぁ。あいつどこにいるんだよ。もう名声350超えてるんだぞ。探してはいるんだが。
高幹:袁紹ファミリーでいつもあっさり降参するのはこいつだけ。もちろんターゲット武将ではない。結局河北での獲得人員はゼロ。
気をとりなおして玄徳追討でもするか・・ようやく筍[或〃]が参陣。兵法は28と頼りないが内政49外交39となかなか期待できそうな素質。(このパラメータが「説得」に関係してるかどうか知らないけど)
しかし、玄徳は江南の会稽で旗揚げし、兵法44の周瑜率いる呉軍団に一敗地にまみれ、ベトナムをめざして放浪中に玄徳は熱病で死亡。関羽は奸計にはまって討ち取られ、張飛は宰相に・・・玄徳ファミリーも終わった。
この時点で兵法35の曹操が我が軍の最高指揮官で最高の指揮官。期待のカクも筍攸もチョッと成長した筍[或〃]も申し合わせたように30。程イクも郭嘉もどこにいるのやら、という状態。孫策に比肩できる一騎打ち要員もおらず、これでは長江を渡り精強な呉軍を撃破することは覚束ない。
しかも、撃滅できたとしてもGETする目標武将は程普・黄蓋。(しつこいようだが韓当はいらない。)可能性としても合戦の結果で捕虜にするのは非常に難しいし、追討で捕らえたとしてもそんな状況まで進んでいたら同時に「能動群雄全滅」でジ・エンドかも。うーむ、これは再チャレンジした方が賢明か。
こうして「第1回 降伏拒否武将GETの旅」は何の得るところも無く中途で終わったのでした...。
<後日....>
やりました!関・張兄弟GETです。さすがに関羽の説得には10年ぐらいかかりましたが、張飛のほうは「兄貴が決めたんなら・・」ということで面談3回でOKでした。
ドーピングした程[日立](兵法55 計略「一騎打ち」)と組ませて江南・河北 殺戮の旅に出かけると、面白いように斬るわ斬るわまさに屍山血河。
殺すたびにパワーアップしていくし、こりゃたまらんぞ。おりゃぁあああ!ってあれ?これじゃいつもの劉備陣営の楽しみ方じゃない?他の降伏拒否武将は・・・みんな殺しちゃったのね。
こうして第2回の旅では一応当初の目的は果たしたものの、途中で自分を見失ってしまったのでした...。旅は続きます。