過去のろくでもない雑記をみたい方は try16.html以下へ とっととルートに逃げたい方はindex.htmlへ
結局オブジェクトをドロップするとそこのディレクトリで窓が開くってのは一般的な用語はない(らしい)という事でよろしいでしょうか。だったらとりあえず、コマンドプロンプトヒア、とこれから呼びます(汗
ええーん、ただ一般的な用語なのか知りたかっただけなんだよぅ。そんなにいじめないでくれー。いぢめる?などと首を傾げてもだれもよろこばんぞ、Averageよ。
あ、いや、真面目なハナシ、Unix系ですごしている限り、余計な統合環境よりもX上でコンソールを腐るほど開いた方がうれしいと思うんすよ。ちゃんとGUIのアプリはコンソールから起動できるし、窓のサイズが自由に変えられて、サクサク動きますし。正直GUIからドロップするのが嬉しいノカ微妙な気が。最初っからコンソールで暮らした方が快適とちゃうか:-)
正直、自分の気持としては「アプリはともかく、ファイルマネージャがGUIなのは別に嬉しくない」もっと言えば「GUIって人間にとってはむしろ負担が大きい」のではないかと思っています。賛同者は極めて少ないと思いますが(爆笑)まぁだからUnix駄目とかGnomeステとか言う積もりではなくて、むしろGUI自体に疑義を持っていると。まぁそういう事です。
それに、WindowやMac,OS/2,KDE&Gnomeに限らず、所詮GUIの快適さというのは、いかに潤沢にCPU&メモリを無駄使いするかにかかっている訳で、要は、作る側から言えば「努力と根性」があればいいハナシ。「たったひとつの冴えたやり方」を探している訳ではないですから、使っている側から言えばあんまし感動がないのです。
一方、コンソールとかをちょっとづつ使ってくると、スルメの様に味が出て来る、というか、自分は使いはじめなので面白いんですよね。という事でワタシはバイアスがヘンな方向にかかっていますです。
さて、未来のPCにとって、複数のマシーン間でのファイルの整合性をどうとるのか、非常に問題になるんじゃないかと。で、バックアップとかの事を考えると、いっそのこと、総てのファイルがCVSに入っているというよーなシステムはどうでしょうか。
ディレクトリを探すんじゃなくてCVSのリポジトリからファイルを出してくるノ。ローカルなLANなら十分使い物になると思うんです。おまけにディレクトリ、という概念を考えずに済む、というのはどうか!
あ。これ、特許とっとくんだったかぁ!もしだれかこういうアイデアで起業するなら、ワタシは利益の1割で手を打つぞ。
いきなり弁解で始まりますが、先日の「もはやGUIの時代ではない!」発言はいわゆる「生暖かい目で」見てほしいのですヨ?「今更Unixのコマンドラインを触ってコンな事言っている、これだからトーシローはと小一時間・・・」という思惑を背後に占めつつ、「ま、オレには関係ないし」という生暖かい心でワタシを見てほしいと、切に願う物であります。
同じく、こっそり(?)公開してるevの紹介画面ですが、これも現在は「生暖かい目でみる」レベル以上のものではないですねぇ。でも、まぁ、将来のマニュアル書きを兼ねているので、大目に見てくれー
なんじゃそれ、という感じですが、ワタシはTP230育ちなので、今の主流の薄形ノートブックそのものはイイのですが、ストロークが短いキーボードにどうしても慣れません。
それにCD-ROMが必須になった昨今、同じ厚みでもキーボードに割りふれる厚みが少なくなってきているノカ、すぐにガチンと底に当たるような感じなのです。勿論、ストロークが浅くなればイイのでしょうが、どうしても慣れない。自分としては後5mmくらいストロークがアルといいのになー、という感じなのです。
そうなるとCD-ROMがついてない時代の分厚いIBMのノートが欲しくなります。という訳で、今の物欲はIBMのスペースセーバーキーボードとTP380が欲しいですね。実は自分は手が小さいのでTP230やTP53xの方がイイのですが、さすがに今バッテリが生きているTP535とかあるとは思えないしなー。
タブウインドウとツールバーのコントロールが欲しいヨー、と騒いでおりましたが、「OS/2にそんなDLLは流通してない」という様子なので、自作っきゃねーか、と腹をくくりました。
でもさー、ワタシの求めている物が「専用ウインドウクラス」というという物だと1か月以上ヘルプファイルの迷宮をさ迷って今わかったんすよ。やっぱり自分が探しているものが自分でもワカランという状態で物を探すのは大変だ。<この態度はどうか。
あと、専用ウインドウクラスに固有のハンドラーってグローバルな手続きじゃないですか。で、これで何個も専用ウインドウクラスを作った時にどうやって仕分けるノカ疑問だったんですが、ハンドルにクラス固有のデータをしまうことが出来るので、オッケーなんですね。ここに(現代的には)オブジェクトクラスのポインタを仕込めばいいわけなんですか!
コマンドプロンプトヒアって一般的な用語なんでしょうか。
何故、突然コンなことを言いだすかというと、GNOME1.0を使った時にこのコマンドプロンプトヒアな機能が見当たらなくて、というか、ディレクトリをコンソール起動アイコンにドロップしてコンソールが開かなかったので仰天した記憶があるからなのです。いやしくもコンソールが素敵なUnixでこの機能が無いのは解せないなぁ、と。
で、単にワタシの捜し方が悪かっただけなんでしょうか、ってのが疑問なのです。もしかしてコマンドプロンプトヒアとか言って探せばよかったのでしょうか?
ついでに言うと、LinuxのGUI環境を触った時(Vineの2.0なので、GNOME1.0だけですから、身も毛もよだつ過去のハナシですが)「こりゃー、GUIはOS/2 or Win or Macの敵ではないわ、ステだ、ステ」と思ったものです。感じとしてはWin3.1ってレベルでしたもん。速度も微妙に遅いし。もっともUnixのGUIは総てソケット(ネットワーク)を介してAPIが動く訳ですから、これでWinよりGUIの体感が早かったら困るヨな。
もっとも、WindowMakerでコンソール開きまくりで作業した時には、いちいち攻略本を見ながらの作業でしたが、何かこう開放された気持がして、凄い楽な気持がしました。思うにマウス的な2次元の物を扱うのはコンピュータを扱う上でのセマンティックギャップに相当すると思うのです。やっぱGUIよりコンソールの考え方の方がスナオに受け取れるようです。アマグラマのワタシには。それはnyaosで洗脳されていたってのもあるかもですが。
nyaosとeffでgrepの出力をパイプで食わせてeffで見る事が出来るってのを知った時には、もはやGUIの時代ではない!等と思った位で。
そうそう、3年位前までは、「えー、今どきCUIかよー」と思ってましたし、GUIなアプリ、というダケで偉いような気持がありましたが、今はなんだかCUIの方がカッチョエエと思えたりして、思えばnyaosに出会ってから随分遠くまで来てしまったよーな気が。
nyacusのコマンドプロンプトヒアについては了解です。ううううう、やっぱ教えてくんだったのカー>ワタシ
えー、弁解するならば、
(1)vectorのサイトが職場から見えなかったので、FAQを読めなかった
(2)コマンドプロンプトヒアって意味が分からなかった(^^;
という2点が上げられます。<余計駄目だろ
・・・・・・・・・・
ご、ごほん。えー、「M女史の遺したもの」っていう伝説的教えて君のハナシですが、もし、ですよ、仮にですよ、M女史が「ボンッ、キュ、ボンッ」な体型で顔も上玉だったりして、しかも工学系の学校に通っていたとしたら、多分、彼女が「教えて〜」と言えば野郎の同級生どもはもう、率先して下にも置かない扱いで手取り足取り教えてくれると思うのですよ。で、(万が一、ですよ)そういう人だったらああいう態度になるのは当然でしょうし、その責は彼女にあるとは言えないのではないでしょうか。
等と屁理屈をこねてハナシをそらしてみても、みんなお見通しなのだぞ>Average
Webをぐるぐるして見つけたのですが、こんな本がぁぁぁぁ
「グラント・ネイラー『宇宙船レッド・ドワーフ号[1]無限の宇宙 そんなに急いでどこへ行く』(河出書房新社)。いわずとしれた名作コメディ、「レッド・ドワーフ」のノヴェライズ。」
という事で、凄いずら、河出。 ラファティの地球礁を出したりして、ついに狂ったか。
この後は、大森望さんの日記によりますと、中村融プロデュースの河出書房新社の新叢書《奇想小説叢書》が出るそうですな。「すでに決まっているラインナップは、テリー・ビッスン、ダン・シモンズ、エドモント・ハミルトン、シオドア・スタージョン、アルフレッド・ベスターの5人」
マニアックすぎだ河出。
ワタシのソフトウエアチョイスは2月に切れるんですが、いきなり最後のソフトウエアチョイスCDが来ました。面白いのはWarp4.0が入っている所。正直4.0Fx00002のブートFDイメージってFX00002のブートFDと違って古いバージョン臭いので、FX00002のブートFDがもらえるのはヒッジョウにありがたいです。出来れば最新のIBM1S506.ADDに置き変わっていると嬉しいケド、多分違うだろうナァ・・・
と言うことで、「風のタクト」にはまってます。更に「時のオカリナ」も(完全エミュレーションで)おまけに付いてきているので素晴らしさ倍増。「ムジュラの仮面」にはのれなかったワタシですが、「風のタクト」は良いです、ちょっと親切過ぎるし、時間が足りないノカ、「対称性」的な部分が足りないのがイマイチな気もしますが。なんだかんだ些細な欠点はありますが、それを補って余りあるのが大空の下の大海原を駆け巡る事。素晴らしい。
それに今流行りの「メイド」と「妹」も出ているぞ<違う
先日、大学時代の友人と10年ぶり位にばったりと町であいました。友人はお堅い仕事をやめて何故か「心理療法士」になるべく、大学院で勉強中という謎な人生を送っておりました。全然お前の過去の人生からは想像できんぞ、そのチョイス!と思わずツッコミを入れましたデスヨ。さすが、子供もいなくて奥さんも働いている家庭は決断が凄い。
で、その時に、「人間の脳がハードで、心がソフトウエアという感じか?」とうっかり言ってしまったら「いやー、心をソフトごときと一緒にしないでよ」と猛反発を食らったんですが。
その時、ワタシの口から出た言葉。
「ソフトウエアってのは、世の中の根源に触れようとするプログラマの心の祈りのようなもので、さながらヴェイユの『神は存在しない、それ故により一層神を信じるのだ』という心にも似た実存的な祈りの結実がソフトウエアなのだ!」
見るからに電波ビビビビという発言でしたし、自分でヌケヌケと(本気で)言った自分に腰が抜けましたよ(大笑い)。
ところで、他の皆さまは「自分にとってのソフトウエア作りってどういう物なんでしょう」と自問した時にどういう感じになりますか?表現はともかく、ワタシの感覚に似ていると思っているのですが。そんなことないですか?そうですか。
せつない(T_T)
Windowsで、日本語のやたらめったら複雑なディレクトリにコマンド窓をひらきたいとき、「cd 日本語の凄い複雑なディレとクとリ」、なーんて書きたくないんですが、(それに間違えそうだし)ファイルをコマンド窓ショートカットにドロップするとそこのディレクトリに移動できるtipsとかないですか?なんか凄い簡単に出来そうなのですが・・・・
はっ、もしやワタシは教えて君?!
「おれカネゴン」さん経由で知ったのですが、プログラマの心の平安のために、この真言を唱える人は、プログラマ人口の95%を越えると噂されているそうです<嘘です
実際名言、というか、染みるお言葉なので、知らない方は是非ご一読を、と思います。『きっつい時に「チャック・チャック・イエーガー」と唱える』という東本昌平さんの傑作、「キリン」のセリフに匹敵するとはおもうんすよ。こちらもキツイ時に効きます。是非13巻まで揃えましょう。このセリフは確か11巻あたりで出てきたセリフだと思ったんですが・・・・
閑話休題
だた、この真言、実際渦中にある人には効かない気がするんですね。この真言が染みるのは、実際問題として、この真言が必要無い位に心に余裕がないと駄目なんじゃないんでしょうか、と思ったことを告白しておきましょう。
たとえば、ワタシは大丈夫、そのままで良いのですなんてのを読んでそのままスナオに悩みが解消したりする人はそもそもこんな悩みを持たないダロ、とか思ったりなんかするのですよ。
ちなみに、ワタシはプログラマでもないし、妻子がいますが、こんなにスナオに取れないです。ただ、最近自分を追い詰める習癖はなくなりましたが、それは「結局自分は変わらない。良くも悪くも」という事実が身に染みただけなんですよね。
要するに、「自分をバリッと変えてくれる魔法の呪文等はない」という事なんです。だから、「出来ないからといって自分をせめても、出来るようにはならん」「だったら出来なくても自分を褒めてやった方がオトクではないか」という極めて後ろ向きな(笑い)諦念から「ワタシはそのままで良い、というよりもそのままでいるしかない」という結論に達した訳ですな。
だから「使えない自分を卑下する必要なんて無いハズ」というのが今日の結論としておきたいです。いや、させて下さい、ブチョー!
家族サービス、クリスマスイベント(PTA系列)、課内旅行、等盛沢山のイベントをこなした性で、土日にまったくプライベートの活動が出来なかったのですが、その間にワタシにとってOS/2に関連する事で激動がありました。
某らぶりぃ掲示板で「OS2なんてソフトはないよ!OS/2だよ!」という厳しいご指摘を受けてしまいまして!
ガーン。オレ様のWebページ、全部OS2って書いていますヨ?
SEDかなんかで全部書き直しですよ?
しかもSEDの使い方、ワタシ知らないんですけど?ギャー!
え?OS/2の販売停止?なんですかソレ?だってソフト自体はWebで直接注文出来るんでしょう?違うのー?
どっちにしろ、今486DXからPen120MHzに替えたら「うわー、早いよー」と思ったりしているプアな環境のワタシには、丁度手頃なノートが3万位で買えるようになった頃にシステムを更新するから後10年は関係ないデスナァ。デバドラは?っていう問題はありますが、大体無線LANで常時接続したくても「使う時間がないし」関係ないよね・・・・・
ウワーン!
ハナシは「うーん、辛過ぎですよ」という感じでしたが。併映の「ハム太郎」も。
でも、特撮がスゴイの。CGバリバリですけど、殆ど実写と違和感ないですなー。しかも戦闘シーンが凄いハデで、かっこいいんだ。これが。
面白いのは、戦闘シーンには「マクロス」や「エヴァンゲリオン」の影響がもろに見える事。CG製作のエンジンが能力が上がる事によって、実写がアニメ並みにハデになるとしたら、20年後にアニメって生き残るノカネーとか思いましたデスヨ。多分後10年位で絵を書くよりCGの方が安上がりという恐ろしい時代が来ると思いますが・・・・。で、締め切りぎりぎりの放送時間の1時間前にCGデータをもらってその場でストリームで流すという様なイヤーな時代になりそうな・・・・
所で、ゴジラxメカゴジラって3種類作られてますケド、全部同じ題名な気がするがどうか!?
宗教上の理由から「灰羽連盟」を見た。駆け込みで最後の2回しか見なかったんすけど、いいですねー。
でもさ、なんで主人公群が「灰羽」を持ってないと駄目なんだと難癖付けたくなるっす。フツーの青春群像じゃ駄目なんでしょうか。勿論普通の青春群像じゃ駄目な理由はわかるのですが、逆に現代って「普通」ってのが売りにならない時代だというのは、恐ろしいというか、なんというか・・・・・ですね:-)
たとえば80年代までは、海岸で主人公群が水を引っ掛けて追い駆けっこ、という「定番」がありましたけど、今そういう奴無いじゃないですか。多分作り手側がそういう体験がないんだろーな、と思ってしまうです。それとか、「ラブソング」の歌詞って、たわいもないんですけど、多分恋愛している最中だとつい感情移入して「ウンウン」と頷いたりするじゃないですか。でも今どきのアニメってそのテのたわいもない歌詞って殆どないんじゃないですか?あのテの作品を作っている側と受け取る側が多分そういう「定番」な経験をしていない性じゃないカナ。食事だって微妙にファーストフードっぽいものしか出てこないし。もっとちゃんと旨いモノ食べようよ、ってお前は小姑か(大笑い)
なんかそういうのってどうしても作り手側と受け手側があんまり健康的な生活をしている様に感じないんでスケド、どうでしょうか?<どうでしょうかと言われても。
さて、それでは皆さんご一緒にご唱和願います!!!
オマエモナー
めっちゃ遅ればせながら図書館にあるのを発見して「ユニバーサルHTML/XHTML」(著:神崎正英/2000年刊)を読みました。めっちゃおもしれー。
「htmlのメリットは不特定の人間に情報を発信できるという事だから逆にどんな人にも閲覧できる、という事が重要」=「ユニバーサル」という見地から組み立てられるた「見やすい、価値の高いWebページとは」という説明は非常に分かりやすく、説得力のある資料ですねー。買うぞ。
でもさー、金が無くて刊行されていたのは知っていたケド買えなかった人間に2年後にコンなこと言われてもねー。
寒風吹きすさぶ中、子供会、PTAの行事で土曜、日曜と外に5時間つったってました。
うううう、今めちゃめちゃ頭がいたいんですが、やっぱり風邪ひいているんでしょうか。
そりゃ、前日の2時まで起きてソースを弄って性でしょう、という正論を言う奴はだいっ嫌いだ。>俺
TP600のHDDが死にました。しかもMBR。おかげでHDDの内容自体は問題ないのに、区画にアクセスできないという隔靴掻痒な状態。慌てて代替えを求めて近所のパーツ屋に行ったら、もう12mm高の2.5インチHDDって売っていないんですねー。
中古の通信販売パーツ屋さんを見ても12mm高だと2Gがいいとこで、4Gから8Gクラスだともう9.5mm高しかないのですね。いやー、知らない間に時代に取り残されてしまった。
とりあえず、ねじ穴はいっしょだったんで、事務所の廃棄されたノートからかっぱぎした9.5mm高のHDDを入れて凌いでますが、なんかサイズが合わないせいで微妙に振動が大きくなっている気が。
見るからにアヤシイので、クラッシュしても惜しくないように、小まめにソースはコピーしておこう。間違ってもネットから落としてきたえっちい画像とかえっちい画像とかえっちい画像とかは入れないでおこう・・・・
めっちゃ遅ればせながら図書館にあるのを発見して「タンポポハウスのできるまで」(藤森照信:1999年刊)を読みました。いやー、あいかわらずめちゃめちゃおもしれー。
タンポポハウスというのは、その名のとおり、「タンポポを家に生やす」訳でありまして、著者の藤森さんは元々「雑草作り」という「高層建築物の壁に植物を生やす」という工法に執念を燃やしていて、「誰か俺に設計依頼をしろー」と思っていた訳ですが、誰も注文せず(あたりまえだ)、言い出しっぺの法則で自宅を「タンポポまみれ」にする事になったと。で、その過程を藤森さんの「読めば元気が出る」あの口調で書かれているのですから、面白くない訳がないです。
実際、このタンポポハウスというブツ、それ自体も素晴らしいのですが、それを記述する藤森さんの実証精神(なにしろ、漆喰のなかにワラを入れる方法を探るため、自分で一からいろいろ試してみたりしているのよ!)が、また良いです。藤森さんの語口がすんばらしいのは、「建築探偵の冒険」でも実証済みですがやはり「ブツを作る」のを読めるのはまた格別ですねー。
うむむ。しかしこれ、刊行から3年たっているし、文庫落ちをねらうべきか。どうせすぐ「ちくま文庫」になるだろう<こういう奴がいるから本屋がつぶれていくのか!
これを読んで強く思うのは「結局、Averageってモノ作りするハナシが好き」なんですねー。まー、逆に俺自身は「理屈はどうとでもなる」と思っているし、同じ事実から正反対の結論を導くなんてへのカッパなので、実生活でも「お前、さっきと言っていることが正反対やんけー」と言われまくりだったりするのです<それって駄目なのでは。
だからっすかね、「理屈はなんとでも。それよりも、実際のブツ作りを優先」と思うのは。
今、自分の作るアプリは大体データ構造がxmlをする方向に動いています。これはFreePascalのFCLライブラリにxmlをハンドリングするルーチン(DOM)が入っているのが大きくて、特に「可変長の文字列を255文字以内の文字列の集合で表現できる」というDOS時代のpascalの制限からくる事情をかわせる事が大きいです。
でもですね、OS/2上に存在するpascal処理系のデバッガではポインタのツリーをトラバースするのはポインタを追っかけるので、デバッガからデータをトラバースするのが異常に面倒。(むしろデバッガが賢くないのがよろしくない訳ですが)21世紀だというのに今更printfデバッグでもないよなー、とか思ったり。でもさー、キー入力のデバッグはやっぱりprintfデバッグじゃないと困ったりするんすが。
で、ここでLispへのあこがれが出てきますネー。
xmlって総てのデータをツリーに表現するじゃないですか。あれってLispのデータ表現そのものだと思うのでスヨネ。Lispのばーい、ああいうツリー表現しかデータがありえない(誇張表現)ので、ツリーを書き出す方法なんざ、へのかっぱ(死語)なんでしょう。そういう意味でLISPにはあこがれるものがあります。
そういう意味ではそろそろLispっぽい言語にリバイバルが出てもおかしくない気がしますネ。ただ、S式の(car a b)という表記法じゃなくて、M式表現のcar(a,b)という表現の方が異世界(つまり我々)の住人にはとっつきがイイと思いますが・・・確か、M式とS式って相互に変換可能でしたヨネ?
でもXMLの表現ってむしろS式の方が近いからLispの方々は「xmlに変換可能でよりシンプルなS式を用いたxmlハンドリング言語」とか言ってだまくらかすというのはどうでしょうか。ええ。なんつっても真面目にxmlの閉じタグを書くのはどー考えても面倒ですし。
各所で話題沸騰のVirtualPC(OS/2サポート)が欲しいっす。最近やたらハングして(デバッガのエラー処理が甘い性でWarpの性じゃないです)電源切りまくり。まぁ、壊れても惜しくないDX4-75MHzのノートで、驚くなかれ300MBのHDDで暮らしています。余談だがコレくらいなら昨今のシステムならHDDを全部RAMにコピーしても動作するんじゃないかという位で。
ハナシがそれた。で、バンバン電源切るんで、立上りが時間かかるかかる。おまけにHDDにもいい影響を与えないだろうし。という事でWindows上でWarpを立ちあげたいんですよね。マルチインプットキューが必要だから、Warp On Warpは不可。Warp上のWarpって入力がストールしたら多分タスクを切る操作が出来ない気がするので自分的には却下なんすが。教えて、偉い人
昔、MSが「ファイルマネージャとWebブラウザを統合する」という宣言を見て、「うおー、すげー、左ペインにファイルツリーとWebのブックマークツリーが出来て、右ペインにファイル一覧や、ActiveX化されたIEやWordがプラグインの様に動いてドキュメントを表示するんだー、すげーよ、マイクロソフト!」と期待に胸膨らんだ時代がございました。
実際はまるっきり期待外れでしたが
で、考えてみるに、ブックマークに登録するのではなくてOS/2のフォルダーにURLオブジェクトを落とせばWarpCenterから上記の様な操作感になりますよね。「接続」オブジェクトをデスクトップにおけばWarpCenterから直接ファイルとURLを一元的にアクセス出来るし、アプリは最大化しておけばWarpCenterにはぶつからないから逆にタスクスイッチはラクだし、なんか「ショートカットは接続フォルダの中に」「アプリ、フォルダは総て最大化」しといたほうが、逆に使いやすいんでないかい。
上のハナシに関連して。今、「ツールバー、ステータスバーを装備したアプリ」を最終的に作ろうとしているんですが、なんつーか、MozillaのXULアプリの作り方さえ分かれば別にそんなのXULをちょこっといじればいいだけなんだよね。実はXULを使ったファイルマネージャモドキ、ちょっとしか機能のないGNOMEデスクトップみたいな奴を作るXULアプリを見てしまっているんですよ、3年位前に。作ったのは「ぷろぐれ日記」な山本さん。
そのとき、「あー、XULってもう少し分かりやすいチュートリアルが出ればUnixのGNOME vs KDEなデスクトップ戦争なんて意味ネーナ」なんて思っちゃいましたヨネ。
で、その時LinuxJapanに載ったマーク・アンドリューセンの構想、「MozillaにはポータブルなJavaの実装を入れる。これによって第3の窓(X-Window,Windowsの様なレベルでの)としての機能を盛り込む」という発言の意味が「ガツン」と来た訳です。万能デスクトップ環境、アプリフレームワークとしてのMozilaというという能力が。
今更ながら「プラテネス」の第2巻を読んだんすよ。連載はすべてフォローしているのですが、連載最新の回の、なんつーかワタシの期待をすべて裏切るよーな展開に怒りすら覚えている昨今、「ここで終わってくれたらワタシ的には大傑作なのにぃぃ」「ここで2度とタナベと会わなけりゃなー」と思ったりして、改めて2巻までは快調だったのだなぁ。いや単に「根拠のない思い込み」で他人をどーこーできると思っている「タナベ」というキャラクターが嫌いなだけなんですが。「タナベ」宇宙をなめ過ぎ。
テストファースト、の威力について。というよりも、XPでテストファーストのやり方、を説明する文書で
「ほーら、まずテストフレームワークを組み込んで、なにもしない手続きを導入して、テスト」
「次に、引数を表示する、テスト」
「最後に引数を足す手続きを書いて、テスト」
で、その後に、「最後に今日の目標をクリアしたのでここで終了。たとえ引数を引く手続きが必要になるからといってそのコードを組み込む事はしない、たとえ明日必要になるのが分かっていても」という衝撃的なセリフで幕を閉じるんです。
で、この発言をAverage思うには、
たとえば、ある手続きで「足す」「引く」「かける」の3種類の操作があるとしますよね。で、もし総ての操作がテストされていない場合、組み合わせ条件は3×3で9通りになるわけです。でももし総ての操作が単体でテストされていれば3通りのテストで済む訳です。おそらく大規模な機能については上記の考え方で行っているでしょうけど、小規模なレベルでも組み合わせ量によっては、3倍位差が付くことがありえる訳ですから、計算量の概念からもテストファーストが有効、と言えるのではないでしょうか。O(n2)がO(n)程度になる可能性がありえる、と。かなり強引な言い方ですが。
今、Tinyなeditor(evの事です)を作成中ですが、基本的な行エディタの部分は実はddpmを公開した1998年に既に出来ている部分です。この時から「editorは努力と根性があれば作れる。が、どっちもワタシにはなーい」と思っていて、というのも「VZ」「FWE」「emacs」という使えるエディタがあるのに、何でeditorを付くらにゃならんのヨ、となってめげるのが見え見えですからね。
でもですね、「vzはlongネームが扱えない」「fweはアウトライン機能がイマイチ」「emacsは導入できねぇ(特にskk)」という情けない状態(自分のスキルが)なので、「こりゃ、もしかしてアウトライン機能を持ったvzっぽいエディタを作る」ならモチベーションが続くかも?と考えはじめています。
ただねぇ、アウトライン機能付のeditorを作るよりも、一太郎Arkあたりがその欲求を十分に満たしたアプリとして来年春あたり登場しそうな気がするんですよねー(大笑)
いま、ちょっとしたTinyなEditorを作っています。
ここで、英字フォント、日本語フォント、及び本文と見出しでそれぞれ別々に(計4字体)フォントを描画したいと考えているのですが、この場合
(1)フォント毎にPSを持つ
SBBodyPS,DBBodyPS,SBHeaderPS,DBHeaderPSの4種類を作る。
文字種毎に切り換え
(2)フォントが切り替わる毎にGpiSetCharSetする
LCID_SBBody,LCID_DBBody,とかを4種作ってGpiSetCharSetする。
のと、どちらがOS/2的によろしいのでしょうか。
実はLucida Consoleというアウトラインフォントの癖に、等幅なフォントを見つけてしまい、コレとMICHOフォントの組み合わせでエディットしたいという欲求がむらむらと。
で、更に見出し用として倍角をつかいたいなぁーという事で、いろいろごそごそいじっている最中なんですが、(1)と(2)ってどっちがよろしいのでしょうか。(1)はスピードが早そう、(2)は省メモリな気がしますが。
ちょこっとしたTinyなEditor作成続行中、現在ファイルダイアログは実装してなくて、セーブも出来ません(大笑い)
富豪な事に、このエディタ、カーソル移動するごとに、行の文字列を全部なめて、文字長を出して(WinDrawTextを使う)カーソル位置を評価して、カーソルを移動させます。大体、右へ1文字動くならフツー、一文字分だけ評価すればヨイ物を、一行まるごとですよ、旦那。どう考えても「めっちゃ遅い」と思うでしょう?
所が上記の最適化をしようがしまいが、スピードはまったく変わりません。結局、いろいろいじった挙句、律速は画面表示だ!という結論に達しました。
いや、画面再描画でもそんなに遅くはなりませんケドネ
高林さん(namazu.orgのあの方っすよ)の小うるさい端末chattyの記事がアップロードされてます。
あいかわらず、素晴らしく下らないです。必見です。色々プログラミングのテクもさりげなく入っていますし。
ところで、この機能、nyaos、nyacus,nyadosでも導入可能では?
少なくとも、nyaosでは可能なのは分かるのですが、タイトルバーを替えるコールが16bit空間から投げられないとすると、nyacus,nyados系列では無理っすかね?
ワタシのメインOSって未だWarp4.0FX00002なんですよ。なかなかWarp4.52に切り替わらない[*1]。で、ネコミ4.7をステという訳になかなか行きません。でも事務所の常時接続でワタシが動かしている奴はMozillaなんで、ブックマークの共有が出来なくなっています。
そこで考えましたですよ。「自分のポータルっぽいページを作ればいいのだ」ソースはこんな感じ
正確なソースは以下の通りとはとても思えないっすが(汗 <FRAMESET> <FRAME src="bookmarks.html" name="contents" > <FRAME src="body.html" name="screen" > </FRAMSET> で、bookmarks.htmlに<base="screen">とか入れておけばよし、というのはどうか。
で、これで統一できるぜ、やったぁ、と喜んでいたんですが、これって画面をみるとまるでMozillaのサイドバーみたいな気がするのは何故(笑い)
[*1]一説によるとWebメンテナンス用にWLSyncを使っているので、FTPサーバーへアクセスするパスワードを忘れている性だとか
今、Editorっぽいものを作っています。基本的な動機としてはEmacsのアウトラインモードっぽいhtmlエディタが欲しいの一語につきるのですが。
ここで誰しもが思うでしょう、「それ、emacsを使えば良いだけの話じゃないの?」そうなんです。確かにそうなんですが、それにはまずemacsを使えないとお話しにならない。ここがワタシのばーい最大の壁なんですよ。skkを使いたいからemacs自体は非常に興味があるんですが。ヘタレのわらしはemacsの導入自体でヘコんでいたりするので。そういえばOS/2のemacsの総本山ってどこなんですか?<ヘタレすぎ
で、一時は一太郎Arkで助かる夢を見た事もあるです。自分の使うタグのスタイルを決めておけばキーのカスタマイズしまくりで、かなり使いやすいアプリにはなりますし。一太郎Ark自体は内部文書構造をXMLで持っていて、それがルック&フィールにそこはかとなく出ている所がワタシ的に○。でもデフォルトの入力要素が<div>てのがいただけない。いたダケなサ過ぎ。せめてこれをカスタマイズできればなー。(多分プラグインを適切に入れれば大丈夫なんでしょうが)。ソースも公開されているし、OS/2でバッチリ動くし(そういえば次のJustArkって1.4対応なのかー、ダとするとOS/2でちょっちキツイっすねー)
その他、事務所でメモ書き用にWin系列のアウトラインプロセッサをダウンして数十種類使いまくったんですけど、どーも、しっくり来ない。そういえばWin系列のエディタでしっくり来る奴っていっこも無いってのがまた。
という事で、自作に走るしかない、という意志が来ました。でもさー、xmlのデータ構造をいじるJavaソフト見ると大半がアウトラインプロセッサとして使えそうな奴ばっかなんですよねー。自作のソフトがそれなりに使えるようになった時にはJavaアプリを使った方が手っとり早い世の中になったりして・・・
どっかに落ちてナインカー!>ツールバーカスタムコントロール!
無ければ、EDM/2の記事を参考に自分が作るしかないわけだが・・・
驚かないで下さいよ、実はPentium120MHzのCPUでも富豪なんですよ、ええ。
いきなり、なんのこっちゃ状態でしょう。実はですね。今、簡易エディタを作成中なんです。で、このエディタ、笑っちゃう事に、一文字削除する度に、全画面書替えているんです。
どう考えても実用的でない、と思っていたのですが、恐ろしいことに、486-75MHz(VGA),Pentium120MHz(SVGA)のノートでいずれも、まぁ実用になるんですよ、これが。画面がやたらちらつく事を除けば、まったくストレスを感じることなく文字が削除可能なんです。PenPro200MHzまで来ると、画面の書替え自体が感じないくらいで。
昨今1GHzとかがエントリーなレベルに来ているので実感できなかったんですが、実は恐ろしいレベルでCPUは早くなっているんでスネー。逆にこのレベルのCPUで起動に20秒近くかかるMozilla等はスゴイ富豪ソフトなんですねー。
プログラミング熱がAverageを席巻しております。今回はなんと「音楽が聞きたいから、プログラムしたい」というトンデモな理由でプログラム熱がわいてます。
いや、3枚くらいCDを買い込んで、大体自分の聞き方ってのは数十回繰り返して聞きまくるんですが、純粋に音楽だけ聞くとワタシの場合、寝てしまうので、なんかやってないと駄目、という事で、音楽を聞いている間にプログラムしているという事をやっていたのですが。
何故かプログラムそのものにも熱中しだしてきたのですよ(大笑い)
ワタシの場合、年間を通じてプログラム熱が湧いている訳ではなくて一年間に半年位の間しか熱中しなくて、あとは、ぼやー、としているんですが。ここ2年位、プログラム熱にかかっている時、ちょうど仕事がテンパっていたりして、なかなか熱にかかれない状態が多かったんですが。ちょうど今は仕事も一段落で、こころおきなくかかっている状態です。
当然、深夜まで起きていたりして体調は最悪なんですが(大笑い)
吉松隆、という現代音楽家の作品にはまってます。
具体的には、この人の「アトム・ハーツ・クラブ・デュオ」というクラシックギターの作品を聞いたのが始まりで。これが、スゴイ。クラシックギターで「プログレッシブロック」ちゅー感じ。
で、この曲には管弦四重奏のモトネタがある、ちゅー事でモルゴーアカルテットの「デストラクション」も買い。
サキソフォン四重奏の作品もあったぜ、こりゃびっくり。で、トルヴェール・カルテットの「Duke's Time」
オーケストラもあるぜ、なんと吉松って人、CHANDOSという英国のレーベルの専属作曲家になってんの。社長が「サイバーバード協奏曲」(これも良いでスヨー)を聞いて、「俺は吉松を全曲録音する!」と吠えたらしいですね。
で、BBCマンチェスター、指揮藤岡幸夫、作曲吉松の「交響曲4番/オリオン・マシーン/アトムハーツクラブ組曲」も買ったと。
という様に、どれもこれも良くって一気に現代音楽まっしぐら状態。と言っても、ワタシはプログレ代替として聞いているだけなので、実際の現代音楽シーンにはまったく疎いのですが。漏れ聞く所によると吉松って人自体はあんまり現代音楽シーンでは評価されていなくて「ダサイ」人らしいです。
で、今の状態、つまり全く縁も所縁もない現代音楽をききまくる様になったのはWebでうろついていたのでは絶対にありえないです、多分。
Webってあるジャンルについて調べる時には有効かもしれません。でも本当に深い所はWebってまったく役に立たないです。例えば青色LEDの発光機構について調べよう、としても、そんなもんどこにもないよ。いや、卒論で齧っているので、現状どうなってんのか気になって検索かましたんだけど、基本的な事項すらWebに出てないんですよ。何故良質の発光する素子が作れないノカって事が。
同じくWin95からのヘルプは3.1の奴から変わって、ある項目のみ表示する形になったじゃないですか。でも俺、あれは改悪だと思った。というのもWin3.1のばーい、helpは全文書に近い形で項目を見せてくれるので、欲しい情報の項目を見ると、否応なしにその他の項目も見えるので、「今は役に立たなくても、後で効く」情報が一寸づつ入るんですよ。
WebはWinのHelpってとにかく「自分が探しているものが何か」ってのははっきり分からないと使えない。「何探しているノカ、自分でも分からない」物を探すのは出来ない。いや、現実社会でも難しいけど、ワタシの様にたまーに大当たりする事が出来る訳で。それは「関連していない物が無造作に並んでいる」という現実社会のおかげですね。
で、WebやHelpの仕組みを見ると「雑学、あるいは自分の興味外の知識を知る手段」ってのが非常に薄い。無いと言ってもヨイ。たとえば、新聞って正確な知識を知る、という意味では使えない。けど、本当に自分の興味対象外のジャンルについてについて「オッ、こんなものが世の中にあるんだ」と知る事が出来る。そういう意味では良いものだと思うんですよ。Webのニュースってのは本当にニュースなんで、そういう意味では「興味対象外の世界へ連れていってくれる」という「他者への窓」としては使えないデスヨネ。
最近、クラシック、というか、現代音楽にはまりつつありまして。
ワタシの場合、プログレ(言葉の意味としてのプログレではなくて、ジャンルとしてのプログレ)の代替として、現代音楽を聞いているのでそのスジの人たちとは大分違った聞き方をしているのですが。
で、自分がこういうジャンルを聞く事になるとは、まったく思いもかけないことでありました。余談ですが、こーゆーアサッテの方向に興味のベクトルが向く事って、Webとかでうろついている場合場合、まず無いデスわな。そういう意味では、アサッテの方向に趣味が向く文明ってのはもはや絶滅寸前なんですかねー。
閑話休題。で、このてのジャンルを(初心者なんで)手当たりしだいに聞くしかないんですが、まぁ当たりが少ない。大体、ジャンル内のプロパーな人のお勧めとはまずかけ離れたブツを探している訳なので。
で、音楽は何回か聞かなければ良さがワカランし、クラシック系ってのは音の強弱の幅が大きいので、わりと静かな環境で聞かねばならず・・・という事もあり、聞く時間を選びまくりなので、夜の9時以降から寝るまで図書館で借りてきたCDをひたすら聞く。しかもハズレが多いと言う(爆笑)音楽、映画は2時間のモノを1時間で視聴するってのが出来ないんで、当たりを探すのが効率わるーい
と言う訳で、音楽・映画って、時間が貴重な現代に向いていない娯楽となっている気がしますねぇ・・。
いやいや、デザインパターンを駆使して、つーか、effのパクリをPM版で作ってやろうという野望に燃えて、evってのを作っているんでスケド、プロセス表示(これはeffからのパクリ)とプログラムラウンチを作った段階でめげてます。いや、当初、葉山さんが「effは結構うまく仮想化したクラスで作れた」というセリフをどっかで見て、「よっしゃー、オレもやったるでー」と思って、まぁ少し頑張ったんですよ。
ソッコーで訳ワカラン状態になりました。(爆笑)
結局、ソースを2重に越えて呼び出す形にするのは、ワタシの頭では無理みたい。仮想化するのも1段が限界、という事だけは分かったっす。
つまり、頭が悪い奴はデザインパターンなんて気取ってちゃ駄目ヨという事なのでありました。ウワーン。