砂の花の歌 vol.2


目覚めると、俺は小さな部屋の中の小さなベットの中にいた。
闇の中に上空に太い筒状の物が浮かんでいる、ぼやけてなんだかわからない。じっとそれを見ていると、少しずつ目が慣れてきて視線が定まってきた。太い鉄のパイプだ。その奥に、床みたいな模様の天井が見える。ビバップの天井じゃない。何処だ?
 視線を横に滑らせる。薄暗いコンクリートの壁を見て、はじめは牢屋かと思ったが、ドアがロックされている様子はない、どうやら違うらしい。まして天国ではないだろう、ただ、地獄かもしれないがな・・・。
 視線を上に戻し、しばらくぼーっとしていると、突然猛烈な吐き気が俺を襲った。反射的に手で口を覆おうとすると、それから半歩送れて激痛が走って、思わずうめき声が漏れる、どうやら怪我をしたみたいだ。よく見りゃ包帯が巻かれてる。何があったか思い出そうとしたが、記憶が飛んでる。 
 ・・・いや・・・まて、確か賞金首を追っていたはずだ。800万ウーロンと空中チェイスをして、奴の弾を何発か喰らっちまった。それから・・・それから、ジェットが何か言ってたな・・・。俺の名を叫んでた気がする。そして、フェイの機体が真横に見えたときソードフィッシュのコントロールが利かなくなった。この頃メンテをさぼってたからかねぇ、全く、最高だな。
 連続的な衝撃音が聞こえて、モノポッドのガラスの一部が鱗みたいにはじけ飛んだ、目の前が真っ赤に染まって・・・それからは覚えてない。
「・・・・・・・・?」
 色んな所を動かして、身体を確認していると、何かが聞こえてきた。耳を澄ませる。歌だ・・・。歌が聞こえる。
 こりゃ、天使様のお迎えか・・・。なんて考えてる場合じゃぁない、どうしたもんかね、おれも案外、敵が多いからな。声を聞く限りじゃ女みたいだが、宇宙は広し、男か女かなんて見たってわからないこともあるくらいだ。それに、女だからって油断できるわけじゃない。ビバップに乗ってるあのうるさい女。あんなのもいれば、俺を殺したような・・・女もいる。何かないもんかと視線を動かして部屋の中を探ると、すぐ側にある机の上に俺のジェリコが映った。こんな所に武器を置きっぱなしにするなんざ、この声の持ち主、俺をよっぽとなめてるのか、それともとんだお人好しみたいだな。
 苦痛と戦いながらようやく腕を上げ銃を取った。その手をベットの中に隠し目を閉じて時を待つ。
 歌声が聞こえる・・・。瞼の裏にジュリアの姿が浮かんできた。
 柔らかなブロンドの髪。伏し目がちな瞳に長いまつげが影を落としてた。信じられないほど強くて、ガラスのように弱い女で、名前を呼ぶと、寂しそうに微笑んだ。ジュリアはいつも、何か遠くを見ていた。いつも、どこか遠くを、想ってた。

 ・・・・どれくらい経ったのか、また寝むっちまいそうになってると部屋の扉が静かに開いた。足音を忍ばせながら近づいてきて、そいつはベットに座った。俺は痛みを覚悟してから、素早く相手のこめかみに銃口を当てた。そいつの身体がビクッと動き、硬直するのがわかる。顔を見て一瞬男かと思った、いや、やっぱり女か?どっちだ?目が合った、多分・・・女か。考えながら俺はただじっとその目を見ていた。藍色の目、その割に髪の色は黒。
「ちょっと、ちょっと待って、待て、待て、落ち着いて、大丈夫、敵じゃない、たぶん。いや、ホントに。とにかく、危害は加えないから」 
 突然女が口を開いた。・・・面白いんでもう少し見ていることにしよう。女の頬をつっと汗の粒が流れた。俺はただ、じっとしていた。
「私はユーリ=レリジオーソ、ここでプラントを耕してるだけよ、今は武器も持ってない、丸腰。だから、大丈夫」
人間ってのは面白いもんだ。極限状態になるととたんに早口になる。女のその慌て振りはかなり間抜けだった。それに免じて銃を降ろしてやる。それに、こっちの腕ももう限界だ。
「・・・ここは?」
 部屋がカタカタと鳴った、どうやら風が強いみたいだ。
「私の家よ」
そんなこたぁどうだっていい、ここは何処なんだ。

 翌日。
 なんてこった。俺は一気に絶望のどん底へと落ち込まされた。あの女、一体どういう神経してやがる。こんな所に住んでるくせに、交通手段がなくて、どういう訳か通信手段もない。それに加えて、ソードフィッシュの通信システムが完全にいかれてて、ジェットにも連絡のつけようがない。つまり、身動きのとれない状態ってことだ。全く、神様ってのは残酷なもんだねぇ。それなのにあとはもう運を天に任せるしかない。通信システムが直せるくらいの故障ならそれでいい、それともジェットの奴が俺を捜し出してくれるか。
「ま、せいぜい商人さんが来るまでベットでくたばってるのね」
 女はあっけらかんとそう言うと、俺を残してどこかへ出かけていった。変な女だ。こんな正体不明の奴を家においたまま普通出掛けるかよ。
 時間はゆっくりと過ぎていく。退屈でたまらない。トレーニングも欠かしたくないが、なにせ身体が思うように動かない。女が言っていたように、ここは寝てるしかないみたいだ。
 タイタンか・・・・・とんでもない所に落とされたもんだ。
 昨日の夜、あれから女はよく喋った、この星のこととか、商人のこととか、俺の傷の治療のこととか、前に俺みたいに拾った奴のこととか、うるさいくらい喋りまくった。どうやら人恋しかったらしい。だったら引っ越せよ。まぁ、そんなこと俺の知ったことじゃないが。しかし、耳元で甲高い声で喋られるのはいい迷惑だ。ただ、よく喋る割に、女は俺に何も聞かなかった。その代わり、自分のこともほとんど話さなかったがな。おかげで女は俺の名前すらまだ知らないはすだ。どうでもいいってことなのか、あるいは・・・。まぁ、色々聞かれるよりは答えなくていい分煩わしくなくていい。
 
 ・・・・・目を閉じて船を待った。過去が走馬燈のように流れていた。
 まるで死んでいくみたいに、俺は眠りに落ちてゆく。

    <続く>

作/歩致

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