コールド・スリープから目覚めたアタシ、自分を応援しているビデオテープの中のアタシ、『同級生』といった老婦人サリー・ユンの知っているアタシ。
バスルームで、シャワーを浴びながら、「アタシは一体誰なんだろう・・・?」と考えていた。
シャワーから流れ落ちるお湯・・・水・・・波打ち際・・・突然アタシの頭の中からたくさんのイメージ、膨大な記憶(データ)が次から次に溢れ出てきた。
ライオンの口から吹き出る水、プール、学校、お気に入りのぬいぐるみ、先生、青い空と波、スクールバッグ、クラスメイト、ブランコ。
そして、シャトルの中で、開発中のゲートを眺めるアタシ。しかし、突然、機内が無重力になり、身体が宙に浮いた。窓から見える月が割れた!・・・そう見えたのは、窓に亀裂が入ったから・・・。そうだ!アタシ、アタシは!・・・。
バスローブを羽織ってアタシは通路に飛び出した。
「ぉあ!、なんだよ、あぶねぇなぁ。」
アタシは、トイレから出てきた、痩身のモサモサ頭の男にぶつかった。
その男の顔を見つめる。
「あ・・・」
この男と最初にあったのは火星のカジノだった・・・隣の席で微笑むサリー・ユン、『ジュリアって誰?』・・・記憶が錯綜している。
「おい・・」
「ごめん・・・」
「ごめん・・・?」
男は、アタシがいつものアタシではないことに気付いたようだ。
こいつに記憶が戻ったことを伝える?
「アタシ・・・行かなきゃ・・・」
それよりもやるべきことがある。アタシはモサモサを後にして走り出した。
自分が何ものか、どんな友だちがいて、どんな暮らしをしていたか、を思い出した今、それを確認するために。
レッドテイルのエンジンをかけた途端に、赤い髪の女の子が窓の外に顔を出した。エドだ。
「おでかけさ〜ん、どこいくの〜?」
『そういえば、この子が女の子だと最初に気付いたのはアタシだったな・・・』
と思いながら、アタシは微笑んだ。
「自分の居場所を思い出したの。」
「いばしょぉ〜?」
「アンタも待ってる人がいるんだから、居場所があるんだから、探していくといいわ。」
「ん〜?」
「それが一番いいものなんだから。」
アタシはビバップから離れた。クララの言った『絆』という言葉が胸に残っている。アタシは今、別の『絆』を探し求めている。
坂のふもとにマシンを止めて、アタシは坂を登り始めた。そう小さい頃から何度この坂を登ったことか。この先に自分の居場所がある。自然と駆け足になる。そう、青い空の下、眩しい陽射しの中、いつも、『あたし』はこの坂を駆け足で登っていた!
坂の上には大きな門扉、高い外塀、玄関までの石畳、庭の噴水、モスク調の家が待っているはずだった。しかし、今自分の目の前に広がるのは、もう廃虚と化して十年以上は経とうとしている荒れた土地だった。アタシの記憶の中もので、現存している唯一の物はマーライオンの頭。それも、壊れて地面に落ちている。黄色い太陽の下で暮らしていたあの日々は明らかに『過去』のものだった。ここがアタシの居場所・・・?
アタシは落ちていた棒で自分の部屋のあったところに線を引いた。そこはベッドのあった場所。ビデオで「おはよう、あたし」と言った場所。
寝転んで、赤く染まった空を見上げるとアイツの言葉を思い出した。
『過去はどうあれ、未来はあるだろ?』
作/かまかま