蛙が潰れている。
 人通りの少ない道路を、冷たい雨が叩く。蛙も叩かれる。肌に艶はない。生気の失せた蛙の亡骸。

 蛙は数奇な運命をたどった。
 生まれたのは川。川か。左右も下も、固く閉ざされ、水の流れは微々たるもの。蛙は、これを川だと思って育った。
 唯一開かれた水面から、陸へ上がるようになった。壮絶な騒音に肝を潰した。橋の上を闊走する鉄の塊。地を均(なら)しているように見えた。時折鳴る、銃声。塀の中から、聞こえた。
 河原には、見覚えのあるものがいろいろあった。薄くて透き通った袋や、固い筒を見ると安心した。特に固い筒は気に入った。中で鳴いてみると、鳴き声がはね返って幾度も響いた。
 外の世界は蛙にとって、大きすぎた。河原から上に行こうにも、固められた崖が邪魔をした。道はあった。遠い。行った。

 そして登った。辺りは暗くなる。寒い。本能は眠りを命じる。場所がない。
 世界は、もう蛙にとって何の価値も持たない。全ては破壊された。蛙は蛙ではいられない。全てが不都合になった。

 蛙は独り、その場に眠った。動かず、死んだようだった。夜が更ける。蛙の頭の中には、地上で見た奇怪な物たちが巡っていた。騒音、崖、高い塀、鉄の塊。

 翌朝蛙は目覚めなかった。雨。周りの音たちは消えていた。
 少女は傘をさして蛙を見ていた。蛙は醜かったが、少女が目を離すことはなかった。蛙の、もう動くことのない口から、行き場のない呪詛(じゅそ)が漏れているように感じたからだ。
 雨は小降りになった。珍しく、演習場の銃声はなく静まり返っていた。雨が傘を打つ音は次第に小さくなった。静寂----長くは続かない。

 何事も始まりは唐突である。装甲車はけたたましい騒音をたてて、少女を蛙と同じくした。秩序の崩壊は速い。蛙の見た世界は、荒れ果てた廃墟のようなものだ。征服者は、自らに都合の悪い世界を、知らず知らずのうちに築く。

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