ティル・オイレンシュピーゲル
第7話 ヴェックブロート
ティルとその母親が住んでいる村には、ある風習があった。その風習というのは、ある家の家長が、家畜をほふった後、近所の子供たちがその家に行き、スープやらお粥やらを食べる、というものである。その風習は、ヴェックブロートと呼ばれていた。
さて、そんな村にある小作人がいた。彼は、食事に関してはけちであったが、ヴェックブロートに来る子供たちに帰れ、と言うわけには行かなかった。そこで、けちな小作人は、ヴェックブロートを目茶苦茶にしてやろうと企んで、硬いパンの耳を切って、大きな牛乳鉢の中に入れておいた。子供たちが入ってきた。そこにティルもくっついてきた。子供たちを中に入れ、扉の鍵を閉めて、食事が始まった。パンは食べきれないほどだった。一人が満腹になって帰ろうとすると、小作人がやってきて、その子の腰をムチで打った。この膨大な量の食事を子供たちだけで片付ける羽目になってしまったわけだ。さらに、この小作人はティルのいたずらのことも耳にしていたので、特に注意して見ていた。また一人、犠牲になって、ティルはことさら強くたたかれた。そんなことが、子供たちがパンを全部平らげるまで続いた。これは子供たちにとって、犬に草をやるような、実に健康に良い体験であった。
それから、このけちな男の家に、ヴェックブロートに行く子どもは、一人もいなかった。
次の日、けちな家長は外出の途中でティルに会った。家長は言った。「ティル君、いつまたヴェックブロートに来てくれるかい?」「4羽の鶏がひとかけのパンを奪い合うようになれば」「じゃあ、うちのヴェックブロートには当分来ないんだね?」「脂ぎった濃い味のソーセージスープが出れば、むしろこちらから行くところですよ」ティルがこう返すと、家長は用事がある、と言って行ってしまった。
ティルは、その男の鶏たちが、表にエサをつつきに来るのを待った。さらに、20本以上もの糸を2本ずつ、真ん中で結び合わせると、その端をパンのかけらに結んで、パンだけが見えるようにして隠しておいた。鶏たちが一斉にヒモ付きのエサをつつきに来た。だが、一羽としてエサを飲み込むことは出来なかった。ヒモのもう一方の端を、別の鶏が引っ張っていたからである。パンは大きすぎて飲み込めず、吐き出すことも出来なかった。そうして、200羽もの鶏が互いに向き合い、エサをのどに詰まらせて引っ張り合うことになった。
ある日、ティルは母親と一緒に、村の教会で開かれる大市に出かけた。ティルはそこですっかり出来上がってしまい、そこに誰にも邪魔されずにぐっすり眠れそうな場所を見つけた。中庭の奥の方に、蜂の巣箱が積み上げてあり、そのそばには空の箱もたくさん。ティルは、その空の巣箱の中に入って、ひと眠り。昼間から真夜中まで、ずっと眠り通しだった。母親は、ティルの姿を見かけないので、もう家に帰ったのだと思っていた。
その夜、泥棒が2人現れて、蜂の巣箱を持っていこうとした。1人が言った。「もちろん、一番重えのが一番いいやつだぞ」と、1つ1つ箱を持ち上げて調べていくと、ティルの寝ている箱が一番重かった。「これが一番いいやつだ」と言って、その箱をかついで行ってしまった。
その間に、ティルは目を覚まして、泥棒たちの悪だくみを聞いた。外は真っ暗で、相手の顔はほとんど見えない。ティルは前を歩いている男の髪を握って力いっぱい引っ張った。男は、これを後ろの男の仕業と勘違いして、バカヤロ、髪引っぱんじゃねえ、と言うと、後ろの男は「何寝ぼけてんだよ、どうしておれがお前の髪を引っぱんなきゃなんねえんだよ。この箱だけで手いっぱいなのに!」こりゃいいや!とティルは笑った。もう少し進んでから、今度は後ろの男の髪も思いきり引っ張った。男は顔をゆがめて怒鳴った。「俺は肩がメキメキ言ってるのに運んでるんだぞ。俺に髪を引っ張られたとか言って、お前こそ!頭の皮が剥がれそうだったぞ!」「テメエこそ大嘘つきめ!どうやって髪の毛なんて引っ張るんだよ、前を見るので精一杯なのに!お前が俺の髪を引っ張ったんだろうが!」
そうやって巣箱を運びながら喧嘩は続いた。しばらくして、喧嘩が最高潮に達すると、ティルは前の男の髪をまた引っ張った。その拍子に、男は頭を巣箱にぶつけてしまった。これには男も本気になって、巣箱を地面に叩きつけ、後ろの男をボコボコに殴った。後ろの男も巣箱を投げ捨て、前の男の髪に飛びついた。そのまま取っ組み合いになり、もつれているうちにお互い居場所がわからなくなった。結局2人は闇に紛れて消えてしまい、巣箱だけが残された。
ティルが巣箱から顔を出してみると、まだ外は真っ暗。明るくなるまでそのままでいることにした。明るくなって外へ出てみると、自分がどこにいるのか分からない。あてもなく歩いていくと、どこかのお城にたどり着き、ティルはそのお城に仕えることになった。