第1話
男は自分を疑った。
「ここはどこだ?」
周りを見てみた、おそらく街道だろう。
「俺は誰だ?」
自分を見た、何もわからない。
男はもう一度周りを見た。
足元に鞄が落ちていた。
中を開けてみる、何も入っていない。
その下に何かが落ちているのに気がついた。
財布と、手帳と、封筒…?
男はまず財布をみた。中身は空っぽだった。
次に男は封筒を開けてみた。
なかには書類が入っていた。
男はそれを声にだして読んでみた。

「勇者育成学校ハルマイド入学許可書…
 当学校は汝の入学を許可します。
 アルキイム暦445年2月14日」

簡単で短く、それでいて確実な文章だった。
男は当惑した、自分は一体何者なのだ、と。
次に男は落ちていた手帳を手に取った。
表紙には日記、と書かれている。
ぱらぱらとページをめくるが、全てのページが白紙だった。
いや、最初にページにだけ何かが書かれていた。
男はまたしてもそれを声に出して読んだ。

「445年2月11日。もうすぐ、僕は晴れてハルマイドの学生になる。
 魔族との戦争が続く中それに対抗する勇者を育てる為の学校だ。
 僕自身、魔族との戦争で家族を失った。
 もう、何も失う物はないと思って入学を決意したが、
 いざここまでくると、やはり緊張してしまう。
 なんていうかな、やっぱ恐いんだよね。
 けど、もうアパートも引き払ったし、帰るところもないし。
 新しい人生っぽくていいじゃないか。」

そこまで読んで男は思った。

(だからって自分の記憶まで新しくする必要はないんじゃないか?)

この日記を書いた男が自分だと思い彼は少し安心した。
そして、日記を読むのを続けた。

「だから、日記帳も新しいのを買った。
 これが僕の新しい人生を綴るものとなるのだ。
 なーんて、かっこつけるのも」

日記はここで終わっていた。

最後の文字は書いている途中に何かあったかのようにひしゃげていた。
(ひょっとして、ここで日記を書いてる途中に盗賊か何かに襲われたのか?)
男は財布の中身がなかった理由を、盗られたから、だと思いもう一度周りを見回した。
自分の靴で踏み付けていたので気がつかなかったのだが、靴の下にはカードがあった。
男はそれを手に取りカードにペンで書かれた文字を見る。
《カシュウ=ベルナンド》
カードにはそう書かれていた。
男はそれが自分の名前なのだろうと思い、情報を整理してみた。

(俺の名前はカシュウ=ベルナンド。
 家族はいない。恐らくこれといった身寄りもいないだろう。
 ハルマイド、という勇者育成学校に入学が決まっていて、
 今はそこに行く途中。
 しかし途中で物取りか何かに襲われ、その時に記憶をなくした。)

そこまで考えてから男…カシュウはカードの裏を見た。
カードの裏は特に何も書かれていなかった。
黒いカード、真ん中に色違いの円があるだけだった。
カシュウはなんとなくその円に指を置いてみた。
すると突然カードに文字が浮かび上がってきた。黒いカードに緑の文字で。
カシュウはその浮かび上がった文字を読んだ。

「性別、男性。
 レベル、25。
 属性、大地。
 得意武器、剣。
 ……これは…ステータスか?俺の」

カシュウはなんとなくそれが何なのか分かった。
記憶は完全に無いが、知識はある程度ある。
それが分かって安心したのか、カシュウは深呼吸をして立ち上がった。

「とりあえずハルマイドに行かないとな」

カシュウはそう言うと、立ち上がって歩きだした。
どちらに行けば良いのかなぜか分かった。振り返ってはいけないということも分かった。
夕日がカシュウを照らし長い影を作る。
その影が、ペンを持った死体を黒く染めたのを気付かずに、
カシュウは歩き続けた。
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