…もう、ここまで…か…・キハーノは、”炎の英雄”がいるという噂のある洞窟の最奥地でモンスターに囲まれていた。
…道を間違えたか…いや、今はそんなことより…
目の前に立ち塞がる敵を見やる。
ざっと5、6匹、一人で相手にできる数ではない。
それでもここまで来れたのは、右手に宿した烈火の紋章のお陰。
しかしその術もすべて使い切ってしまった。
…残るは、この腕一つ…
スラッと腰の剣を抜き構えてみた、
が、どちらかと言うと紋章術を攻撃の要とするにとっては、ハッキリ言って剣はお飾りでしかない。
…荒唐無稽の旅も、これで終わりか…もう少し自分の運を考えれば良かった…
そう後悔しながら、高く剣を振りかざし敵を打つ――
カーンッと小気味良い音と共に伝わってくる手の痺れに耐えながら、なおも剣を振りかざす。
しかしながら、やはり素人の剣はスキだらけであり、
空いたわき腹を攻撃され、鋭い痛みが全身をかける。
「かは…っ!!」
思わず吐き出した鮮血と同時に、ふらりとよろける。
…く…、こんなことなら、素直に体力づくり団長編…こなしとけばよかった…
ふっと意識が遠くなる刹那、敵の後ろから、人間の張り上げたような声が聞こえた。
その声は、今さっき頭を掠めた人物のものに、よく似ていて…
迎えに来たってのか…ジジィ…
そう声にならない声を呟いて、ついには意識を手放した。
・・・
『悪の手先め! このフレッド=マクシミリアンが成敗してくれる!!』
’とうっ’という掛け声が聞こえんばかりに、フレッドは少し高めの岩場からジャンプし、モンスターの懐に走りこむ。
「まっ待ってくださいっフレッドさま〜〜〜〜〜〜っ」
たどたどしい足音でリコがフレッドの元についたときには、既にモンスターの殆どがくたばっていた。
「さっさすがですっ! フレッドさま!!」
少し息を切らせながらも、リコは団長に拍手喝采する。
「まぁっマクシミリアン騎士団団長として当然だ!」
ビシッと意味も無くきめてから、フレッドはさっさと前へ進む。
いつもなら、ここでまた、たった一人の団員リコが慌ててフレッドのあとを追うのだが、
今回はフレッドの目の前は行き止まりとなっており、リコはふぅと息を撫で下ろしていた。
「行き止まり…か。では先ほどの分かれ道を今度は左へ行くぞ!」
バッと腕を振り、行き止まりを背にまたさっさと歩いて行こうとするフレッドにリコは、やはりいつもの言葉をかけることになる。
「フ、フレッドさま〜〜〜っ少し休みましょうよ〜〜〜〜っ」
「何を言っている、リコ! この間にも悪の芽は増殖し続けているのだぞ!」
「で、でも〜〜〜…。あっフレッドさまっっ! こーゆー行き止まりの場所には物資補給のアイテムが…」
そうリコが見回した先には、まさしくそれらしい影があり、タタタッと駆け寄っていった。
なんせ騎士団と言っても2名のみ、おまけに団長は団費などを気にかけることもなく、
健気な従者はヒマを見つけては薬草をせっせと摘んで、おくすり代を浮かせたりしている。
それはとりあえず。
リコの後を、フレッドは仕方なさげに付いていった。
「む…行き倒れか…哀れな」
それは白骨化はしておらず、まだ日が経っていないことが見て取れる…
と傍観していたフレッドの耳に、
「きゃぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」
リコの叫び声が貫通する。
「どうしたっリコ!」
おののくリコにフレッドは顔をしかめる。
「フ、フレッドさま〜〜〜〜っ! い、いま、この人が…!」
「なんだ、動いたとでも言うのか?」
ふっかけ半分に言ったフレッドの言葉を、リコはぶんぶんと勢いよく頷いた。
「な、に…?」
そう目を見開いて、フレッドがそれに顔を近づけた。
すると、そこからは僅かながらの、
今にも途切れそうな息遣いが、頬をすべっていったのだった。
・・・
「…!!」
バッと起き上がると、は鋭い全身の痛みに体を縮ませた。
「痛…」
そう目を細めながら周りを見やる。
知らない部屋、見慣れない風景に眉を寄せる…
「(私は―――…助けられたのか…?)」
全身の痛みが教えてくれる、あのとき私は死を覚悟した…なのに。
バタンッ
痛む頭で必死に思考を巡らすのいる部屋のドアが、勢いよく放たれる。
その音に肩をすくめてからゆっくりそちらを見やると、仁王立ちをしている男の姿が見えた。
顔はよく見えない…どうやら視覚も少々やられてしまったようだ。
「やっと起きたか!」
部屋に響き渡るほど大きく、そして聞き覚えのある声。
「(この声はあの時の…)」
が思い起こしている間に、男はタンタンタンと近づいてくる。
ハッと視線を下から戻すと、の目線の先には黄金の鳥を宿した甲冑があった。
「これ…」
躊躇いもなくはその甲冑に手を触れると、指でその鳥をなぞった。
「な、なんだ…?」
フレッドは突然のことに固まったが、どうかしたのか、とを覗き込む。
え? と、我に返ったが顔を上げると、そこには超どアップのフレッドの顔があった。
「わッわわわ…!!!!!!!」
は思いっきり身を引いた、引きすぎてベットの背に頭を打ってしまうほどに。
「(な…なんつー顔してるんだ…)」
高ぶった心臓を落ち着かせながらフレッドの方を見ると、どうやら驚いてる様子がわかったが顔の表情までは見えずに、少しイカれた視覚に少し感謝した。
目と鼻つもしれない至近距離で紫電の瞳が真っすくこちらを見ていた。
「(恵まれた顔をしている…)」
そうが一息入れると、今度は静かにドアが開いて、小さな子が部屋に入ってきたのがわかった。
「あっっっ! 起きられたんですね!!! 良かった〜〜!!! 大丈夫ですか???」
可愛らしい声から女の子だとわかる。
「ああ…これは君が…?」
「あッ///はい! こちらで応急処置に詳しい方と一緒に! 安静にしてらっしゃれば治せる傷だとおっしゃってました!!」
「そうか…ありがとう…」
「いっいえ! どんでもありません!!!!」
「いや…本当は死んでいたところを助けて頂いたのだ…なんと礼を言ってよいか…。
私は・キハーノ。…旅をしている。失礼だが…」
そうフレッド達を見やると、彼はビシッとポーズを決めて名乗った。
「俺はマクシミリアン騎士団団長、フレッド・マクシミリアンだ!!!」
「わっわたしはっマクシミリアン騎士団団長付き侍従長兼運搬補給係のリコです!!!」
あのリコがよくもまぁこんな長い台詞を言えた事に拍手ものであるが、
は別の部分で気をとられていた。
…マ、マクシミリアン騎士団…だって!?
は目を瞬かせ、男を見る。
「貴公が…マクシミリアン…団長?」
「ああ! 祖父から引き継いだこの騎士団、今はまだ団員1名だがいつか必ず立派なものにしてみせる予定だ!」
どん、と胸を張るフレッド。の開いた口は、それを聞くと突然笑い出した。
「はははははははははははは!!!!」
「なにがおかしい!」
いきり立つフレッドをは片手で制止ながら、今度はリコの顔をまじまじと見つめた。
「ふ〜ん…そっか、なるほど…」
「な、なんでしょうかぁ…さん…」
「いや…、さぞや団長の世話は大変だろう」
「え!?!?!! いえっそ、それは!!! じゃなくって、私は世話ではなくて侍従長兼補給…」
「――殿、もしやして…」
リコの言葉を遮り、フレッドはさらにに近づいてきたかと思うと、ベッドの彼女に突然覆いかぶさり、双肩をがっしりと押さえつけた。
「んなっ…!(まさかあの罰まで引き継がれてるのか!?)」
「ふ、フレッドさま!?!?!!!!!!!!!」
驚愕する女子2名。そんなことお構いなしにフレッドはベッドに押し付けたを見つめ――
「我が騎士団…いやっ祖父のことをご存知なのか!!!!」
「(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?)」
拍子抜けするの肩を今度はゆすりながら
「ご存知なのだろう!? 隠す必要などあるまい!!」
と、続ける。
「ちょっ…痛ッ…待てって…」
「ふ、フレッドさま!! さんは安静にしてないといけないんですから〜〜〜〜〜〜〜〜」
「さぁ! 遠慮などいらないぞ! 話してくれ!!」
ぷち。
「話すも話さないもまずは貴様が放せ!!!!」
ドカッと、はフレッドの鳩尾(みぞおち)に膝蹴りをくらわせた。
ベッドから転げ落ちそうになるのを何とか踏みとどまるフレッドだが、さすがに急所は効いたようで苦そうな顔をする。
「だっ大丈夫ですか〜〜〜〜〜〜〜〜!!?!?!」
と、二人の間を走り回るリコ。静かに睨みあう二人。
先に視線を外したのはであった。
「…悪いが、貴公の爺様のことなど知らぬ」
「・・・・・・・・・・・・・・・ウソをつけ」
「な(カチーン)。風の噂で、マクシミリアンという間抜けな騎士団がいると聞いただけだ!」
「なんだと!!! 栄誉ある我が騎士団のどこが間抜けというか!!!」
「団員1人で騎士団なんてよく言えたものだな!」
そうが言い放った次の瞬間、3度目となる部屋のドアがバシィンと開かれ…
「うっさいよっこの文無しが! 出すもん出して出でおゆき!」
宿屋のお上らしき風貌の女がドアの前で仁王立ちになっていた。
「…文無し?」
が聞き返すと、女はフレッド達を指差し話し始めた。
「あんたが瀕死で運び込まれたまでは良いが、こいつら一文無しときた。
何度も追い出そうとしたんだけど、あんたが金を持ってるからって。
さぁ払っとくれよ! 5日分の宿代をさ!」
「な…5日!? 5日も寝てたのか、私は」
「は、はい! 本当によくお休みでした!!」
リコがハキハキと言う…されても困るのだが…
「さぁさぁ! 持ってるんだろう! こんなマクシミリアンだかマキシマムだかわからないエセくさい騎士の相手はしてられないよ!」
「な、なん…」
フレッドはカッとして女に取って掛かろうとする、が
それをは制止し、おもむろに左手薬指にしていた指輪をはずし、女に差し出した。
「この村に鑑定屋はあるか」
「あ、ああ、あるよ…」
女はすっかりの気に飲み込まれていた。
「…これは我がシルバーバーグ家に伝わるシンダルの指輪。ツケ代と世話になった礼だ、好きにすればいい」
「な、なんだって? あの…?!」
そう言うと、女は指輪をぶん取り鑑定屋へ向かうだろう部屋を出ていった。
その後姿を確認すると、ぼーとしている騎士団二人を見て言った。
「逃げるぞ」
「…逃げる、だと?」
「ええっえええ!?」
「ほらっ早く!」
「ふざけるな! 敵に背を向けるなど騎士にあるまじき行為だ!!」
「フ、フレッドさま〜…お上さんは別に敵ではないと…」
「つべこべ言わずにとっとと―――」
フレッド達の手を無理やり引き、足をひきづりながら背で裏口のドアを開けようと、ドンと押したところ
ドアはあっけなく後ろへ倒れ、そのままは後ろに倒れそうになってぎゅっと目を閉じた。
しかし予想していた衝撃はなく、そっと目を開けると、またしてもフレッドが超どアップで映っていた。
「!!」
「大丈夫か」
じっと見つめるフレッドの手はの背に回されており、どうやら倒れる前に支えたようだった。
まさしくその体勢はタ●ラヅカの客に見えないようにするキスシーンさながら!(…)
は必死の思いで、首を縦にだけ振った。
「…そうか…わかった」
納得したように頷くフレッド。はワケがわからないが、この短時間ながらフレッドの性格がわかってきたので、何やら嫌な予感がしてならない。
「マクシミリアン騎士団は正義に元に。正義とは悪を滅ぼし弱きを助けるにあり!!」
そう叫ぶと、そのままを抱きかかえ(お姫様抱っこ希望)走り出す。後に続くリコ。
宿の主が戻ってきた時には、既にひと山先まで逃げ去ったあとであった…