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平成十三年八月九日(木)。

 ご無沙汰しております。今月に入って今日まで動物としてちょっと問題な日々を送っておりました。でもどう問題かはひみちゅ。

 動物として問題なのですから当然それ故に人間としてもちょっと問題な日々です。でもあくまでどう問題なのかはひみちゅ。だって、まだ現在も多分問題な状態なんだもん。

 それどころか、よくよく考えてみればずっと前から問題な状態でこれからもずっと問題な状態が果てしなく続くような気がしてきました。あ、今気づいた、今気づいたこと自体恥ずかしいから誰にも言わないでね。

 だからとにかくひみちゅ。



前回までのあらすじ

 たとえ突然悪の組織に拉致され、改造人間になるための手術を受けても大丈夫なように、白石昇は日々、ムダ毛のお手入れには余念がない生活を送っていた。そしてその願いが叶ったのか、現れたのはカボチャの馬車。

 突然仕事場に現れた大ボスの手先に拉致られることになった白石昇は、ガラスのハイヒールを履きいそいそと出かけることになった。果たして十二時までにお城をあとにできるのか? そして大ボスは真性Mとしてガラスのハイヒール責めにどういう反応を見せるのか?


 わたくしはバイクの後部座席に乗せられあっさり事務所に拉致されると、ボスに引き合わされました。ボスは、「ズボン持ってる?」とわたくしに聞きます。わたくしは自分の足を包んでいる十三年物のジーンズを指さし、「これならあります」と答えました。当然ジーンズは穴だらけです。正確に言えば穴は開いていないのですが、つぎはぎだらけなのです。

 さらに正確に言うなら、クメール王国に入国する際、官憲に見つかって着服されたりしないよう衣服に紙幣を縫い込むことを常としているベトナム国籍の夜の職業属性を持つお姉ちゃん達がプノンペンの高級ディスコのVIP席のソファで、素晴らしい、と最大級の賛辞を送るくらい巧妙な、つぎはぎに見せかけた隠しポケットも完備しております。

 ボスは隠しポケットの説明に笑顔を見せながら、「じゃあ僕のを貸してあげよう」と言いました。そしてわたくしはウエストを測られ、紙に名前を書かされ、デジカメで写真を撮られました。外国人なので指紋押捺もさせられるかな、と思ったのですが、それはありませんでした。

 しばらくすると、ボスが重役をしている会社の作業上着とズボンが運ばれてきました。胸ポケットにはさっきデジカメで撮った写真を貼り付けた社員証が入れられています。会社名と私の名前が書かれていて、役職の所には、通訳、と書いてやがります。

 ああそうか、そういうことなのか、と、そこでわたくしはようやく去年突然起こった、 ボスとの素敵なひとときを思い出すことが出来たのです。

 どうやらわたくしは今日また再びボスの手下になったようです。しかしいつまで手下でいなければならないのかは良くわかりません。

「じゃあ十一時半に迎えに行くから、それまでアパートにいてね」とボスは言い、わたくしは再び手下様のバイクに乗せられ一旦部屋に戻りました。

 そして約束の時間になると、わたくしはアパートから車に乗せられ、去年と同じように日系大手自動車会社で見積書関係の通訳をさせられました。わたくしがいたっていなくたってあまり関係なく、お約束的に最初から受注が決まっているような雰囲気の会議通訳でした。

 それで、何もかもが終わった後、当然のようにボスは白い封筒を差し出してきたのですが、困ったことにわたくしは仮にも無収入を売りにする藝人として、不法就労をしない方針を取っておりますので、それを受け取るわけには行きません。

 しばらく非常にアジア的な封筒の押し付け合いがつづき、わたくしはほうほうのていでその白い封筒の受け取りをお断りいたしました。去年のように 現物で受け取るということも考えたのですが、あいにく米は先日買ったばかりで、しばらくの間、食料には不自由していないのです。

 それで協議の結果、今日も含めて全部で四回、ボスの手下としてただ働きする代わりに、ノンイミグラント査証という観光査証よりもいろいろと便利な査証を取得するために必要な書類をボスが重役をする会社で準備していただくことにしました。

 これで次回の査証更新時には、去年のクアラルンプールの時みたいに泰国領事館で、不法就労しているなどとあらぬ疑いをかけられて虐められたりすることもなくなるでしょうし、匿名掲示板やこの国の日本人社会のあちこちであらぬうわさを流されることもなくなるかもしれません。

 でもそんなことよりも何よりも、わたくしはあと三回、地元の社会に貢献できると言うのが一番有り難いのですけどね。いままでわたくしは、まわりに住んでいる工場労働者の皆様から向けられる、「なんじゃおどりゃこの外人は毎日部屋に閉じこもってなにしてんねん儂らが二交替で休みなく働いとんのにボケ」的な当然河内弁ではなく泰語の視線が痛かったのです。

 これでみんな、あたしの四十四万ドルの笑顔を無視せずに笑いかけてくれるようになるかなあ。なにしろあたしは地元社会に貢献したのですからそう邪険に扱われれる筋合いなど内のです。まあ今までも邪険に扱われたことは無いけどね。みんな可愛がってくれたらいいなああたしのこと。

 そうです。わたくしは結局のところ外人としてもっと地元で可愛がられたいのです。
   



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