2004-4-25
DVDの感想である。
アポロ宇宙船が初めて月に人類を送り出したのが1969年、3人の宇宙飛行士を載せたカプセルが海上で回収された後、飛行士らは厳重な隔離施設で検疫を受けた。その根拠の一つが、この「アンドロメダ病原体」の空想科学小説であったと記憶している。
私が見たのはテレビの映画番組で、今でもかすかに覚えているほどだから、印象的な映像だったのだろう。今あらためてDVDを見てみたが、良くできている。
● ストーリ
アメリカのいなか村に小さな軍事衛星が不時着、数十人の村民のほとんどが即死。衛星回収の2人の軍人も、村に到着するなり即死。直ちに軍の非常態勢が取られ、専門の科学者4人が軍事施設に招集され、原因究明と対策が開始される。科学者2人が現地調査すると、泣き止まぬ赤ん坊とアル中の老人のみが生き残っていた。ちなみに、一応ハッピーエンドである。
日本語訳の本を買った記憶があり、表題の「アンドロメダ病原体」に古本屋のおばさんが恐怖していたことを今でも思い出す。残念なことに、この本は今は手元になく、内容も覚えていない(名作らしい)。DVDのタイトルが「アンドロメダ…」と訳の分からない表題になっているのは「病原体」ではインパクトが強すぎる、という判断であろう。英語のタイトルは「the
Andromeda Strain」であり、strainは種族・系統の意味を持ち、もちろん微生物学用語でもある。
● SF映画の古典的佳作
「アンドロメダ病原体」の小説の作者は映画ジュラシック・パークで有名なマイケル・クライトン氏である。この事実はジュラシック・パークを知ってしばらくしてから知った。内容はまるで違うものの、生命を扱っている点は同様である。
「アンドロメダ病原体」については半ばあきらめていたが、最近再評価されたらしく、SF映画の渋い秀作として知られているようである。そのため、こうして最新のDVDを購入することができた。DVDの画質は抜群で、詳細まで見ることができる。
派手なアクションを期待すると思いっ切り裏切られる。最終部に急展開はあるものの、壮大な見せ場もなく、イライラするほどのテンポで事が進む。逆に、終始精密な画像であり、遅いテンポがかえって恐怖感を盛り上げている。
音楽がとてもシュールであるのも特長である。生のシンセサイザ丸出しの人工音である。冨田勲やウェンディ・カルロスがいなければ、今でもムーグ・シンセサイザあたりはこのような音を出す特殊装置であり続けたのだと思う。
● 画像
なにしろ、コンピュータ・グラフィックスが無かった時代の映画である。コンピュータ・グラフィックスに見えるのは、手作りの特殊効果のようである。出てくるコンピュータの画面は、今は懐かしい、緑の文字画面を駆使してグラフィック表現する画面で、また、ベクタ・グラフィックと呼ばれる古い図形表示装置の画面もある。
テレタイプもあり、懐かしいASR-33系の、独特の膨らんだ「A」が特長の活字が大写しになっている。それにしては、超高度なテレビ会議システム(オールアナログ?)が出てきて、びっくりでもある。
生物学がテーマなので、電子顕微鏡や質量分析器が出てくる。病室には血液分析装置も持ち込んだようである(模型かもしれないが)。
とにかく、画面の作りが細密で、今見ても面白い。事情があって、私は病院の設備等には不安感を抱かないのだが、子供の頃を思い出してみると、こうした精密機械にはどこか得体の知れ無さがある。4人の科学者の役者の演技も抜群で、それぞれが底知れぬ知識の持ち主として描かれている。
● 時代背景
この映画、時代背景が分かっていると、さらに面白く楽しめる。1970年頃の世界である。東西の冷戦真っただ中で、宇宙生物が来なくても、単純な軍事上の行き違いで地球が冗談抜きで明日にも壊滅するような時代であった。第二次世界大戦は過去のものになりつつあり、先進国は繁栄を誇っていたが、そこはかとない不安が蔓延していた。
アポロ宇宙船については冒頭で述べた。電子計算機は一般人にはなじみのないものであったが、たとえばデータベースは完成の域にあったから、映画で検索が瞬時に済むのは原作者も体感していたと思う。
現代では「アンドロメダ病原体」と直接呼ぶのが控えられるほど、新興感染症が問題になっている。映画の時代にはAIDSもSARSも無かった。抗生物質が万能に思えた時代で、感染症に関しては現代よりも楽観的な時代であった。この意味では、「アンドロメダ病原体」は地球外ではなく、人間の居住地のすぐ近くにいた、ということになる。
● 特典映像ほか
原作者マイケルクライトン氏の長時間の解説がある。ただ、残念なことに英語のみのため、私には半分程しか内容が分からなかった。
本編の映画には日本語吹き替えがあり、若干訳に問題があると思えるものの、やはりありがたい。元の映画のオリジナルのテロップが完全に消されているのは、すこし興ざめであった。
こんな解説でも恐怖感を与えてしまったかもしれないので、私見を加えておく。
まず、地球の生命には何十億年もの歴史があり、地球外からの隕石等も驚くほどの量が落下しているので、「アンドロメダ病原体」があったとしても、とっくの昔に対応済みと思える。映画では、人工衛星/惑星が新病原体を持ち帰ったことになっているが、上述の理由でオールトの雲内どころか数百万年毎の大太陽系への訪問者(恒星など)が引き起こす事象には耐性ができている。意外に我々と深宇宙のつながりは大きいわけで、ワープする人工飛翔物体の開発でもなければ、宇宙生物の心配は無用と思える。
一方、結晶型生命の可能性についてはどうか。増殖する物体という意味では、狂牛病で有名になったプリオンが唯一の手がかりに思える。プリオン病も一地方病であったものが、人間の手で人間社会に蔓延してしまった。プリオンの同定までには何年もかかったが、対応法は従来からの疫学的方法が役立っており、その内容は新聞等で報道されているとおりだ。人間の疾患に関する限り、周知の方法もそれなりに効果がある、ということだ。