あるがまま

最終更新日:2006-04-30

ちょっと森田療法で。
この「あるがまま」はモリタ療法の真髄である。

私は学生の頃、この森田療法を知った。
ちょっと体調を崩していたこともあって。

森田医師は精神科の医師である。
ある種の神経症患者の治療を行っていたらしい。
それは、神経質性格によって不安や恐怖といった神経症症状を
引き起こしているもの。

人生には不安はつきものである。
それに囚われてしまうと神経症などの症状に悩まされる。
その不安をあるがままに認め、受け入れ、日常の生活を
きちんと行うことが治療になる、と。
そのように考えたらしい。
そして、ある種の不安や恐怖、神経症は解決した。
しかし、効果のないものもあったようである。

私は数年間あるグループに所属した。
そして、この森田的な生活を実践した。
「あるがまま」。
不安や恐怖、その他の悩みや苦しみを認め、受け入れ。
それに囚われることなく、日常の生活を行う。
言葉は簡単である。
しかし、不安や苦しみは変わらず、強くなることも多かった。

森田療法に対して賛成意見、反対意見もある。
不安はあるのが当たり前である。
それを認め、受け入れ、日常の生活を続ける。
自己や他者、周囲の現象を素直に見つめ、認め、受け入れ。
自己を生かすこと。

森田医師は、それまで行われていた神経症治療に対して
間違いを見つけ、新たな対処法を行った。
それが「あるがまま」である。

では、全てが「あるがまま」で良いのだろうか。
反対意見をいうものの中にはそれは諦めだという。
あるがままでも治らない患者に対してより適切な治療法が必要である。

この「あるがまま」、簡単であるが難しい。
森田医師は、それまでの間違った理解や治療に対して
「あるがまま」の態度の大切さを話した。
活気的な発見のようだった。

それとは別に、「あるがまま」では解決されないこともある。
自己や他者、周囲について理解する。
現実の事柄や問題に大して正しく理解する。
いろいろな対処法がある。

私は、ユング派の心理学や心理療法についても学んだ。
そして、もっといろいろな理解や解決が必要だと思った。

ある意味で、「あるがまま」の態度や理解は大切である。
そして、他のことも大切である。

森田療法の「あるがまま」。
それを正しく理解し、正しく使うために。
専門医の適切な指導、治療が大切であるという。
専門分野について良く学び、いろいろな患者を治療しているからこそ
適切な対応ができる。

人生には不安はつき物である。
ときに不安は大切な役割を持っていて、大切な働きをしている。

でも、何か不安を感じて、悩んだり苦しんだりしたら。
何が不安なのか。
どうして不安なのか。
ちょっと観察してみる。
ちょっと考えてみる。
分からなければその事実を知るだけで良い。

普段の自己と違うことがあるとか。
自分らしくいられない事柄があるとか。
何か無理をしているとか。
変化に適応できない現実があるとか。

調子が悪いとき、正しい感覚や判断ができないことがある。
専門医の適切な判断、治療が大切である。

ちょっと、そんなことを感じた。

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