社会の福祉

最終更新日:2006-06-10

福祉とはなんだろう。
それは、幸せであること。
子供も、大人も、男も、女も、若者も、老人も、
障害者も、健常者も、強い人も、弱い人も、
裕福な人も、貧しい人も、
その他、いろいろな人にとって幸せであること。

自分にとっての幸せは・・・と聞かれると、
それはその人それぞれで違うはずである。

健康で毎日の生活がそこそこにおくることができればよいとか。
家族が元気で、子供たちは毎日学校へ行き、
大人たちは会社に行き、特別問題や悩みがなければ良いとか。

お金持ちであることとか、ブランド品をたくさん身につけることとか、
良い学校とか、良い会社に行き、地位や名誉をたくさん持ち、
世界のトップに立つこととか、有名になることが・・・
と言うかもしれない。
個人の幸せは、その個人の価値観によるものだから。

社会福祉、国民の福祉となるとどうだろう。
ある地域に、いろいろな人々が住んでいる。
そして、社会を作って生活している。
お互いにかかわり合ったり、協力しあったり、競争しあったりしている。

そこには、まだ生まれたばかりの小さい子がいたり、若い夫婦がいたり、
障害者がいたり、高齢であまり動けなくなった老人がいたりする。
元気な子供たちや、良く働ける大人たちがいたり、
母子家庭の家族とか、病気で働けない人々もいる。
たくさん収入のある人々とか、いろいろな事情から収入がほとんどない人々もいる。
大きな集団を作っている人々や、小さなグループで活動している人々、
個人で活動している人もいる。
社会や国家は、それらたくさんの集団からなりたっているので
あるひとつの状態や価値観では量ることができない。

ただ、いえることは、子供にとっても、大人にとっても、
男にとっても、女にとっても、若者にとっても、高齢者にとっても、
健常者にとっても、障害者にとっても、安心して幸せに生活できること。

強いもの、大きなもの、お金持ち、権力者のようなある特定の者だけが
優遇されて、特別に扱われて、利益を得るような社会であっては
ならない。
それ以外の人たちが負担を背負い、その人たちが損をして被害を
受けるような社会であってはならない。

その個人や家族、その地域の集団でできることは自立して行うが、
できないこと、必要なことはお互いに協力して、助け合って生活すること。
それが、社会全体の福祉ということになるのではないだろうか。

人々が集まって社会を作る。
そして、国を作る。
国民全員で国の代表者を決める。
国を運営するための役所やそこで働く人たちを決める。

国を運営するための資産として、いろいろなところから
資金を集める。
国民から税金を集める。
それを国民や国のために使う。

ある人々が税金の無駄遣い、不適切な使用をしたならば、
その責任を負わせ、厳重に管理すること。
国の代表者だから、特別な役所の人だからということで
税金を無駄遣いしてよい分けはない。

困っている人がいて、苦しんでいる人がいるのに
国が適切にその支援をしないこともよくない。
国が自分たちのかってな判断で一方的な制度を作ったり、
それを行ってはならない。

社会の福祉とはそのようなことであって、
誰かのみが優遇されて得をして、その他の人々が負担をするとか、
困っている人や苦しんでいる人々がいるのに十分な支援をしないとか、
多くの人が負担してある一部の人々が得をする社会であってはならない。

困っている人や苦しんでいる人々をきちんと支援すること、
社会全体でバランスを維持しながら必要なところを助けることが
大切である。

社会のバランスを維持すること、困っている人、苦しんでいる人々を
支援する方法には物質的な面や精神的な面、基本的な生活を維持するための
支援、生活費といった経済的な面、負担を軽減するための免除ということも
あると思う。

福祉とは、形だけ、入れ物だけの福祉であってはならない。
支援する側、支援される側両方にとってバランスされた
ものであること。

それには無関心、無責任であってはならない。
自分のことであり、他者のことであるという意識が必要である。
社会全体の意識が高まり、必要なところへの適切な支援、
不必要でよくない無駄遣いを止めることが大事である。
そして、福祉を利用したお金儲けであってはならない。

日本の福祉の意識がもっともっと高まり、
本当にそれを必要としている人々に適切に行われること。
利用する側、支援をして助ける側両方にとって
きめ細かく行き届いた福祉になりますように。
そのような社会を願って。

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