市町村教育ボランティア研修会

最終更新日:2008-02-26

先日は、市町村教育ボランティア研修会の日だった。
主催は社会福祉協議会?。
1日がかりで、大学教授の講話、障害者の講話、
教職員、役所、施設の職員の障害者疑似体験、
ワークショップ、福祉を考えることなどなど。
受講者は80名前後。
疑似体験は、視覚障害、聴覚障害、高齢、車椅子体験の四つ。
市内の各ボランティアさんたちが指導してくださる。

でも、私は風邪を引いてしまい、欠席してしまった。
一緒に参加するボランティアさんに、
前日の晩のこと、38度の熱があることをメールしておいた。
最小限、講話の役目だけでもすることを伝える。

当日、担当の方から、休養してくださいとのこと。
他の方が講話をしてくださる、と。
で、安心して欠席できた。

この市町村教育ボランティア研修会。
今回が第8回目。

でも、今回で終了。
というのも、当初はとっても景気が良かったらしい。
社会福祉協議会も右肩上がりだった、と。

日本に改革を。
で、福祉は縮小された。
やむなく事業縮小。

ただ、これからも、市内の各ボランティアさんたちに
ボランティア活動、学校でのお手伝いなどなどを
がんばってくださいとのこと。
それはもちろんのこと。

最近、ベテランのボランティアさんたちから聞いたこと。
社会福祉協議会という役所は、天下り先になっている、と。
そこでボランティアさんたちが無償で働いている、と。
こうした構造に疑問がもたれている。
福祉活動が、しっかりとした予算の元で行われる必要がある、と。

ボランティア活動とは、困っている人たちを
みんなで助け合ってより良いものにしていくこと、と。
利益が目的ではない、と。

有償のヘルパー制度がスタートして、
ボランティアの心、福祉の心が衰退した、と。

それはどうしてだろうか?。

利益目的のボランティア活動。
経費が支給される。
労働に対して給料が支払われる。
職業としての制限も生まれる。

いつしか、助け合いの心、相手の苦しみを理解すること、
お互いの喜び、共感が失われてしまうのだろうか?。

例えば。
私は、点訳ボランティアさんにお世話になっている。

で、たまに、点訳のお手伝いをすることがある。
もちろん、無償で。
自前の音声パソコン、ソフト、点字ディスプレイ、
点字プリンタなどを使って。
仕事の合間に行う。
誰かが喜んでくれれば、こちらもうれしいし。

で、最近の国の政策を見ていて。
国の大きなお財布には庶民の血税が詰まっている。
そこから、巨額な財産をどこかへ。
で、それを受け取ったところは潤う。
権力者は、自分のポケットを膨らませて。
なかなか、本当に必要なところには血税は与えられないようで…。

諸外国から見ても、とっても低い日本の社会保障。
GDPで見て、ずば抜けて高い、世界トップの公共事業費。
国土にしめる道路の割合も、高い国でも1.XX?、
日本は3.6とかでずば抜けて高い。

巨額な財源があれば道路がたくさん作れる、
仕事が増やせる、利益が出せる。
田舎では道路が少ない、
高速などの有料の道路は利用者が少ない、
ここに道路の悪循環がある、と。

もし、日本の社会保障費が世界の平均ぐらいになれば…。
もっと変わるのだろう。

でも、福祉がビジネス、利益追求、お金儲けの対象になったら…。
ある福祉企業が、バブルのごとく大儲けをしたとか。
不正な方法で利益を得たとか。
それでは困る。

また、とっても低い勤務医の給料。
病院の経営が悪化して、患者がきちんとした医療を受けられない、
救済されないとか。

学校の教育、職場の環境が悪化して、
病気休暇する教職員が増えているとか。

少子化なのに、女性が安心して妊娠、出産、育児ができない社会とか。

いずれ、それらの大きな問題に対して的確な対応がされるのだろう。
それに先立ち、人々の意識、集団の意識、社会の意識が変わること。
ネットやメディアといった情報網がきちんと知覚して、正しく伝えて。

人の体は、中枢と末梢の間に神経系や血管系が網の目のように
張り巡らされているので、全身に情報や栄養が行き渡っている。
統合中枢、全身の管理がうまく働いているので、
常にバランスを維持しようと働いている。

日本も、そうなると良いな。

ちょっと、そんなことを。

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