介護事業者の質

最終更新日:2008-08-03

現在の日本では、高齢者の介護、障害者の支援等の福祉制度が
徐々に動き出し、機能し始めている。

高齢化の日本、少子化の日本。
そんな中で、年齢を重ねて行くことで周囲の支援が必要になってくる。
また、身体や精神に何らかの障害を持つことでも
周囲の支援が必要になってくる。

そんなとき、もし、家族だけで支えようとすると、
いろいろな面で不自由、不十分が発生してくる。
じゃあ、個人的に専門のヘルパーなどを頼めば、
その人への人件費はものすごく高いものになってしまう。

それらは、よほど環境が整っている、条件が良い場合に限って
成立するかもしれない。
しかし、一般の家庭では経済的にも、人力的にもすぐに行き詰まってしまう。

また、高齢化の進んだ家庭では、老老介護というような、
高齢者が高齢者を介護するようなことにもなってくる。
そして、介護疲れによるいろいろな事件も起こってくる。

そんな中で、日本でも高齢者、障害者への支援、福祉制度が考えられ
徐々に行われてきたのだろう。

海外、特にヨーロッパなどでは福祉先進国もある。
日本の福祉制度はどの国をお手本としているのだろうか?。

その仕組み、流れを見ているとどうもおかしいと感じることがある。
これからの時代、福祉は巨大な産業になる。
福祉は大きなビジネスになる。
福祉サービスを仕事として、経済活動に組み込む。
そして、あるところに利益が集中する。
巨額なマネーを掴むものが現れる。

福祉制度を作るに当たり、条件、枠組みがいる。
高齢者、障害者など、身体や精神に何らかの障害、或いは
日常の生活で不自由なところがあること。

そうした人たちを対象として、何らかの福祉サービスを与える。
家事、移動、生活の中での支援。
それらには基準となる価格が決められる。

例えば。
1時間の外出を介助すると1530円のように。
そして、これらは仕事の難易度によって価格も上がってくる。

福祉サービスを提供する事業者がある。
福祉サービスを受ける利用者がいる。
ここの関係は通常の契約である。

しかし、利用者が必要な福祉サービスを受けるためには
たくさんの費用が必要になる。
事業者も、一般の人々が利用して欲しいわけである。

そこを解決するのが積み立てた財源、公的な支援である。
例えば。
利用者は、収入などに応じて利用料を支払う。
原則1割の自己負担であろうか?。

この制度がスタートして、事業者も急増して、たくさんの人たちが利用した。
それによって起こってきたこと。
財源がパンクした。
たくさんの人たちが利用したことにより、
積み立てた財源はどんどん使われて事業者へ流れた。

もう一つ。
障害者への支援はどうか?。
障害者も、自立支援法という不十分な急ぎの法律により、
原則1割の自己負担となった。
1割であるから、負担は少ないように思うかもしれない。
しかし、障害者の多くは、それゆえに仕事ができない、収入がない、
障害者の基礎年金によってなんとか生活しているケースも多い。
(そうでないケースもごく僅かいるが。)

世界的に見ても社会保障の遅れている日本、
このところ財源がないということで社会保障は縮小されている。
障害者への支援も減少している。
折角始まった介護、支援制度であるが、
既に行き詰まっている。

逆に、介護事業がスタートして、大急ぎで制度を作り、
人材を確保した。
報道によれば、介護事業者で働いているヘルパーさんたちの給料は
ものすごく低いという。
それだけでは生活ができないらしい。
長時間の労働、きつい人間関係、
それでいて安い給料だとすると…。

例えば。
私が利用していた事業者のヘルパーさんたち。
パートさんたちは、仕事が入って都合が良ければ仕事を受ける。
1日働いているヘルパーさんたちは、びっしりと予定が入れられている。

前の利用者が12時から14時までだとして、
私のところが14時から16時のように。
その間の移動時間は組み込まれていない。
で、電話で5分ぐらい遅れますというように連絡が入ることもあった。

また、ヘルパーさんをお願いしたとき、受け付けの方に用件を伝える。
しかし、それがちゃんと伝えられることがないときもときどきある。
それはどうしてなのだろうか?。
これが日本の福祉制度なのだろうか?。

介護、支援等のサービスの基準額はそれほど低くないように思うこともある。
(いや、私の認識が甘いのか?。)
1時間数千円のように。

その内、現場で働くヘルパーさんたちにはどれくらいの割り当てがあるのだろうか?。
五分五分だろうか?。

以前、支援費制度がスタートした頃、私のところにも
事業者からときどき連絡があった。
どんどん利用してくださいね。
どんな用事でも良いから、と。
たぶん、数をこなして利益を確保する方式だったのだろう。

しかし、私が必要なだけしかヘルパーさんを頼まなくなったら、
なんだかその対応も悪くなった。
十分な利益に繋がらない利用者はちょっと…ということなのだろう。

これが、きっと、日本の福祉なのだろう。
福祉ではなくて、ビジネスなのだろう。

本来の福祉はそのようなものではない、と。
私に教えてくださった先輩方も多い。
盲学校で教えてくれた先生方、訓練してくださった方々、
点訳、朗読、ガイド等のボランティアさんたち。

例えば。
障害者ということで言えば。
自分にできることはいろいろとある。
できないこともいろいろとある。
そんな中で、できることは、できる範囲で…。
ちゃんと訓練を受けて行うことが自立にも繋がる。

一方的にサービスを与えることは障害者の自立を阻害することになる。
サービスを与えさえすればお金が儲かる的な発送は悪い。

また、障害ゆえにできないこと、きちんとした支援を受ける必要がある
こともある。
で、必要限度で専門的な、十分なきちんとした支援が必要になる。

今の日本の福祉はどうなっているのか?。
福祉のサービス、企業を作り、どんどん生産して、
利用者に消費してもらう。
すると、マネーがある方向へどんどん流れる。
それはどっちの方向だろうか?。

積み立てた財源から、利用者から、利用料が事業者へ流れる。
その中の一部がヘルパーさんたちへ給料として支払われる。
この流れが一方的である以上財源は不足する。
パンクする。
循環的であるならば、バランスを保ちながら何度も周回する。

これまでにも介護関連でいろいろな事件が起きた。
不正な請求、水増し、トリックによって利益を倍増するケースも。

どういった制度が良いのか?。
質の良い事業者とはどういうものであるのか?。

福祉の本質、基本がしっかりとしていること。
必要なときに、必要なものを、必要な人に、必要な量と質で。

利用者にたいしても適切に。
ヘルパーなどの支援者にも適切に。
利益追求でなく。
一方工でなく。

これからの日本の福祉がより良いものに修正、成長しますように。

ちょっと、そんなことを考えた。
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