コンプレックス

最終更新日:2006-07-06

心はたくさんのコンプレックスからできている、と。
コンプレックスは、感情に彩られた経験の記憶。
抑圧されたもの。
心理的複合体、と。

そのようなことを聞いていて、あれっと思った。
自分の苦手なこと、嫌いなこと、劣等感のようなことを
まるまるが私のコンプレックスです、と使っていた。
たしかに、劣等感もコンプレックスの一つだといえるかもしれない。
でも、心に抑圧している、感情に彩られた経験の記憶は
もっとたくさんあって、大きなものだろう。

例えば。
父と息子の間にあるコンプレックスをギリシャ神話に例えて
エディプスコンプレックスという。

これは、息子が偉大な父親を超えたい、父は息子と対立したとき
行き先を阻むというような面があって、その結果悲劇を生んでしまう
危険性があることを語っている。

といっても、それは人種や民族、社会や国家、時代によって異なる。
父権性の強い社会では、それに対抗する息子の力も大きいとある。
それが一つのバランスを維持している。

偉大な父とそれを超えたい息子。
でも、偉大な父を超えられない息子というのもあるだろう。
そして、息子はそれに押しつぶされてしまうという苦しみがある。
息子が自分らしさを生かして、それに気づいて成長していけば
父と同じくらい偉大な人になるかもしれない。

また、父が息子から見て立派でありたいと願うのに
それがうまく叶えられない。
そして、父はその力に押しつぶされてしまう。
父は息子のお手本であるだろうし、立派であろうし、
でも弱い面もあるだろうし、愚かな面もあるだろう。
そういう中で自分らしく生きられれば良いはずである。

父が力で息子を抑え、また、息子が力で父を抑えようとして、
親殺し、子殺しのような悲劇になるとしたら。
そうならないための安全策、力がぶつからないでガス抜きをするような
ことがあれば良いだろう。
お互いがある程度ぶつかりあうことで相手を知り、自分を知り、
お互いを高め、お互いを思い合えたら。

このコンプレックスでは父と息子の間の関係について語っているが、
立派な父と年頃の娘の間にも強烈な関係があるだろう。

年頃の娘は家を出て社会生活をしようとする。
また、すてきな異性に引かれ、結ばれたいと願う。
でも、父はそうした娘の言動を簡単には許さない。
そして父と娘がぶつかりあう。
父は娘を管理し、束縛し、娘はそれに逆らい、それから逃れようとする。
そのぶつかりあいの中で相手や自己を知り、
お互いを生かし、お互いがつぶされることなく
成長するなら良いと思う。

母と息子の間にもいろいろな思いがある。
息子が成長したとき異性のことが気になり、そして引かれる。
でも、母のような異性を探したり、母の大きな存在につぶされ
異性とうまくつきあえない。
母から逃れられない。

また、息子が成長して異性と結ばれたとき、
その息子の相手が母の気に入らない性質であれば
追い出してしまう。
そこには、母が息子を束縛したい、母として大きな
存在を維持したい思いがある。

そして、母と娘の間にもコンプレックスがあるだろう。

集団にとって子どもはかわいくて貴重であろう。
まだ未熟であって、保護して育ててあげなければ
大人になれず、死んでしまうかもしれない。
そして、子どもたちは父母たち集団に依存しなければ
うまく生きられない。
そうした親子関係からうまくそれが機能するために
親子の間のコンプレックスがある。

人々の心の内には内成る父、内成る母が存在している。
それはときに強く、たよりになり、助けてくれる。
また、驚異であり、それから逃れようとしても逃れられない。

子どもが成長して、社会の意識が出てくると、親と一定の距離を作る。
そのとき、身近にいる異性に引かれる。
男性の心の内には女性がいて、女性の心の内には男性が存在している。

それは父や母に似ている。
兄弟、姉妹にも煮ている。
また、抽象的な男性イメージ、女性イメージでもある。
単純に性別としての男女であるかもしれない。
かっこよく、強い男性かもしれない。
やさしくしなやかな女性かもしれない。

思春期に初めて異性を意識したとき、
内成る無意識の異性像に動かされて
自己の意識ではコントロールできないような
恋愛感情に苦しむことがある。

通学の途中、ちょっとすれ違っただけなのに、
相手のことをよく知らないのに、その相手が世界でただ一人の
自分の理想の異性であると思いこんでしまう。
そのような恋愛感情は長く続かないかもしれないし、
何かちょっとしたことで冷めてしまうこともあるだろう。

でも、そのような恋愛の経験でも、とても幸せな感情を体験したり
落ち込んでいるとき、辛いときに励まして元気づけてくれることもある。

内なる異性像は、理想的なあこがれの異性とは限らない。
暴力的な、不潔な、悪質ない異性のこともあるだろう。
暴力的な異性に引かれ、苦しまされているのに離れることができない。

また、異性が自分よりも強く、賢く、立派であって
自分の思いを伝えたいのに嫌われることが恐くて告白できない。

このように、異性との関係によって助けたり、助けられたり、
励まされ元気づけられたり、傷つけられたり、
いろいろなことがあるだろう。

コンプレックスということで、普通よく使われる劣等感について
考えてみる。

自己や他者を意識し、比べるようになると優劣を意識する。

頭がいい、スタイルがいい、かわいい、かっこいい、きれい、美しいなどは
良い感情である。
その反対が希望しない感情である。

かわいい、かっこよくありたい。
そうすると他者から注目を集められる。
良い気分になる。
スポーツマンの男性は女性にもてたりする。
スタイルの良い女性は男性にもてたりする。

自分のスタイルが悪いと思いこんでしまった女性は
強い劣等感を感じる。
女性の体は性別的な特徴や働きから脂肪がつきやすく丸みをおびやすい。

でも、痩せていてすらりとしているとか、女性の象徴である乳房が
大きく目立っているなどは男性の視線を集めたり、
より女性的であるとされやすい。
そうしたある基準からずれていると劣っていると思いこみやすい。

この劣等感。
比較してみて劣っていると判断することもあるが、
かってな判断で劣等感を持つこともある。

背がとても小さいからとか、背がとても大きいから・・・と悩む。
モデルになりたいのに、長身でないから・・・と悩むこともある。

胸が小さいからとか、胸が大きくて目立つから・・・と悩む。
このように、ある特徴に対して優れている、劣っていると判断する。

自分の得意なこと、好きなこと、自信のあること、
自慢したいことなどは優越感を感じやすい。
話がとてもうまく、人を楽しませたり、笑わせたりする人は、
そのことに優越感を感じやすい。
そして、話の下手な人を批判したり攻撃したりしやすい。

劣等感をいだいていることに対して、実際よりもそれを
マイナスに評価しやすい。
優越感をいだいていることに対しては、実際よりもそれを
プラスに評価しやすい。
でも、劣等感であってもそれほど劣っていないこと、
優越感であってもそこに劣っている面があることの
意識が必要である。

戻る