障害児教育

最終更新日:2006-04-27

私は小学生の終わり頃、全盲になった。
そして、盲学校に転入した。
弱視学級のある普通の小学校から、視覚障害者の通う小学校へ。

当時、全盲になってそれほど時間が立っていなかった。
どんなところなのだろうか?と思った。
きっと薄暗いところなのかもしれない・・・、と。
まだ、自分ではほとんど何もできない。
そう思っていた。
親と盲学校へ登校した。

そして、初めて知った。
建物は普通の学校。
生徒は弱視の人と目の見えない人たち。
先生方は普通の人や視覚障害のある人たち。

授業の科目は普通の学校と同じ。
それと、養護訓練という障害を克服するための訓練などがある。
点字使用者のための点字の読み書きだったり、
白杖をついて外出するくんれんなど。
そうそう、弱視の人はレンズや拡大写本などを使い、
見えない人は点字を使って勉強する。

全盲といっても、できることはなんでもちゃんと
自分で行う。
いろいろな訓練を受けていればかなりのことがちゃんとできる。
とても感が鋭い。

先生は、継続は力ですと言った。
全盲のご夫婦で、立派に子どもを育てている先輩もいます、と。
きっと、すごい人で、人の何倍も努力しているのだろうと思った。

障害児学校は温室。
とても手厚い授業が受けられる。
先生方は、もっと早くから盲学校に入っていれば良かったのに、
と言われた。
たしかに、それもそうだろう。
でも、普通学校でしか経験できないこともあるはず。

盲学校で学んでみて良かったこと。
全盲になって、最初何もできなくなり
希望を失っていた。
でも、すぐ近くに同じような盲人がいて、
いろいろなことを教えてもらったり、励まされたりして
救われた。
見えなくても、いろいろなことが出来ることを知った。
また、努力できるようになった。

それまで、障害者は弱者だと思っていた。
でも、障害者はけして弱者ともいえない。
(いろいろな人がいることは事実だが。)
できないこと、不便なことはたくさんある。
そのかわり、できること、好きなこと、得意なこともたくさんある。

学校生活は結構楽しかった。
辛い、苦しいこともあるが。

高校を卒業して、進路に悩んだ。
大学に進学する人、専門学校に進む人、その他。
ここにちょっとした問題がある。

障害児が大人になり、社会人になり、社会生活を送る。
障害児学校しか知らなかった人が社会に出たとき
不適応になる人がいる。
これは当然のことだ。

社会への適応を考えてみると、障害者がどう自立するか、
周囲がどう受けとめるか、その両方がある。
障害者の教育も大事であるが、社会の福祉制度、
福祉への意識も大切である。
そういう意味で、これからの教育制度では普通の子どもや障害児を分離しないで
なるべく一緒に必要なことを教えることが大切である。
同じクラスでの授業が難しいならば、同じ建物の中での授業。
どこかでお互いを知り、理解することを教えること。

それが、よりよい社会であることに繋がるのでは。
障害のある者にとっても、そうでない者にとっても、
住み易く生活しやすい社会であるために。

そういう社会が来ることを願って、
私は自分にできる範囲で、地域の学校の
福祉授業のお手伝いをしている。

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