小学4年生の福祉授業

最終更新日:2008-01-30

福祉授業

ちょっと、福祉のことで。[m:50]
昨日の水曜日は、市内の小学校で福祉授業があった。
対象学年は4年生3クラス。
講師は、視覚障害者、聴覚障害者、車椅子使用者の合計3名。

で、私は家族のガイドで参加した。
登校時間は午前10時20分。
学校に到着。
先生方、講師の方々と挨拶。

福祉授業は、10時35分から12時30分まで。
35分授業が三つ、間に5分の休憩。

3人の講師たちは、三つのクラスを順に回って授業をする。
同じ内容の授業を繰り返し3度行うというのはいがいと難しい。
子どもたちは、それぞれに三つの障害についての授業を経験する。

で、私は4年1組からスタートして、2・3組へと進む。
教室へ案内される。
4年生は元気。
温かく迎えてくださった。

先生の号令で挨拶。
互いにおじぎ。
これって、儀式のような、イニシエーションのような…。
ちょっとわくわく。
新入生を迎えてくれているようで…。

私とガイドは、黒板を背にして椅子に座る。
そのすぐ前には30数名の子どもたちが椅子に座っている。
机はどかしてある。

簡単な自己紹介。
一つの机を借りる。
そこに持参した盲人用具を並べる。

35分の授業。
長いようでも短い。
何をどう伝えるか。
どういう授業にするか。

前日、学校から授業についての手紙をもらった。
そこには15の質問も書いてあった。
それもこなしたい。

話の初めで腕時計を触って時間を読む。

現在の時刻は10時35分です。

すぐ目の前の子どもに点字のトランプを引いてもらう。
私は、そこに書かれている点字を指で触って読む。

ここにはスペードの7と書いてあります。

常に子どもたちとやりとりを心がける。

目が見えないということは、アイマスクをしたようなもの。
既に障害者疑似体験をしていた。
子どもたちの感想を聞く。

そうそう、最初は暗くて、恐くて、不安で。

私の場合、弱視で見えていた。
そう、4年生のときも。
5年生の終わりに見えなくなった。
6年生の途中から盲学校へ。
クラスの友達は何でもできる。

色々な訓練、普通の授業などを行った。
できることが少しずつ増えた。
それでも、どうしてもできないことは誰かの助けを借りる。
お互いができる範囲で助け合うこと。

便利な盲人用のグッズ。
蓋が開いて針が触れて時間が分かる腕時計。
メモリが触れる物差し、計量カップ。
点字が併記されたカレンダー、トランプ。
音が鳴るバスケットボール、ピンポン玉、キッチンタイマー。
音声が出る電卓、簡単携帯。
作図板、筆記具、白杖。
その他にギター。
子どもたちの気を引く。

途中でメモしてきた質問を読みながら答える。

大変なことは?。

外出だったり、お店での買い物かな。
一人では、店内の移動、商品を探したり買い物ができないので。
そんなときは家族やガイドの助けを借りる。

楽しいことは?。

趣味は料理、パソコン、ギターなど。
料理は、気を付けながら作業をする。
子どもたちに料理のお手伝いをするか聞く。

そう、楽しいよね。

私はパンを作ります。
子どもたちは?。
作る家もあった。

私は音声パソコンを使っています。
ここに音声電卓があります。
ほら、しゃべります。
音声パソコンは、これと同じです。
普通の人たちとメールできます。

外出、道路を歩くとき、信号を渡るときは?。

両方の耳が聴こえると、立体感覚が分かります。
自分との角度、方角、距離。
音の動きを知る。

皮膚で風の動き、太陽の熱。
たくさんの情報を処理します。
足の裏の感覚。
頭の中の地図。
色々と分かるようになります。

時間を気にする。
あと10分。

点字の説明。
6つの点の組み合わせ。
文字の読み書きができる。

質問は適当に終わる。
最後、ギターを弾く。
ケースから取り出す。
調弦。

私はギターが好きで、趣味で。
みなさんもたぶん知っている曲です。
千の風になって。

時間がきて終わり。
先生の号令で、みんなで挨拶。

このような感じで3度行った。
でも、同じとはいかない。
クラスの雰囲気、子どもの反応。
こちら側の調子。

移動のとき、子どもたちが近寄ってくれる。
手伝ってくれる。
話しかけたり、感想を述べたり。
ふれ合いもある。

そして、時間はやや押しぎみで終わる。

今回は、給食をいただいた。
でも、子どもたちとは別。
講師たち、ガイド、手話通訳者たちだけで食べる。
教室で、子どもたちと一緒に食事ができたなら…。

メニューは…。
しらすご飯、春雨サラダ、はっぽうさい、牛乳。
箸、スプーン、ストローがついていた。
それらは給食用のお盆の中にあった。
食器は、瀬戸物?だった。
食事の分量は多かった。
たぶん、大人用だろうか。
味付けも薄味だが、良かった。
小学校などの給食では、塩分は控えめにするらしい。
濃い味付けに慣れてしまうと、薄味には戻しにくいからとか。
カロリー計算もされているのだろう。
病院食とは違う。
おいしかった。

食育というのがある。
だから、メニューにも気を使っているのだろう。
大変だな。
ごちそうさま。

4年生を見ていておもしろいと思った。
先生の案内で教室に入る。
その直前、偵察の子どもがいて、
わっ、きたぞーという。
これ、自分の子どもの頃と同じだ。
どんな思いで授業を待っていたのだろうか。
見ず知らずの障害者群がくると聞かされていただろうし。

先生方の準備を見ると、力を入れている様子が伝わってくる。
「生きる力」を、「がんばること」を、「心の優しさ」を…。
それとも、総合的学習というやりにくい難しい授業に対して
力を入れていたのだろうか。

教室に入ると、子どもたちは挨拶してくれる。
当然だが、差別的な雰囲気はないように感じた。
これは、時代だから?。
昔、障害者といえば、どこか関わらないようにしよう…
という社会の目があったらしい。

で、授業ではクラスによっても雰囲気は違う。
男の教師、女の教師、年齢の違い。
ちょっと恐そうな先生は、よく子どもを注意する。
緊張感はこんなところにも出る。

4年生の子どもの心は…。
色々な性格の子どもがいると思う。
目立ちたがり野子ども。
ストレートな表情、リアクション。

話だけのときは退屈のようで。
盲人用具を見せて説明するとみんなが注目する。
目の前の子どもに触らせると、そこにみんなが集まってくる。
ぼくも、私もというように。
興味の強さ、授業への関心が感じられる。

授業では子どもを巻き込む。
みんなを授業に参加させる。
子どもたちとの福祉授業は、大人のときよりも優しく簡単に分かりやすく…
と考えていた。

でも、大人たちであっても、分かりやすく、楽しく、ときには深く、しっかりとした内容を。
子どもであっても、大人であっても、伝える内容は共通点が多いのでは…。
その分、反応の大きな子どもの方が大変ではあるが…。

ときに、目立ちたがりで、わんぱくそうで、物知りを知らせたがる子どももいる。
授業の途中、よくおしゃべりして、話の間に入ってくる。
注意はしないが、ちょっとやりにくいと感じる。

ユングはトリックスターと読んだらしい。
集団の中で力があり、ある役割をしている。
善くも悪くも作用する。

教師は、静かで、おとなしく、物わかりの良い子どもたちを
望んでいて、手こずるタイプを嫌う。
でも、トリックスターが協力してくれるような
授業の進め方が出来たなら良い…とあったような。

今回、「福祉は誰のため」という質問をやり忘れてしまった。
時間に追われていたもので。
すみません。
限られた時間の中で、たくさんのことをやりたい、
そう思うと時間が足りなくなり、省略することも多くなる。
反対に授業が膨らまない、時間が余るような授業にならなくて良かったわけだが。

授業が終わったとき、廊下を移動しているとき、子どもたちが近寄ってくる。
ちょっと手を差し出すと、握手してくれる。
色々できるんですね、と話す子ども。
たぶん、そういう子どもは女子のようで。
男子は、どちらかといえば盲人用具を取り合う、言葉よりも態度で。
個々にも男子と女子の特徴の差がある。

さすがに2時間近い授業は疲れてしまった。

で、教育の大切さ。
先生の大変さ。

もし、学校の教育が知識の詰め込み、点数稼ぎだけだったとしたら。
塾の方が良いとか、学校に苦情を言う大人たちとか、
給食費を払わない親たちがいるとしたら…。

教育へのより良い意識が大切なのでは…。
親や先生の責任は大きい。
子どもたちはより良い授業を受ける権利があるし。
なんでもかんでも自由ということでもなく。

子どもたちに、人に、何かを伝える、教えると言うことは難しい。
だから、教師は生涯勉強だ、と。

そして、思うこと。
日本の国のお役人さんたち、上層部は、
もっともっと責任のあることを、国民のための政策を。
福祉、医療、教育、環境のことを。

障害者の理解というような授業では、難しい話も出てくる。
でも、もっと、おいしいレシピの話とか、音楽やギターのこととか、
楽しい話ができたら良かったのでは…。
福祉授業はおいしかった…というように。

授業に興味を持ち、色々と反応してくれ、お手伝いしてくれた子どもたち。
色々と配慮してくださった先生方へ。
どうもありがとう。
良かった。

ちょっと、そんなことを。
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