子供たちは社会の宝物

最終更新日:2006-05-01

今時の子供、大人シリーズで。
(ちょっと久しぶりかな?)

子供たちは社会の宝物。
昔はそんなこと、思わなかったのだけれど。
今ではそう感じている。
これも、地域の学校で福祉授業のお手伝いをさせてもらって
いただいているからかな?。

ちょっと聞いた話。

ある子供たち(小学生)が道路でボール遊びをしていた。
そんなに広い場所でもないので、その道の脇に建っている民家に
ボールがばんばんと当たる。
そして、植木にも当たる。

近所の大人たちが出てきて注意をする。
「危ないからやめなさい。」

子供たちはちょっとびっくり。
「どうしてやっちゃいけないの?。」

その子供たちの親も出てくる。
そして、子供をつれて帰る。
親は子供たちに説明したり、注意したりしないらしい。

その後、近所の大人たちとその子供の親たちの関係は冷えてしまう。
こういう風景は最近では当たり前のことなのかもしれない。

でも・・・。
何かおかしい。
子供たちがかわいそう。
せっかく、よいちゃんすなのに。
社会勉強するよい機会なのに。

私は子供のころ、友達と遊んでいて、よく大人たちや親たちに叱られた。
それは、物事の良し悪しがまだよく分かっていなかったから。
それに、遊びに夢中になっていて、つい周りに迷惑をかけていたから。

叱られたときはびっくりした。
ちょっと怖かった。
でも、一つ勉強した。
物事が分かった。
知恵がついた。
後になって考えてみると、叱られて良かった。
教えてくれてありがたいと思う。

叱られない子供たち。
叱れない親たち。
そんな親子も増えている、と。

でも、おかしい。
かわいそう。
子供は子供らしく。
親は親らしく。
信頼しあいながら、しつけや教育をする。
頼りない子供、親でありながら、立派で頼れる子供、親である。

子供たちは一生懸命遊んだり勉強したりする。
間違いや失敗もある。それを大人や親がちゃんと見守って教える。
上手にできることもある。
成長していく。

親たちも最初は1年生。
子供たちと一緒に歩む。
子供たちにいろいろなことを教えてもらう。
しつけをする中で多くを学ぶ。
そして、親も間違いや失敗を繰り返しながら上手にできるようになり、
成長していく。
そうして、本当の親子になる。

それが・・・。
叱られない子供たち、叱れない親たち。
間違いや失敗を分からないで、成長していかない。
いつまでも未熟な子供たち、おかしな親たち。

ある患者さんから教えてもらったこと。
今の親たちを育てたその親たちにも責任があるのよ、と。
ちょうど、戦争の頃に十分な教育を受けてこなかった人が大人になって、
その子供世代が大人になって、今の子供たちを生んだのよ、と。
さすが、高齢の者で知恵があるな。

これからの社会がよりよいものに成長していきますように。
大人たちがもっと成長して、子供たちをちゃんと見守って・・・。
子供たちの将来がより良い社会でありますように。

そのために、今、自分たちにできることを。

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